第13話 夢の果てー2


「ノア!!」


 リュウを突き飛ばしたノアは、悪魔の一撃を受けて飛ばされる。

 背後の壁に激突し、ピクリとも動かず腹部からは血を流していた。


 今すぐ走って様子を確かめたいが、こいつに背を向けることはできない。

 リュウは剣を抜いて、その悪魔に切りかかった。


 こいつを倒す、そしてすぐにノアを救う。


「――!?」


 だがリュウが切りかかった一撃は、指二本で止められた。

 魔剣は、まるで万力に挟まれたように動かない。


 それは自分とこの化け物との力の差を感じるのに、十分な芸当だった。

 悪魔がにやっと笑い、リュウが命の危険を感じた瞬間だった。


 悪魔は何かに気付きその場を飛びのいた。


「これを避けるか!」


 背後から右手だけで握られたガイヤの魔剣が悪魔がいた場所の床を真っ二つに切断した。


「ガイヤさん! 腕は!」

「元々義手だ! ノアは!」


 そういうガイヤの左手がちぎられた部分は、肉体ではなく魔道具で出来ていた。


 リュウとガイヤは、ノアをちらりと見る。

 だらんと腕を垂らし壁にもたれて動かない。

 傷の具合から死んではいないと思うが、死へ向かう傷であることだけは二人にもわかった。


「早くしないと!」


 二人は悪魔をもう一度見つめる。

 ニタニタと笑い何を考えているかもわからない。


 ガイヤは、ポケットから金色の羅神盤を取り出す。


 その針は数字の5を指し示していた。

 ガイヤはそれを睨むように見つめた。


「ペンタ《5》……災害ディザスター級」

「……勝てますか」

「…………」


 ガイヤは答えなかった。

 リュウは何かを察して前を向く。

 二人はただ剣を握った。

 

 ペンタ《5》級――人間が抗うことなど許されない災害が目の前で生き物の形で顕現している。

 

「「――!?」」


 直後、目の前に現れ、蹴りを二発放つ悪魔。

 その一撃を受けきったガイヤ、同じく魔剣で受けるリュウ。

 しかし技量の差か、リュウは腕の骨が軋むような激痛に顔をゆがませる。


 ガイヤが前に出て悪魔と切り結ぶ。

 でたらめな威力で、でたらめな動きをする悪魔に技術だけで食らいつく。

 さらにはか細い隙を逃さず何度も悪魔を切った。


(なんだこの硬さは!)


 だがその皮膚はまるで金属のように硬く有効打は与えられず浅い傷ができるだけ。


(魂装でなければダメージを与えられない。……しかしそれは切り札だ。今の私ではそれほど長く続かないし、致命傷は与えられない)


 冷や汗を流すガイヤ。

 リュウも合間合間に攻撃を試みようとするが、その戦いに割って入る技量がない。


 レベルが違う。

 

「しまっ!」

「ガイヤさん!」


 ガイヤがほんの些細なミスで悪魔の一撃を殺しきることに失敗した。

 魔剣でガードしたがその衝撃で、壁に激突し、肺の空気を吐き出して膝をつく。

 

 まずいと、慌ててカバーに入ろうとしたリュウが切りかかる。

 だが悪魔は見もせずに、リュウの魔剣を片手で受け止めた。

 そしてゆっくりとリュウを見た。

 ニタッと笑う。



 ――ぞわっ。



 その笑顔があまりにも不気味でリュウは心から恐怖した。

 明確な死のビジョン、自分では逆立ちしても勝てるわけがない敵。

 死がまっすぐこちらを見ている。


 リュウは恐怖で叫ぶ。

 と同時に悪魔の拳がリュウの腹に向かう。


 なんとか左腕でガードしようとする。


 ――グシャッ。


「!!!!!!!」


 だがガードしたはずの左腕は小枝のようにへし折れ、リュウは衝撃で飛ばされた。

 壁に激突し、魔剣を落とす。

 激痛と共に意識を失いそうになる。


 一瞬何が起きたかも理解できなかったが、顔を上げると悪魔はニタニタと笑ってこちらへと歩いてくる。


「はぁはぁはぁ」


 勝てない。


 その時はっきりと思ってしまった。

 こいつには絶対に勝てない。

 だめだ。逃げないと殺される。


「う、うわぁぁぁぁぁ!」


 明確な死が見えたリュウは、恐怖で思考が停止した。

 逃げようと走るがここは全方位を壁で囲まれた空間、逃げ場などない。


 その姿は普段のリュウからすればあまりにも無様な姿だった。

 感じたことのないほどの激痛と、生まれて初めての逃れられない死の恐怖は、リュウの精神を破壊した。


 背を向けて砕けた左腕を押さえながら逃げるが、足がもつれて倒れる。

 悪魔は楽しそうにスキップしながら追いかける。

 殺そうと思えばすぐに殺せるのに。


 だがリュウがこけてしまったので、仕方ないと悪魔は手を振り上げる。

 リュウは、もうだめだとぐっと目を閉じた。


 その時だった。


「やめろ」

「え?」


 ノアの声がした。

 ゆっくり目を開けると、悪魔の後ろにはノアがいた。

 ふらふらの体で、悪魔の背中を折れた剣で刺そうとしている。だがあまりにも弱弱しい。


「俺の……親友になにすんだ」

「ノ……ア?」

「お前の相手は俺だろうが」


 ノアの腹部は血みどろでとても立てる状況じゃない。

 それでも必死に悪魔の背中を折れた魔剣で殴っている。


 悪魔はうっとおしそうにノアを見もせずに蹴った。

 球のように転がるノア、しかしすぐに折れた剣を握って再度立ち上がる。

 ふらふらで立っているのがやっとの姿だった。

 

 そんな姿で立っても意味はない。


 それでも立つ。


 諦めない。


 悪魔は眉間に皺を寄せた。


「なんで……お前」


 勝てるわけない。

 俺が勝てない相手に、ノアが勝てるわけがない。

 なのになぜノアは立ち上がれるんだ。なぜ立ち向かえるんだ。


「リュウ……」


 ノアは顔上げて血みどろの姿でリュウを見る。

 そしていつものように変わらぬ笑顔で言った。


「――勝つぞ」


 強がりだ。

 そんなことはリュウにはわかっている。

 それでもノアの目は、一切力を失っていない。

 それでもノアの言葉は、力をくれる。


(なんでお前は……いっつも……そうなんだ。弱いくせに……いっつもいっつも!!)


 いつの間にか恐怖で凍ってしまった体に熱が戻っていることに気付く。

 そして同時に思い出した。


 先ほどの悪夢の中、出口である光の扉の前で自分に差し出された手。

 いつもの笑顔で俺を引っ張っていってくれたノアだった。


 少し認めたくない気持ちはあったから最悪だなんて悪態をついたが、本当はわかっている。


 自分にとってこの世界で何が大事なのかを。


「ごふっ!」


 ノアが血を吐いて倒れる。

 意思とは裏腹に体は、立つことを拒絶した。

 気づけば悪魔はリュウではなく、ノアの目の前に立っている。


 楽しみを台無しにされた怒りのままに、悪魔は拳を強く握りしめ、振り上げた。


 ノアが死ぬ。

 このままだと親友が死ぬ。


 リュウは全力で走り出す。

 震えていた足は止まった。

 恐怖で凍った心臓は動く。

 血は巡って、脈打つ鼓動が速く走れと鳴動する。


 もう迷いはない。

 

 走れ! 


「ノア!!」


 あいつを助けろ!




 グサッ。


「…………え?」


 ポタポタポタ……。


 ノアは朦朧とする意識の中、目の前に真っ赤な血が広がったことに気付く。

 虚ろな目で顔を上げた。


「はぁはぁ…………これでチャラな」


 そこには背中があった。

 リュウの背中で、いつもの軽口だった。

 だが、その腹部は、悪魔の腕が貫いていた。


「リュウ……リュウ!!」


 その腕を逃がさないと両手で握るリュウ。


「ノア……仕方ないから認めてやる。お前がいたから……毎日が楽しかった。お前がいたから……明日が楽しみだった。お前らと過ごす何でもない日々が、俺にとっては一番大切だったんだ」


 真っ赤な血がポタポタと滴っていた。 

 

 リュウが振り返る。

 いつものすまし顔で、そして何かが吹っ切れたような優しい顔でノアを見て笑った。 


「――ありがとな、ノア。こんな俺と友達になってくれて」


 直後、リュウの体に、溢れんばかりの純白の光が満たされる。

 リュウの髪はかきあがり、黒をかき消すような白が闇を照らす。


「おい、マナ……強き意志に宿るんだろ? じゃあ今だけでいい。ここで俺は終わりでいい」


 リュウは悪魔の手を強く握る。

 余裕の表情だった悪魔の顔が苦痛で歪む。


「――俺の命も何もかもやる! だからこの意思だけは……この願いだけは絶対に成し遂げさせろ!!」


 気絶していたガイヤがその白光で目を覚ます。

 その光景を見て目を見開く。

 そしてポケットから黄金色の羅神盤を取り出してリュウへと向けた。


「リュウ……お前は一体何者なんだ」


 その神を測定するための羅神盤は、針が振り切れ最大値のヘクサ《6》級の限界を指していた。

 人間を測定することはできない羅神盤が。


「――こいつを守る力をよこせ!!」

 

 純白の光に照らされたリュウを、人では無い何かだと証明する。






あとがき

あと二話で、この作品で何がしたいかがお伝え出来ます。

是非、そこまでお付き合いください。

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