第8話 遥か遠き夢の世界ー1

「シャーディ・マクスウェル。此度の六神『地豚神ベヒモス』討伐の功により貴殿に四つ目の星を授与する。……さすがは、名門マクスウェル家の長男だ。これからも期待している」

「はっ! この上ない名誉でございます」


 煌びやかな受賞式で、シャーディはリベルティア帝国皇帝より星を賜った。

 その胸に四つ星を掲げ、振り返ると多くの貴族をはじめ帝国騎士達がシャーディを祝福する。


「新たな人類の剣の誕生ですぞ」

「さすがは副司令様のご子息ですな。これで人類の生存圏が広がりますぞ!!」

「きっと神殺しの英雄の名を受け継ぎますな! 鼻が高いでしょう?」

「ははは、いえいえ……ですがシャーディは私の誇りですよ」


 多くの貴族が彼をほめたたえ、拍手喝さいの元パーティは始まった。

 美しい女性たちに囲まれてシャーディは気持ちよく笑顔になる。


 そこに、一歩前に出てきた帝国騎士団員が二人。


「兄上! おめでとうございます! さすが兄上です! 私も追いつくように頑張ります!」


 三ツ星を胸に付けた5つは年下のシャーディの弟と帝国騎士団副司令の父がいた。

 弟は尊敬するまなざしで兄を見つめる。

 その目はシャーディがずっと向けて欲しかった目だった。

 

「お前を誇りに思う。シャーディ……さすがは俺の子だ」


 その言葉はずっと欲しかった言葉だった。


 幸せの絶頂に中にいた。

 夢ならば覚めないでくれ。

 そう願わずにはいられなかった。

 

 そして父は息子の手を強く握ってゆっくり引っ張った。


「ずっとこの世界を……そして我々を守ってくれるか……シャーディ」

「もちろんです、父上! 私は! 私はここでずっと皆を守る剣となります!! お任せください!!」


 答えるように引っ張られたほうへと歩く。

 そして彼は満面の笑みで笑い、二度と覚めることはなかった。




 ローブの男は、満足そうに眠っているシャーディを見る。

 冷たくなっていき心臓が止まったシャーディを見て溜息を吐く。


「…………残念だ」


 そしてもう一人の騎士を見る。





「私は……一体」


 目覚めたとき、私は自室にいた。

 ガイヤ・フェーザーフィールド……元帝国騎士第七席……子爵。

 なんだ、なぜ私は自分のことが曖昧に……。


 見渡せばいつもの自室だ。平民出の私からすれば少し広すぎる屋敷だが、もう随分なれたものだ。

 壁に飾られた絵画も、高そうな壺も私には価値などわからないが、小さいながらも子爵として領地を預かる身。

 相応の家に住まなくてはならない。


 すると両開きの扉がゆっくりと開いた。


「パパ」

「ミリ……ア?」


 そこには自分の娘がいた。

 まだ幼かった時の娘、可愛らしいドレスを着て天使のように愛らしい。

 ……幼かった? なんだこの違和感は。


 ミリアは自分の倍以上の高さの扉を開いて、怯えるように半身を隠してこちらを見ている。


「パパ……怒ってる?」

「え?」


 その一言で私は自分が眉間に皺を寄せて、ミリアを睨んでいることに気付いた。

 慌てて表情を崩して、ベッドから降りて膝をつき、両手を広げてみせる。


「すまない、悪い夢を見てたようだ。おいで、ミリア」

「パパ!!」


 まるで花開いたような満面の笑顔で飛び込んでくる娘。

 ぎゅっと抱きしめて、温もりを感じる。

 

 ――ズキン。


「パパ? 泣いてるの?」

「え?」


 私は涙を流していた。

 なぜだ?


 最愛の娘を抱きしめているはずなのに、なぜこんなにも胸が痛いのだろうか。

 なぜこんなにも。


「よいしょ、よいしょ。痛いの痛いの飛んでけぇ!」


 張り裂けそうなほど、胸が苦しいのだろうか。


 ミリアに連れていかれて、食堂へと向かう。

 そこには妻とその妻に抱えられた赤子がいた。


「あら、あなた、おはよう。フレア、パパでちゅよーいつも通りの仏頂面でちゅねー」

「きゃっきゃ!」


 まだ言葉も話せない生まれたばかりの次女のフレアがいた。

 ミリアと同じく母親に似て、うっすらだが炎のような真っ赤な髪が生えている。

 剣の才がなかった私に似ずに、紅蓮の剣姫とまで呼ばれた妻のスカーレットに似てくれたようだ。


「ロイは今朝も素振りか?」

「ずっと庭。まったく誰に似たんでちゅかねー剣術バカお兄ちゃんでちゅねー」

「きゃっきゃ!」

「そうか……いいことだ。あいつも君の才を受け継いでくれた。きっと私よりも遥かにロイは強くなる」

「あら、帝国十剣の第七席様が謙虚でちゅね。こちょこちょー」

「歴代最速で四つ星を賜り、現・神殺しの英雄様を前にすればな」


 するとスカーレットはうふふと笑う。

 真っ赤な髪がなびき、娘を抱く姿はまるで聖母のようで思わず私は見とれてしまった。


 綺麗だった。


「あら、なーに? この子を産んだばかりなのにまた次が欲しいの? ふふ……今晩待ってるわね。あなたの好きな真っ赤な下着で」

「こ、子供の前でからかうんじゃない」 

「パパ、顔赤いよ。お熱?」

「そうよ、パパはママにお熱なのよ」

「さ、さぁロイを呼んで朝食にしよう! まったくあいつめ、いつまで剣を振っているのやら。ロイ! おーい、ロイ!」

「ふふ、逃げられちゃいまちたね!」

「きゃっきゃ!」


 彼女の前にいれば騎士団では厳格で鬼と通っている私もこの扱いだ。

 まったくこんな姿部下には見せられないな。

 

 一目ぼれだった。

 戦う彼女は美しく、まるで戦場に咲く紅蓮の薔薇のようだった。

 

 食事に誘うも私より弱い人は無理と、突っぱねられたときは無茶を言うなと思ったものだ。

 君より強い人間がこの世界にいるのかと。

 

 それでも好きだった。

 抱えきれないほどの真っ赤な薔薇を持って任務帰りはいつも彼女に交際を申し込んだ。

 何回目で君は食事をOKしてくれただろう。100回は超えていたかな。


 愛していた。

 私よりも圧倒的に強い君だけど、何に代えても守りたいと思ってた。


 心から彼女を愛していた。


「「いただきます!」」

「父さん父さん! 後で稽古つけてよ! 新技を開発したんだ!」

「はいはい! 私がやります!」

「母さんは感覚派過ぎて教えるの下手だからいやだ。父さんがいい」

「えー、ずるいずるい! ママも息子とイチャイチャしたい!」

「ミリアもミリアも! ミリアも一緒にパパとイチャイチャする!」

「お前のせいで、ミリアが変な言葉を変な意味で覚えただろう…………まったく……ふふ」


 そして心から家族を愛していた。

 かけがえのない宝石のような日々だった。

 

 ――ズキン。


「あれ? パパまた泣いてるの? ぎゅーー! 痛くなくなった? ぎゅーー!」


「ありがとう、ミリア。幸せだなって……思っただけなんだ」


 するとミリアとスカーレットの二人が私の手を抱きしめて引っ張っていく。

 二人は私の目を見て言った。


「じゃあ一緒にずっといようね! パパ!」

「そうよ、あなた。ずっと一緒よ」 


 私は思わずその方向へと歩いていこうとした。

 抗えない。

 抗いたくはない。

 ずっと求めていたものがここにある。ずっと……ずっと……。


「――?」


 振り返ると服が引っ張られていた。

 俯いた息子のロイと、ロイが抱きかかえているまだ言葉も話せないフレアが強く私の服を掴んでいた。

 

 まるで行ってはいけないというように。


「ロイ……フレア……」

 

 とても小さい頃のロイとフレアだ。

 ロイは今ではあんなに立派な騎士なのに、この頃はまだこんなに小さかったか。

 フレアは……こんなにも……幼かったか。


 愛する子供たちだ。

 自慢のそして…………まだ生きている息子と娘だ。


「………………そうか」


 私はゆっくり目を閉じる。

 二人のおかげでやっと気づけた。

 いや……気づきたくなかっただけだろう、最初から分かっていた。


 これは…………私の夢か。


「我ながら……随分と甘い夢を見たものだな」


 あの痛みを忘れることなんてできない。

 最愛の妻と、最愛の娘を同時に失った日。

 もうスカーレットと、ミリアは死んでいる。


 ならばこれは夢なのだろう。私の願望で、希望で、幻想の……どこまでも甘い夢なのだろう。

 なら覚めなくてはいけない。

 私にはやらねばならぬことがある。


「すまない……私はそっちにはいけない。まだやり残したことがある」


 ロイと手をつなぎ、フレアを抱き抱える。

 すると目の前に光の扉が現れ、開いた。

 どうやら、ここを出れば終わるようだ。


 扉はゆっくりと閉まっていく。

 早くでなければここを出れなくなってしまうのだろう。


「パパ! ミリアを置いてくの?」


 その言葉に足が止まった。

 

「いやだよ、パパ! いかないで! ミリア、パパと一緒にいたいよ! お願い、いかないで!! ミリアを置いていかないで!!」


 今すぐ振り返って抱きしめてあげたい。

 足が前に進まない。

 少しだけ……ほんの一度だけ。


「ミリア!!」


 思わず振り返りそうになった。

 だがそれは止められた。

 私の後ろから振り向こうとする私の背を両手で優しく押すのは……間違いなくスカーレットの手だった。


「ダメよ……振り向いちゃ。帰れなくなる」

「スカーレット……私は……」


 背中にはスカーレットの手、そしてスカーレットの頭が寄りかかる。

 彼女の声がすぐそこにある。


「ごめんなさい、あなたを残していって……ごめんなさい、ミリアを守れなくて……ごめんなさい、死んでしまって」

「違う……私が……弱かったからだ。私が……君を、ミリアを守れなかったからだ。君は……君はみんなを……世界を命を懸けて守った!」


 涙が溢れていく。

 あの日、都市ホムラムドに現れた災厄のヘクサ級堕神――六神と呼ばれる災厄の神の一柱を退け、彼女は死んだ。

 私は何もできなかった。

 ロイとフレアを抱えて逃げることしかできなかった。


「そう死んだの…………だから次はあなたが守ってあげてね。ねぇ、ロイとフレアは元気?」


 涙がこぼれないように上を向く。


「…………ロイは遂に四つ星になったよ。さすが君の子だ。もう……私では適わないな。フレアは……アカデミーでずっと主席なんだ。やっぱり…………君の子だ。真っ赤な髪がすごく……綺麗で。君にとても似て……すごく……綺麗で」

「そっか、私たちの子だもの。当然よ……でも……見たかったな。そっか……おっきくなったんだろうな」


 伝えたいことがたくさんあった。

 子供たちの成長を一緒に君と見たかった。

 君と一緒に年を取りたかった。


「パパ……ぎゅー」


 ミリアの成長した姿を見たかった。

 きっと彼女と同じぐらい素晴らしい騎士になれたこの子を見ていたかった。


 足元ではミリアが後ろから抱きしめてくる。

 夢でももうこのままずっとここにいたい。


 私は……。


「スカーレット! 私は!」


 ――トン


 そう思った瞬間、スカーレットに背中を押されて前に押し出される。

 ミリアは、スカーレットに抱きかかえられて足を離れた。


「神殺しの英雄アルゴノーツ! スカーレット・フェザーフィールドより三ツ星騎士ガイヤ・フェザーフィールドに命じます!」


 背中越しに聞こえるその声はいつも戦場で聞いた彼女の気高い声だった。


「ロイとフレアを立派に育て、父の役目を全うせよ。そして……あなたもその生を最後まで謳歌せよ! そして……その責務を全うした後!!」


 だがその声には濁音が混じり、震えていた。


「もう一度、私に会いに来て。また抱えきれないほどの真っ赤な薔薇の花束と一緒に」

「…………」


 声が出ない。

 嗚咽が混じる。

 だめだ……しっかりしろ。

 涙を止めて、背筋を伸ばせ。


 そして、はっきりと声に出せ。


「――承る!!」


 そして私は一歩前に踏み出した。

 光の扉に片足が入る。


「パパ! 大好きだよ! ミリアはパパが大好きだよ!」

「あなた……愛してるわ」


 振り返るな、前に進め。

 もう二人は帰ってこない。

 だから、忘れろ。


「それとね――」


 二人を忘れ……。 


「「――パパ頑張って!」」

「…………」


 違う。


 忘れる必要なんてない。

 二人を忘れる必要なんてないんだ。


 私は右手をあげて、こぶしを握る。

 今できる全力の力で強く握りこぶしを作った。


「私も二人を心の底から愛している!!」

 

 忘れる必要なんてないんだ。

 ずっと忘れようと思っていた。

 ずっとあの日を後悔していた。


 でももう受け入れる。

 この想いはいつでも取り出せるように、一番大事なところに閉まっておけばいい。


 そしていつの日か、ゆっくり取り出して。


「――後はパパに任せろ!!」


 ぎゅっと強く抱きしめよう。

 

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