第10話 遥か遠き夢の世界ー3

「はっ!」


 俺は目を覚ました。

 と、同時に隣ではガイヤさんも目を覚まして起き上がった。

 ほぼ同時のことだ。

 

 そして目の前には。


『驚いたな…………まさか帰ってこれるとは』


 ローブのおそらくは……男の声。


「一応攻撃ってことでいいんだな? でも……感謝しとく。最悪で最高の夢だったよ」

「同感だな」

 

 俺とガイヤさんは立ち上がり剣を握る。

 そういうとローブの男はやはり鼻で笑うように立ち上がり、俺たちに背を向けた。


『奥で待つ……』


「おい待て!」


 そういってローブの男は闇に消えてしまった。

 俺とガイヤさんはあたりを見渡した。

 リュウはどこだ? あいつのことだ、俺なんかよりも真っ先に起きているはずなのにどこに……。


「え? なにやってんだよ」


 そして見つけた。

 地面に横たわっているリュウを。


「悪い冗談なら笑えないぞ? お前ギャグセンスだけは壊滅的なんだからさ」


 俺は膝をついてゆすってみる。

 信じられないほど冷たくなっているリュウは目を覚まさない。


「……死んでいる」

「違う!!」


 後ろでガイヤさんが言ったが俺は否定するように振り向いた。

 だがその言葉はリュウに言われた言葉ではなく、シャーディと呼ばれたあの金髪の騎士に対してだった。

 その騎士は、青白い顔で死んでいた。

 

 ――死。


 俺は血の気が引きながらリュウをもう一度強くゆする。

 反応はなく、まるで本当に……。


「バカ野郎!! お前が帰ってこなくてどうする! 俺を夢から覚めさせたのはお前だろうが!! お前が……何でもできるお前がなんで!!」


 俺はリュウの胸倉をつかんで立ち上がらせるように引っ張ったが、一切の反応を見せない。

 

「落ち着け」


 ガイヤさんが後ろから眠っているリュウの首に手を当てる。

 脈を計っているようで、俺はそれをおとなしく見ることしかできなかった。


「……まだだ。まだ……死んではいない。まだ…………しかし」

「なんなんですか!」


「…………止まりかけている。おそらく……死の淵だ」

 

 俺はリュウの手を握って何度も呼んだ。 


◇リュウの夢。


「また来たのかよ……」


 村のはずれ。

 流れに流れ、誰も住んでいない古びた空き家に俺は一人住んでいた。


 やることもなく、特に理由もなく。

 屋根に座ってぼーっと空を眺めているとそいつはまた来た。


「おうおうおう! この不法滞在者がよ! 今日こそは成敗してくれるわ!」


 そこに現れたのは、やけにテンションの高い同じ年ぐらいの男。

 そしてそのおそらくは妹。


 名はなんていったかな。確かノアとかなんとか。


「お前が勝ったらこの絶品ミートパイをくれてやる。ただし負けたら潔く俺の軍門に下れ。そして労働の義務を果たしてもらおう」

「頑張れ~ノアにぃ~ふれーふれー」


 妹は、台車のようなものに座りいつものように気のない応援をしている。


「はぁ……しつこい」


 俺は屋根から飛び降りて、そいつの前に立つ。


「ここであったが100年目! 往生せぇやぁ!」


 いきなり殴りかかってくるが、まぁ遅い。

 軽く横にかわして、膝でみぞおちを一撃。

 悶絶しているが何とか倒れないように踏みとどまってるので、めんどくせぇなと思いながら回し蹴りで吹っ飛ばした。

 

「カンカンカン! 終了! ノアにぃの負け~」


 そういって妹は、ミートパイを置いて気絶した兄を台車に雑に転がし帰っていった。

 一体なんだったのかわからないが、もらえるものはもらっておこう。

 その辺の獣を焼いた肉以外最近食べてないしな。


「…………うま」


 翌日も、そのまた翌日も。

 毎日のようにあいつは来た。

 

 村の連中はぼこってから来なくなったのにあいつだけはしつこい。

 だがいつも戦利品だと置いていく料理が嫌いではなかったので、適当にあしらっている。


 今日もいつも通り一発終了かと思ったのだが。


「……お前」

「ははは! 日々成長してるのだよ、俺も!」


 俺の蹴りを受け止めたバカ。

 正直驚いた。

 大人だろうが、俺に勝てるやつはいなかったのに、まさか同年代のこんなガキに止められるとは。


「ちょ! うげぇ!?」


 なんかイラっと来たので、ちょっと本気出してガードの上から突き破ってやった。

 また妹が台車に乗せて運んでいく。


 それからも毎日のように喧嘩を吹っかけてくるが、驚いたことに今日は反撃までされた。

 防御をするなんて久しぶりだが、こいつ本当に強くなってる。

 

 そしてなにより。


「…………お前」


 マナに愛されてる。


 この世界を漂う光、それがマナ。

 もう記憶にしかない母が言っていた。

 

*

『リュウ……この光はね、マナっていうの……ほら、綺麗でしょ』

*


 そしてこいつはそれに愛されている。

 俺と同じぐらいに。


「ぐえぇ!?」


 まぁでも俺が負けるわけはないが。


 今日も普通に追い返してやった。

 俺はいつも通り屋根の上に座って空を見る。

 あいつのせいで死んだ母さんを思い出してしまった。最悪だ。


「……雨」


 雨が降る夜、少し冷えた。

 でもその日は雨に濡れたかった気分だった。

 あの日もこんな雨だったから。


翌日。


「くそ……最悪だ」


 俺は見事なまでに風邪を引いた。

 昨日冷えた体のまま寝たせいだ。

 ぼろ家で、冷たい床の上で寝転がる。普段は構わないが少し寒い。


「やいやいやい! 今日こそは……お? 珍しく寝坊助か?」

「ちっ……めんどくせぇのが来やがった」


 俺は立ち上がるが、少しよろめいた。

 思ったよりも悪化しているようで、頭が痛い。体が寒い。

 この調子だと負けるとは思わないが、苦戦するかもしれない。


 するとそいつはぼろ家に入って周りを見渡した。


「うわ、この家ひどすぎ。…………ちょっと待ってろ!」

「あ?」

 

 そういってどこかに行ってしまった。

 だがしばらくして帰ってきたそいつは、荷車に色々詰め込んでいた。


「劇的ビフォーアフタァァァー!!」

「はぁ?」


 入ってくるなり両腕を組んで鉢巻をし、バカでかい声で騒ぎだした。


「もう使わなくなった家具やらなんやら村からもらってきた。あと母さん直伝、ホロホロ鳥のアツアツ鍋の準備もだ。アリスやるぞ」

「はーい」

「て、てめぇら勝手に入る――ゴホッゴホッ!」

「ほー不法滞在者がそれを言いますかね。一応この村の村長の息子なんでな、ここは我が家の管理下だ。勝手に入っているのはどっちかな?」

「――ちっ! ――!?」

  

 舌打ちをすると少し古いがしっかりとした生地の毛布が飛んできた。

 まぁくれるというのならもらってやる。ちょうど欲しいと思っていたところだし。

 毛布にくるまりながら見ていると、二人はテキパキと動き始める。


 気づけば家が家らしくなっていた。

 

「…………何が狙いだ。ただのお人好しだというんじゃないよな?」

「ノアにぃはただのお人好しだよ。はい、お鍋の準備できました。私アリス」

「毎日言ってるけど、俺はノアな! さぁ、食おう! いただきます!」

「いただきまーす」


 食事の用意だけして、勝手に俺の目の前で鍋をつつき始める二人。

 あまりに良い匂いと腹がめちゃくちゃ減ってることに気付いた俺は、思わずよだれがでる。


 俺は気づけば鍋に吸い寄せられていた。


 にやっと意地悪そうな顔で二人がこちらを向く。

 この兄妹、まじでむかつく。


「どうですか、この濁り一つない黄金色のお出汁! そして我が家でとれた新鮮な野菜! プリプリでジューシーなホロホロ鳥!! まるで山の宝石箱やぁ!」

「おいしー。お野菜はしなしなだし、鶏肉のお出汁が良い味でてるー。いくらでも食べれちゃうー!」

「じゅるり……」


 無言で俺は席に着いた。

 悔しいが美味しそうだった。

 

「いただき?」

「……………………ます」

「堕ちたぁぁ!!」

「黙れ、殺すぞ」


 久しぶりだった。

 こんなに温かい食事も、温かい食卓も。


 ――ズキン。


 あぁ……なんで俺はこの日を思い出してるんだろう。

 

 いや、答えはわかってる。


 この日からだ。

 ノアと一緒につるむようになったこの日から……俺は多分幸せだったんだ。


 何も持ってない俺に。

 すべてを失った俺に。

 

 初めて人との繋がりができた。

 初めて友達ができた。


 底抜けにお人好しのノア、そしてノアをそのまま小さくして女の子にしたアリス。


 ただ一緒にいるのが心地よくて、人と繋がることで心が満たされて。


 死んでないだけで空っぽだった俺が満たされ始めたんだ。


 ……ずっとこんな日常でいい。


 こんな平凡な日常が続けばいい。


 それだけでよかった。




 ――ズキン。

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