第14話 夢の果てー3

 悪魔は無理やり、リュウから腕を抜いて飛びのいた。

 だがリュウはすぐに追いついた。

 その速度は、悪魔の全力を凌駕する。


 リュウが殴る。

 悪魔はガードするが、勢いそのまま壁に叩きつけられる。 


『ガァァァ!!』


 衝撃を殺せずダメージを追うが、叫びをあげて翼を広げる。

 一旦離脱して態勢を立て直そうとした。

 だがそんなことは許さないと、すでに目の前にはリュウがいた。


 焦る悪魔、拳を握るリュウ。

 先ほどとは違う。

 しっかりと腰を入れて、そして思いっきり殴りつける。


『ガァァ!?』


 悪魔は壁に叩きつけられる。

 壁は凹み、衝撃で周囲の壁にまでひびが入る。

 悪魔は血のような何かを吐き出し、間違いなく深刻なダメージを受けていた。


 そこから殴る蹴るのラッシュを続ける。

 呼吸すらも忘れてリュウはひたすらと殴り続けた。


 バキッ。


 悪魔の胸の中央にあった、彼らにとっての心臓であるマナクリスタルにもヒビが入る。


 圧倒的な力、しかし直後。


「ゴホッ!」


 リュウは大量の血を吐き出した。

 内臓がぐちゃぐちゃ、いつ死んでもおかしくはない。

 力の差はあれど、ダメージを深く追いすぎて体力がほぼ底をつきかけていた。


「くっ!」


 その隙を逃さず悪魔は蹴りを入れて離脱した。

 リュウは追撃するが、先ほどまでの威力はなかった。

 

 リュウは自分の力がもう弱まっていること、そしてその悪魔がさらに強くなっていることに気付いた。


(……くそ……こいつ、まだ進化するつもりか)


 自分の身に何が起きているかもわからない。

 覚悟だけでここまで強くなるわけがない。

 

 だが、今はそんなことよりも早く決着をつけなければならない。

 いずれ逆転されることは明白だった。


 リュウは一瞬だけ周りを見る。

 少し熱くなっていた自分を押さえ、呼吸をしようとする。


 そうだ。

 

 俺は一人じゃない。


「――勝つぞ!! ノア、ガイヤさん!!」


 その声は空間に響き渡る。


 残りの体力を全力で使い、走り、殴りつける。

 悪魔は何とかガードする。


 リュウを警戒し、守りに徹していた悪魔。

 だが隙を見つけた。


『ガァ!!』


 悪魔からリュウへの腹部への一撃が決まる。

 左腕がリュウを再度貫き、真っ赤な血を溢れさせる。

 ニタっと笑う悪魔、守りに徹していたがここまで殴りやすそうだと思わず手が出てしまった。


 しかしこれで勝利だと満面の笑みを浮かべ、ニタニタと笑う。


 リュウは血を吐きながらも、自分に突き刺さったその腕を右腕で掴んだ。

 万力のような力で締め上げる。

 悪魔は痛みに顔をしかめ、抜こうとするが微動だにしない。


 そのときやっと気づいた。


「……バカが」

『ガァ!?』


 自分が嵌めらえたことに。

 振り向く悪魔、そこには背後から風を纏った剣を振り上げるガイヤの姿があった。

 

「魂装!! 疾風の騎士ゲイル・フォース!!」


 悪魔は慌てて残りの右腕を差し出しガードする。

 振り切られた刃、魂の一撃は悪魔の右腕を切断し、空を舞う。

 だが致命傷ではない。


 ガイヤは振り下ろした刃の向きを変えて、再度構える。

 まだ風は纏われている。


 しかし悪魔は冷静に右足で、ガイヤを蹴る。

 威力は乗っていないが、それでも人程度なら殺す一撃、これでは反撃はできない。


 だがそれを読んでいたガイヤは、全身を使って受け止める。

 衝撃で肺の中身が全て吐き出されるが、それでも離さない。


 それを見て悪魔は笑った。

 確かに右腕は失った。左腕は動かないし、蹴りも止められた。

 が、それだけだ。決定打がない。

 左腕を止めているこのイレギュラーはどうせもう死ぬ。


 そうすれば、あとは簡単だ。

 この腕のない死にかけと、もう一人の死にかけを殺せば終わりだ。


 もうひとりの……。


『――!?』


 悪魔は顔をゆがませ、リュウは笑った。


 気づいた瞬間、それは目の前にいた。

 リュウが落とした魔剣を拾い、今悪魔の目の前で剣を構えるのは、ノアだった。


 虚ろな目で一点だけを見つめている。


 悪魔は必死に暴れた。

 しかし動けない。

 逃げられない。

 逃がさない。


『ガァァァァア!!!!!』


 ガイヤもリュウもその手を絶対に離さない。

 二人の間をまっすぐと、剣を握る少年が駆ける。


 悪魔は何を狙っているかに気づき暴れまわるが動けない。

 

 そして寸分たがわず、1ミリのズレもなく、悪魔の胸の中心にある真っ黒なマナクリスタルへまっすぐとその刃が迫る。

 完璧な軌道と、完璧なコントロール。

 そして今持ってる全力をもって、リュウが作った小さなヒビへとノアが握る魔剣の切っ先が突き刺さる。


『ガァァァァア!!!!???』


 悪魔は激痛で暴れまわる。


「あぁぁぁぁ!!」


 ノアもリュウもガイヤも、最後の力を振り絞って声にならない叫びをあげながら押し込んだ。

 頭も回っていない、全身悲鳴を上げている。

 もうすべてが限界だ。

 それでもここで絞り出せ! ここで全てを出し切れ!


 勝つんだ!  


 バキ。


 勝つんだ!!


 バキッバキ!


 勝ってみんなで帰るんだ!!


 バキン!!


『ガァ…………』


 そして黒いマナクリスタルをノアの魔剣が貫いた。


 悪魔は信じられないという表情とともに、ボロボロと崩れていく自分の手を見つめ、ノアを見つめた。

 勢いのまま倒れたノアは、仰向けになりそれを見つめ返した。


 すると苦痛に歪んでいた悪魔の表情がほぐれていく。


「…………ありがとう」

「え?」


 悪魔は優しく微笑み、サラサラと灰になって消えていった。

 最後の表情だけは、苦痛ではなく、何か開放されたかのような表情のように見えた。

 

 ノアは自分がやったことも理解できず、ただ息を切らせた。

 だがガイヤがそれを見て最初に口を開いた。


「我々の勝利だ……」


 ノアは安堵とともに大の字になって地面に転がった。

 もう何もできない、指一本動かせない。それでも勝った。



 その時だった。


『……聖龍の血を引く者の覚醒まで起きたか。しかもその友まで混ざりものとはな……これも因果か』


 ローブの男がノアの前に突然現れた。

 何もできないノアの胸に指を置いた。


 ノアは見上げるようにローブの男を見た。

 抵抗しようにも体がどうやっても動かない。


 しかしローブの中に見えるその男はノアに優しく微笑んでいてとても敵対しているような顔ではなかった。


『――楽しみにしている。黒龍の力を手にした混ざりものが……聖龍の力に覚醒したまがい物が……この世界の未来をどう導くのか』


 だが、直後悪魔と同じようにサラサラと灰になって消えていった。

 何だったんだとノアは首をかしげ、隣にいるリュウを見る。

 するとリュウもこちらを向いて口を開いた。 


「まぁお前にしては上出来だな」

「……お前さっきの不思議パワー後で教えろよ」

「俺も知らねぇ」

「なんだそれ」


 ノアとリュウは倒れながら笑いあう。

 死闘を超えた安堵感と疲労とダメージからノアは今にも眠ってしまいそうだった。


「なぁ…………ノア。俺の夢も……叶えてくれるか?」

「はぁ? いきなりなんだよ」


 すると世界が揺れたかと思うと、ボロボロと崩壊を始めた。

 壁が鱗がはがれたように崩れていき、外が見えた。


「神界の崩壊が始まったか」

「リュウ、帰れるみたいだぞ! 俺たち勝ったんだ!!」


 ノアは嬉しそうにリュウを見る。


「悪い…………俺は帰れなさそうだ。もう……死ぬ」

「は?」


 そして気づいた。

 寝転がっているリュウの体の下はまるで血の海のようだということが。

 

「ガイヤさん! リュウが!! 早く治療しないと!!」

「…………」


 だがガイヤは何も答えなかった。


「う、うぐ!! 待ってろ! すぐに医者につれて――!?」

 

 無理やり立ち上がろうとするノア、自身も重症で、傷が開きそうになる。

 しかしガイヤに押さえつけられた。


「何するんですか!」

「ノア……おとなしくしていろ、お前も動けるような傷じゃない。それと最後だ。しっかりと聞け……後悔しないように」


 ノアはもう一度リュウを見る。

 弱弱しくこちらを見つめていた。


「ノア。帝国騎士になって……世界一、強くなれよ。そしたらお前より強かった俺が世界一だって証明できるから」

「やめろよ……やめろ!!」


「あとそうだな……ちょっとは身なりにも気をつけろ。ずっとドブ犬じゃ……だめだからな。あと女にも気をつけろよ。騎士はモテるらしいから……お前すぐ調子に乗るし」

「なんで……なんで! 俺たち勝っただろ! もう少し頑張れよ! もう少しだろ!」


「…………後、アリスにはお前のせいじゃないってフォロー入れろよ……。それから……それから……あぁ……だめだ。頭回んねぇや。でもこれだけは……最後に言わないとな」


 リュウの顔が白くなっていく。

 死というものが迫っている。


「いやだ! いやだ! 聞きたくねぇ! 生きてゆっくり聞いてやる! だから黙っておとなしくして――」

「ノア!!」


 ガイヤが叫んだ。


「――聞け。男が最後に残そうとしている言葉だぞ」


 ノアは涙が溢れ、唇をかみしめる。

 たくさん否定したい言葉が溢れてくるがぐっとこらえた。

 認めたくない。それでも聞かないといけない。


 するとリュウは嬉しそうに優しく微笑んで笑った。


「ガイヤさん……やっぱり良い人ですね。図々しいですが……こいつ頼んでもいいですか」


 ガイヤは、リュウの手をぎゅっと握る。


「重ねて俺たちが助けたかった妹のアリスはファストレスの病院にいます。これも……お願いできませんか? ……今際の際の頼みってことで。なんとか」


 それに合わせてガイヤは、自分の心臓にこぶしを合わせる。

 まっすぐとリュウを見てはっきりと言う。


「フェザーフィールド家の名に誓って……すべて約束する」 


「そう言ってくれるって思ってました。……じゃあ最後にもう一つだけな……ノア。俺と……こんな俺と友達になってくれてありがとう。今まですげぇ楽しかった」


「なんで……なんでそんな素直なんだよ! いつもの憎まれ口言ってくれよ……。くそ……くそ!! 俺も最高に楽しかった! 口悪いし、すぐ殴るし……でも優しくて……クールぶってるけど一緒にバカやってくれて! とにかくお前といるのが楽しかった! 俺もお前が友達でよかった!!」


 そう言ってリュウは最後の力を振り絞り右手を握ってノアに向けた。

 ノアはその意図を理解して、泣きじゃくりながら自分の拳を作ってタッチした。


「ノア……託すぞ、俺の夢も。だから……」


 最後に優しく笑ってリュウは言った。


「――頑張れよ、英雄アルゴノーツ


 直後、ノアとガイヤの体が優しい光に包まれた。

 世界が揺れて、神界が崩れだす。


 そしてリュウは目を閉じ、力なく拳は開いた。

 ノアは手を伸ばしその手を握ろうとする。


 しかし眩い光に包まれて、その手を掴むことはできなかった。






あとがき

あと一話だけ読んでね。

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