第9話 遥か遠き夢の世界ー2

◇ノアの夢



「よっしゃぁ!!」

「おぉ!? ノア! お前やるなぁ!! その距離で一撃…………え、うそ。まじで? うちの息子天才?」


 俺は弓で大きな鹿の首を貫いた。

 草原をかける鹿は、ぴくぴくと血を流して倒れている。


「しかし、ここまでデカい鹿は久しぶりに見たな……すごいぞ、ノア。さすが俺の自慢の息子だ」


 そういっていつものように父さんは俺にこぶしを向ける。

 俺と父さんはにっこり笑ってグータッチし、鹿を担いで山を下りた。

 村に降りると、いつもの光景が広がっている。


「お、ノアとコソフじゃないか。うぉ!? ……すごい大物だな!」

「村長の面目は守れましたよ! 今日の祝肉祭の一番はノアのものかな?」

「ははは、こりゃこの村も安泰だ。お祝いに良い葡萄酒を今日はもっていくよ!」

「おっちゃん! 俺の分もね!」

「アホ。ガキは、果汁でも飲んでろ!」

「いっつも隠れて父さんと飲んでるのおばさんにいってやろう」

「ノア、最高の葡萄酒をもっていくと約束しよう。だからお願い! 母さんには秘密で!!」


 隣の家の果物農家のおっちゃんも。


「ノア兄ちゃん、ノア兄ちゃん!」

「秘密基地作ったんだ。ノア兄ちゃんなら特別にきていいぜ!」

「悪い、今日は祝肉祭の準備があるんだ」

「えぇ!!」

「その代わり明日秘密基地を魔改造しようぜ。最高にかっこよくしてやるよ。ほら、この鹿の角飾ろうぜ」

「やったぁぁ!!」


 近所のガキ達も。


 何も変わらない。

 いつもの村で、俺の大好きな家族たちだ。



 ――ズキン。



「え?」


 なんでだろう。

 また胸が締め付けられるように痛かった。



「おう、お疲れ」

「おっす」


 家に帰るとリュウが母さんとアリスと一緒に畑仕事や、家事を手伝っていた。

 親のいないリュウは良く我が家にくるし、ほぼ居候のようなものである。

 とはいえ、何か感じるところがあるのか早朝から狩りをしたり畑を耕したりと自分の食い扶持は自分で稼いでいる。

 我が家にも泊まったり、泊まらなかったりだが俺の父さんも母さんも、うちの子になりなさいと毎日のように言っている。


「リュウ君がいるとほんとに楽だわ……ノアは遊んでばっかりで何もしないし」

「リュウにぃ。ノアにぃと変わる? 私リュウにぃの妹になるね」

「おい、本人が目の前にいるんだが? 泣くぞ?」

「俺も実は本当はこの家の子だったんじゃないかと思ってきました。とりあえずどっちを息子にするか多数決取りますか?」

「おいこら、やめろ。多数決は勝ち目がない。少数派の意見にも耳を貸せ」


 完璧超人のリュウは、本当に何でもできる。

 要領がいいというかなんというか。

 

 家事をやらせれば完ぺきにこなし、畑の収穫量はなぜか倍近くになった。

 料理ももはや母さんよりもうまく、アリスは俺よりも懐いている。あと喧嘩がべらぼうに強くて、くそイケメンで村中の女はこいつのもの。

 実に腹立たしい完璧超人だ、俺が勝てるのは寝ぐせの芸術度ぐらいだろう。

 


 その後は、祝肉祭の準備を村人みんなで行った。

 祝肉祭はみんなで獲物の大きさを競った後、みんなでその肉を食うだけの祭りだがこの村唯一の祭りであり、年に一度の大イベントだ。

 正直少し楽しみだ。やっぱりなんやかんや祭りは楽しいからな。



 ――夜。



「祝肉祭だぁぁぁぁ!!!! テンションあげてけぇぇぇ!!!!」


 村中央の広場に作られた壇上に立つ父さんがバカみたいなテンションで叫ぶ。

 盛り上がる村人たちと若干引く俺たち。身内のああいうノリってなんか恥ずかしいよな。


 父さんは村長なので、こういった行事の代表なのは仕方ないが。


「今年はなんと30匹以上の獲物が用意されている! それでは早速審査にいこう!」


 村の中心の広場で行われる祭りは、中央に巨大な焚き火を囲うように行われる。

 次々と審査される鹿達。

 

 そして優勝は。


「優勝は…………ノア!! おめでとう!! 私の息子、ノアが優勝しました!! 私の息子ですよ! うぉぉ!! やったぞ、ノア!! 俺の自慢の息子だ」

「はは、俺より喜んでるよ」


 嬉しそうに壇上からこぶしを俺に向ける父さんに、こぶしを向けておいた。

 村中から拍手を浴びて少し照れ臭い。

 全員が本当の心から惜しみない拍手を送ってくれているようだった。

 

 そのあとは軽快な音楽が鳴り響き、捌かれた鹿達が振る舞われるお祭りだ。

 俺は黄金色に輝くド派手な帽子と服を着させられて、今夜は主役だと言わんばかりに見世物にされる。

 というかなんだこの服、『今夜の主役』って書いてる。誰が作った。


「おめでとう……くくく……に、似合ってるぞ。す、すごく……ふふ……はぁはぁ……しんど」

「もう脱いでいいか? 主役というより晒しものなんだが」

「ダメだろ。ほら」


 するとガキ達が集まってくる。


「ノアにぃちゃんかっけぇぇ!」

「その服くそかっけぇぇ」

「いいなぁ……」

「私も着たい……かっこいいなぁ」


 なぜか子供には大人気らしい。

 これはもう仕方ないということで、英雄のように堂々とふるまうことにした。

 気分は裸の王様だが、リュウは後ろで腹抱えて笑ってる。斬首に処すぞ。


「お前も来年は参加しろよ。もうこの村の一員なんだからな」

「…………あぁ、そうだな」


 目を伏せて答えるリュウはちょっとだけ寂しそうにも見えた。


「おにぃ達! 肉焼けたよ!!」

「お、今行く!」


 アリスに呼ばれて広場に用意された長机に向かう俺とリュウ。

 そこには真っ赤な顔で既に出来上がってる父さんと、村のおっちゃん達。

 母さんやアリスもいて、みんなでワイワイと楽しんでいた。


「おぉ! 今夜の主役の登場だぁぁ! ノア! 飲め飲め! 今日だけは許す」

「おっしゃ! 飲むぞ!!」

「少しだけよ? まったく……今日だけだからね、ノア」


 ちょびっとだけ舐めてみたお酒は想像以上にまずくて吐いた。

 爆笑する父さんと母さん、祭りはどんどん盛り上がる。


 夜は更けていく。

 村中に響く笑い声のどんちゃん騒ぎの祭りは、涙が出るほど楽しくて。

 こんな日々がずっと続けばいいのにと心から思った。


 幸せだった。


 本当に毎日が幸せだったんだ。


 幸せだと気づけなかったけど、こんなにこの日々は幸せだったんだ。

 

「なぁノア」

「ねぇノア」


「ん?」


 祭りも終盤、母さんと父さんが、俺を呼ぶ。

 そして俺の手を強く握ってゆっくり引っ張った。

 どこか雰囲気が変わったような、周りの音が聞こえないような……不思議な感覚だった。


 俺は二人の目を見る。

 父さんと母さんは、優しく笑って言った。


「ずっとここで暮らそう。家族みんなで」

「……そりゃ、もち――ん?」


 アリスが俺の服を引っ張った。

 なんだ、こいつめ。さみしんぼか? 


 俺がそのまま父さんと母さんの元へと歩こうとしたときだった。


「――おい」


 振り返るとそこにはリュウがいた。

 そして俺に木剣を投げる。

 なんで木剣? 俺は慌ててそれを受け取る。


「なんだよ、いきな――はぁ!?」


 直後、目の前に振り下ろされる剣。

 やばい、直撃する。

 受けなきゃ、いや、俺剣術とかできな……。


 ガツン!


「あ、あれ?」


 しかし、俺は受け止めることに成功した。

 体が勝手に動いてくれた。

 まるで何度もやってきたかのように。


「ちょ、ちょ! リュウ!?」


 リュウは無言でただ切りかかってくる。

 

「なんだよ、リュウ!」

「……」


 こいつの無口はいつものことだが、なんだこれ。

 完璧超人なのはわかってるが、ここまで剣術もできたのか?

 いや違う、こいつとは何度も喧嘩してるが……あれ? なんで俺はこれを受け止められている?


「いい加減に…………しろ!」


 リュウを俺は弾き飛ばす。


「急に一体なんなんだよ! 無口がかっこいいと思うのは自由だし、黒歴史は存分に刻めばいいけどな、理由ぐらい言え!」

「……自分で気づけ。俺にできるのは……バカをぶん殴ってやることだけだ!」


 再度リュウは俺に切りかかってきた。

 祭りが台無しだ、俺とリュウは誰彼構わず場所も選ばず切り結んだ。

 テーブルの上で料理をひっくり返しながら、何度も何度も切り結んだ。


「はぁはぁはぁ」

「はぁはぁはぁ」


 お互い息を切らせて向かい合う。

 月だけが照らす夜、リュウとぶっ倒れそうになるまで剣を振る。

 いっつも俺が負けるのだが、それまでずっと剣を振る。


 なんで……。


 ――ズキン。

 

 俺はこれを知っている。

 

 再度リュウが俺に切りかかる。

 右薙ぎ払い、と見せかけらフェイントからの蹴り。

 俺はその蹴りを受け止める。


「――お前の夢はこれか?」

「なんだよ! おかしいか!」


 両親とアリスを見る。

 そうだ、俺の夢は家族とずっと一緒にいることだ。

 この村で毎日を生きて、成長して、誰かと結婚して、そして死ぬ。


 それが俺の夢だ。

 それの何が悪い。


 大好きな家族と一緒に幸せに暮らすことを求めて何が悪い。


「俺たちが目指した場所はここかって言ってんだよ! こんな甘っちょろい夢かって言ってんだよ!!」


 リュウが怒りのままに叫んだ。

 ここまで感情を見せる叫び声なんて聞いたことがない。

 俺は目を見開いて驚いた。


 何かを見落としている気がする。


 何かを。


 とっても大事な何かを。


「し、知るかよ! 意味わかんねぇし!」


 俺はムキになって叫び返す。

 リュウはぎゅっと剣を握り、走り出す。


「くっ!」


 再度俺たちは切り結んだ。


「――何のために強くなった! 何のために毎日鍛えた!!

「何のために……」


「――あの日何を誓った。あの日から何のために剣を握った! あの痛みはなんだった!!」

「な、なにをって……」


 その瞬間、俺の脳裏に何かがよみがえった。

 燃える村と泣いている妹。

 そして誓った言葉。


 俺は頭を押さえた。

 

 ――ズキン


 そして胸を押さえた。


 大切なことを忘れている気がする。

 すごく大切な何かを。


 俺は父さんと母さんを見る。

 心配そうに俺を見ていた。

 俺は振り払うように頭を振った。


「ち、違う! 父さんも母さんもここにいる! 俺の大切なものはここにある! 全部ここにあるんだ!!」

「本当にお前の大切なものはここにあるのか!」

「――ぐっ!」


 俺は否定するように切りかかった。

 リュウはもう何も言ってくれないが、ただひたすらに受け止めてくれた。

 八つ当たりのような俺の怒りをただ優しく受け止めてくれた。


「くそ! くそ! くそ!」


 俺は悪態をつきながら剣を振った。

 自分にただ怒っていた。

 怠惰に生きていた自分に、あの日何もできなかった自分に。

 託されたものがあるのに、甘い夢を見ていたかった自分に。


「夢見させろよ! いいだろ、夢ぐらい! 少しぐらい! 少しぐらい甘えたって!! こんな……こんな毎日に戻りたかったんだよ!!」


 理不尽な怒りをリュウにぶつける。

 俺は泣いていた。

 剣がぶつかるたびに、記憶がよみがえってくる。

 楽しかった記憶も、悲しかった記憶も、リュウと二人、毎日鍛えた日々も。


 そして父さんも母さんも……みんなもう死んでることも。

 

「何も言えなかったんだ! お別れの言葉も感謝の言葉も何も!! 俺はただ逃げて!! ただ怖くて逃げて!!」


 目に一杯の涙をためて俺はリュウに切りかかった。

 あの日、母さんにも父さんにも俺は何も言えなかった。

 さよならも言えずに、お別れになってしまった。


「命がけで俺を守ってくれたのに! 俺は……ありがとうも何も言えなかったんだよ」

「――でも託されたものがある。そうだろ」


 あの日、父さんと母さんは瓦礫で下敷きになった。

 俺とアリスを隙間から必死に押し出して逃げろといった。

 混乱して、あの日のことはよく覚えていない。

 でも最後の言葉だけは覚えている。


『アリスを頼む』


 兄として両親から最後に言われた言葉だった。

  

 もう全部思い出した。

 もう全部わかってる。


 ここは夢で、二人は死んでるってことも。

 みんな死んでるってことも。

 この日常は、どうやっても帰ってこないんだってことも。


「それでもここにいたかった。……いたかったんだよ……だって……幸せだったんだ。もう失いたくなかったんだよ」

「――わかってる。俺も同じだ。失いたくない……だから強くなるんだろ」


 俺は剣を落として、リュウの胸にもたれかかった。

 リュウもただその場で突っ立ち倒れそうになる俺を支えてくれた。


 その瞬間、俺の目の前に光の扉が現れた。


 きっとここから外に出れば元の世界に戻れるのだろう。


 リュウが一歩引き、扉への道を開けてくれた。

 後ろを振り向けば、父さんと母さんとアリスが俺を見ていた。


「ノア……」


 俺を呼ぶ声がする。

 こぶしをぎゅっと握って、すぐに扉を向きなおす。

 進むんだ。

 もう戻ってはいけない。

 もう忘れないといけない。

 

 扉がゆっくりと閉まっていく。

 戻れなくなってしまう。

 

 忘れろ、忘れろ! 

 二人のことは忘れて前に進め!

 俺は一歩前に進もうとした。

 

「リュウ……」


 するとリュウが光の扉が閉まらないように両手を組んでもたれかかる。


「――1分だけだぞ」


 その言葉の意味を理解した俺は、後ろを振り向き全力で走り出した。

 そして父さんと母さんをぎゅっと抱きしめた。

 二人はぎゅっと抱きしめ返してくれた。


「お、俺! 俺いかないといけない! 俺いかないとだめなんだ! だから……ここに残れない! ごめん!」

「ううん、あなたが気づけてよかった」

「ノア、すごく強くなったな。びっくりしたぞ」

「お、俺! 言いたいことたくさんあるけど……うまく言えなくて! 俺!」


 思考がまとまらない。

 言いたいことがたくさんあったのに、何も言えない。

 そしたら二人に先に言われてしまった。


「「ノア……愛してる」」


 その瞬間抑えていたものが決壊した。

 涙が溢れて鼻水を垂らして、声にならない声で嗚咽を混じらせながら俺も言った。


「お、俺も……俺も二人が大好きだから! 俺も愛してる! それから! 助けてくれてありがとう! 育ててくれてありがとう! 愛してくれてありがとう! 母さんと父さんの子で俺幸せだった! 本当に幸せだった」

「私もよ、ノアが息子で本当に幸せだった」

「あぁ、ほんとに幸せだった。毎日が楽しかった」


 感謝の言葉をただひたすらにぶつけ、思いっきり二人を抱きしめた。

 やっぱり二人も思いっきり抱きしめてくれた。


「ノア、時間だ」


 離したくない。

 でもいかないといけない。

 俺はゆっくり二人から離れた。


 すると二人は、俺の手を握った。

 そしてアリスの手を握らせた。


「――アリスを頼むわね、ノア」

「――アリスを頼むぞ、ノア」


 それは最後の言葉と同じだった。

 俺はうなづいてアリスの手を握り背を向けた。


 光の扉へと向かう。

 アリスと手をつなぎ、リュウと一緒にその扉を出ようとする。

 それでも足は重く、この世界に未練が残る。


「ノア! 一つ忘れてた!!」


 その言葉に振り返る。

 そこには笑顔で手を振る母さんと、握りこぶしを俺に向ける父さんがいた。

 そしていつものように、にやっと笑って父さんは俺に言った。


「――頑張れよ」


 俺は唇をかみしめる。

 涙を拭いた。

 

 同じようにこぶしをぎゅっと握って父さんに向ける。

 そしてぐちゃぐちゃに泣きながら満面の笑顔で言った。


「――任せろ!!」


 最後のグータッチだ。

 そのままこぶしを胸に当て、思い出をぎゅっと抱きしめる。


 そして二人に背を向けて、前に進んだ。

  

 涙を拭いて前を見ろ。

 顔をあげて前を見ろ。

 そして一歩を踏みしめて進め。


 でも、二人のことは絶対に忘れないから。

 

 だからしっかり見ててくれ、父さん、母さん。

 アリスは絶対に守るから。

 

 俺、頑張るから。

 

 頑張ってみんなで生きるから。

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