第12話 夢の果てー1

~数時間後。


「はぁはぁ……強かった。まじで死にかけた」

「くそっ……こんなに強いのか」

「……ここの形状を見るにいわゆるエリアボスだろう。逃げ切っただけで十分だ」


 強敵の出現に、俺とリュウは基本逃げていただけだが、それはそれで貢献できたようだ。

 それにしてもガイヤさんつえぇぇ。


 そういうガイヤさんはポケットから金色で手のひらに収まるほどの小さな丸いものを見つめていた。

 装飾が施され、とても高価なものに見える。

 俺たちが中を不思議そうに覗こうとした。


「これは羅神盤と言う。堕神や神兵の強さを計るための道具だ。帝国騎士を目指すならいずれもらえるだろう。これが指している数値が強さということだ」


 1~6まであるので、敵のランクを示しているのだろうか。


 俺たちは目の前で倒れている成人男性二人分はある真っ黒な獅子のような化け物を見る。

 だが、その強さは獅子なんてレベルじゃなかった。

 本当の獅子ならガイヤさんなら素手でぶん殴って倒しそうだが、この敵は本当に死にかけるほどに強かった。


 周りを見ると、先ほどまでの洞窟のような道中とは違いここは少し開けたエリアだった。

 といっても真っ黒で空間も歪んでいる。だが不思議と暗くないのはどういった理屈なのか。

 このエリアにポツンと立っていたこの神兵は、エリアボスと呼ぶらしい。

 

「……ん?」


 一息付いた俺はその真っ黒な獅子の胸に光るものが見えた。


「え? これって……」


 戦闘中は気づかなかったが、その光る何かを剣でえぐって取り出した。

 それは虹色に輝く宝石のような石だった。

 

「マナクリスタルだな。今は急いでいるから無視していたが本来は回収していくものだ」

「マナクリスタル!?」

「ノア!」


 拳大ほどの大きさのマナクリスタルだった。

 それは俺とリュウがのどから手が出るほど欲しかったもので、アリスの治療に必要なほどの大きさだった。


「こ、これ……もらっても」

「…………理由は」

「妹が……マナ欠乏症で……そのために俺とリュウは……」


 ガイヤさんは眉間に皺を寄せて鷹のような目で俺を見る。

 当たり前だ、こんな高価なものをくれと言っているのだから。


「マナクリスタルは、神界攻略後、皇帝陛下に献上しなければならない。それを破ることは固く禁じられている。マナクリスタルは魔剣製造からあらゆる魔道具の製造に使用するからな。帝国の基礎となる重要な資源だ。盗めば大罪となる。覚えておけ」

「…………はい」


 俺は肩を落とし、マナクリスタルを差し出そうとした。

 今はここを出ることが先決だ。

 ガイヤさんに逆らうのは得策じゃない。 


「さて……いくか」

「え?」


 だがガイヤさんは、一切目もくれずに背を向けた。


「此度の攻略、あまりに特異だったため。マナクリスタルを回収することは叶わなかった。それが私の報告内容だ」

「そ、それって!!」

「…………今のは帝国騎士憲典の一部だ。騎士になったら守るように」

 

 振り向くガイヤさんは、俺にウィンクする。


「……なったらな」


 リュウは笑いながら俺の肩をたたく。

 俺はぎゅっとマナクリスタルを握りしめポケットに入れた。


「はい!」



◇リベルティア帝国、帝国騎士団総司令本部。


 とある一室に異常な空気が流れていた。

 そこには二人の騎士が座り、怯えるリリアがドアの前で立っている。


(ク、クライゼル司令! はやくきてーー! 空気がピリピリ!!)


 座っている騎士の一人は銀髪で、不遜な態度で大柄にソファに座る。

 用意された果物を顔を上に向け、粗暴に食べる姿が妙にしっくりくるような風貌。

 派手な服装と泣きぼくろが特徴的、不良のようだが男でも色香を感じるような整った顔の男だった。

 

 名をグレイ・シルバーワールド。帝国騎士最高位。

 四つ星騎士の一人。


「で、総司令様はまだかよ。俺様を皇帝の勅命で呼びつけといて待たせるなんてあのおっさんも偉くなったな」

「静かに待ったらどうだ、グレイ」

「てめぇと一緒だと息が詰まるって言ってんだよ。まじめちゃんが。…………でペルセウスはいつも通り現着と。さすが公爵様は違うねぇ」

「あの人は、そういう人だ。気にするだけ無駄だな」


 もう一人は赤髪でサラサラの髪をビシッと整え、端正な顔立ちをしている。

 グレイと対照的に、正しく座り腕を組んで目を閉じる。

 整えられた軍服を首元迄しっかり閉めて崩さず着ていた

 名をロイ・フェザーフィールド。こちらも同じく帝国四つ星騎士の一人。


「おい。おまえ、おっさんは?」

「は、はい! 総司令は古龍対応策の準備をされているかと! もうしばらくお待ちを!」


「聞いたか? 古龍だってよ。お前の母親が殺された奴だな。俺はその時いなかったから知らねぇけどお前はトラウマもんじゃねぇの? しかもガイヤのおっさんまでいるらしいじゃねーの!」

「…………」

「精々お前は両親の後を追わねぇようにな! 神殺しの英雄スカーレット・フェザーフィールドのな! ははは!」

「さっきから口数が多いな。ビビってるのか、グレイ」

「あ゛ぁ゛? てめぇ……砕くぞ」

「俺の炎がお前の氷ごときで凍るわけがないだろ」


 見下すように笑っていたグレイの表情が冷たくなっていく。

 それをまっすぐと見つめ一切逸らさないロイ。

 目線の間に火花散る。


(ひ、ひぃ! クライゼル司令はやくきてーー!! 怖い! この人たちすごく怖い!)


 バタン!


 その時勢いよく扉が開いた。


「待たせた二人とも! ではいくぞ! 魔導飛行艇を手配した!!」


 そして帝国最高戦力は、朱海荒野へと移動を開始した。

 ノア達が戦う堕神の地へと。



◇ノア



「はぁはぁ……なんか体が重いな」

「俺は全然だが」


 俺たちは少し休憩を挟んだ。

 だが疲労とはまた違う動き辛さを俺は強く感じていた。


「マナ濃度が原因だ。常人なら立つのもままならんはずだが……まったくお前たちはどうなっているんだ?」

「マナ濃度?」

「そうだ、神界は地上に比べてマナ濃度が圧倒的に高く、訓練もなければまるで水の中のように苦しいはずだ……まぁなぜかお前たちは問題ないようだがな。さらに侵入者を殺すための神兵も現れる。どちらも外部からの支援によって弱まり、神界は攻略しやすくなる」

「…………じゃあ、そのために俺たちスラム出身者は集められたんですか?」

「おそらく。……戦えない兵士を集めても犬死するだけだというのに……いや、それが狙いかもしれんな」

「いつか王にあったら、ぶん殴ってやる」


 体は重いが泣いても喚いてもどうしよもないので俺は全身に力を入れて立ち上がる。

 神界に入ってからすでに3時間ほどが経っているらしく疲労はたまる一方だ。

 なぜかリュウはけろっとしてるが。


「なんかいつもより力が溢れてくる。すごく調子がいい」

「なんで?」

「リュウは……マナ出力が上がっているな。異常なレベルだが…………今は心強い」


 ガイヤさんが立ち上がり、俺たちは進む。

 短時間だが、俺たちはガイヤさんに懐いていた。

 この人は俺たちが見てきた大人とは違う気がする。


 すごく……暖かい。

 それに強い。べらぼうに。

 それだけで信用しなくても尊敬はできた。どれだけの鍛錬を積めばこの領域に達するのか。


「よし、いくぞ。おそらく次が最後だ」


 俺たちの視線の先には、今までで一番大きな黒い渦があった。


「気を引き締めろ。進化が完了しているとすればクアドラ《4》級のボスだ。私でも勝てるかわからん」

「「はい!」」


 俺たちはその一歩踏み出した。

 きっと勝てる。

 俺たちならきっと生きてここを出られる。


 黒い渦を通って視界が開けた先は、だだっ広い空間が待っていた。

 端から端まで全力で走っても10秒ぐらいかかる巨大な円形で、黒い壁が周囲を包む。


 その中心に待っていたのは黒くてデカい繭のようなもの。

 その中には……人のようなものがいる。

 あれがボスなんだろうか。

 同じぐらい黒くて……蠢いて……こちらを見……。



 ――ぞわっ。



 俺は全身から汗が吹き出しながら剣を構えた。

 全身に針を突き刺されたような寒気が全身を走る。

 

 あまりにも強い死のイメージに体がこわばる。

 しかしガイヤさんだけは前に出ていた。


 その黒い繭に向かって神速の一撃。

 俺たちが恐怖を感じた時にはすでに剣を振っていた。


 その判断は最速だったはず。

 だが繭が突き破られて中から伸びてきた真っ黒な手が、ガイヤさんの剣を受け止めた。


「――!?」


 そしてもう片方の手がガイヤさんを貫いた。


「ガイヤさん!!」


 理解できないことの連続に、頭が追いついていない俺たちの目の前にそいつはまるで瞬間移動のように、一瞬でやってきた。

 真っ黒な体に真っ黒な翼。

 2メートルほどはある筋骨隆々の人型のそれは小さな角を生やし、その目は真っ黒な瞳をしている。


 そしてその胸の中心には、真っ黒なマナクリスタルが埋め込まれていた。

 それは、まるで物語で聞いた悪魔のように見えた。


 何が起きているか理解できない。

 でも体だけは動いてくれた。


「リュウ!」

「――!?」


 リュウを狙った悪魔の拳。 

 俺はリュウを突き飛ばした。


 拳が迫る。

 避けないと。

 いや、間に合わない。

 魔剣でガード……!?


「――ガハッ!」


 魔剣ごとその悪魔の拳に貫かれ、俺は意識を失った。

 

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