第7話 影の騎士ー2

 長期戦は不利だろう。

 ゆっくりやっていればこの出血量だ。

 いつ俺の体力が尽きるかわからない。


「らあぁぁぁぁ!!」


 走れ。

 攻め続けろ。

 この一呼吸の間に決めるんだ。

 ここで決められなかったら死ぬ。

 ここで決められなかったらアリスは死ぬ!


 影の騎士も応戦するが、俺の思わぬ反撃に態勢を崩したままだ。

 

 俺は一歩も引かずに切りかかる。

 この機会を逃すなと、体力の限界を超えても攻め続けた。

 切って切って、切りまくれ。


 一歩も引かない俺に、影の騎士が態勢を崩したまま片手で剣を突き刺そうとする。

 態勢を立て直すための力の入っていない時間稼ぎの一撃だ。

 簡単に避けられる。


 でも避ければまた振出しに戻ってしまう。

 

 そうはさせない。

 このチャンスを逃さない。

 

 だから俺は左手を差し出した。


「ぐぅぅぅ!!」


 驚く影の騎士、俺の左手の手のひらには剣が突き刺さる。

 激痛が体中を駆け巡る。

 勢いでやったとはいえ、気絶しそうなほどの痛みだった。


 それでもぐっとこらえて前を向く。

 相手の攻撃は一手で防いだ。

 次はこっちの攻撃の番だ。


 影の騎士の首へ向かって剣を向ける。

 慌てて俺の左手から剣を抜こうとするが、俺は左手をぎゅっと握って剣を引かせなかった。


「ぐぁぁぁぁ!!」


 それでもずるずると切れている手のひらに、まるで感電したかのような激痛が走る。


 それでも握る。

 それでも握れ。


 勝つんだ。

 ここでこいつに勝つ!


 俺の左手から影の騎士の剣が抜けた。

 血が噴き出して、気絶しそうになるほどの痛みが襲う。


 でも離さない!


「――あぁぁぁぁ!!」


 俺の剣のほうが先に届く。

 俺の剣が、影の騎士の首を突き刺した。

 ずぶっと言う奇妙な感覚だが、間違いなくその首を貫通する。


 倒れる影の騎士。

 俺は馬乗りになって、追撃した。

 まだ影の騎士は動いている。

 そもそも人間ですらないこいつの首が急所だという保証などない。


 俺は血まみれになった左手と右手で剣を握って何度も突き刺した。

 馬乗りになりながら何度も何度もその剣を、影の騎士へと突き刺した。


「――はあぁぁぁ!!!」


 どれだけ刺していたかもわからない。

 何度も突き刺して、俺は叫んだ。


 ズルッ!


 自分の血で剣が滑り、俺は態勢を崩してこけてしまった。

 すぐに起き上がり剣を握って影の騎士を見る。

 

「はぁはぁはぁ……」


 すると倒れていた影の騎士が、サラサラと黒い粒子になって消えていく。


「勝った……はぁ……くそ……ありがとな、アリス」


 妹へ感謝を述べながら俺は地面に倒れ意識を失った。







「ノア……ノア……」

「ん?」


 よく聞く声で俺は目が覚めた。

 ゆっくり体を起こすと、目の前にはリュウがいた。


「あれ? ……ここは……」

「さっさと目を覚ませ。アホ……」


 するとリュウが目の前で安堵したように溜息を吐く。

 周りを見渡すと俺と、リュウ、そしてガイヤさん? ともう一人金髪の意地悪そうな騎士が立っていた。


「…………あれ? ここは?」

「……よく戻った。お前で最後だ」

「え?」


 俺は立ち上がろうと床に向かって左手に力を入れた。

 と同時に左手のケガも全身に負っていた傷もないことに気付き、左手を見る。


「あれ? 俺の腕が……」

「ケガは全部治ってる。いや、そもそもケガをしてないって言ったほうがいいだろうな。お前も影みたいな騎士と戦ったんだろ?」

「あ、あぁ。リュウもか? 幻覚?」

「かもな。俺のケガも治ってたし」

「私もだ」


 するとガイヤさんも答えてくれる。

 その向こうで、爪を噛みながらいらだっている金髪の騎士がこちらを見る。


「くそくそくそ! なんだこれは! なんだこの神界は! お、お、お前らの仕業だろ!!」


 鬼のような形相でこちらを向いて剣を抜いた。

 俺とリュウは即座に反応して、剣を抜く。

 一触即発、今すぐにでも切りかかってきそうな雰囲気だった。


「冷静になれ、シャーディ……もし無様に剣を振るならその腕をたたき切る」


 だがガイヤさんが止める。

 にらみ合う二人だが、どうやら力関係はガイヤさんのほうが圧倒的に上のようで、シャーディと呼ばれた男は剣をしまった。


「し、しかし! ガイヤ殿! 8人ですよ! わが帝国の厳しい訓練をくぐった選ばれし騎士が8人!! それも全員が星持ちだったのにこの被害! 敵が何かもわからずに!! こんなことここ数年起きたことはない! 一体なんなんだ、この神界は!!」


「え? ……死んだ?」


 それに合わせてリュウが俺の肩をたたき、指をさす。

 そこには、先ほどまで元気だった騎士たちが横に並べられていた。

 俺はその一人の前に跪いて首を触る。


 その皮膚は氷のように冷たくて、脈はない。

 すぐに分かった。


「死んでる……全員」


「さっきまで生きてた人もいた。でも全員死んだ……どんどん冷たくなって、最後には心臓が止まっちまった」

「じゃあ影の騎士に殺されてたら……」

「そのまま死んでただろうな……お前もほぼ止まりかけてたし」


 どうやらリュウもガイヤさんもシャーディと呼ばれた騎士も全員影の騎士を倒してきたそうだ。


「おそらくそれぞれに対して相手の強さも変わっていたはずだ。でなければ私が苦戦した相手にお前たちが勝つことなどできはしない。自己紹介が遅れたな。私はガイヤ・フェザーフィールド、こいつはシャーディ・マクスウェル。どちらもリベルティア帝国の騎士だ」


 するとガイヤさんが俺の前に来て名前を名乗ってくれた。

 シャーディさんはふん! っとこちらを一瞥するだけだったが。


「俺はリュウです。こっちは」

「ノアです。ファルムス王国のはずれのスラムに住んでました。俺たち神界とか何もわからなくて……何が起きてるかも」


「無知とは恐ろしいものですね! その程度の知識で飛び込んでくるとは!」

「スラム暮らしなら仕方ないことだ……説明してやりたいが今はそう悠長に構えるわけにもいかない」


「わかりました。俺とノアですが……ある程度戦えます。正直ガイヤさんから見れば相手にもなりませんが……でも今の戦いでマナというものを感覚で理解できました。少しは役に立てると思います」


「……リュウといったな。聡明だ。わかった、ではそれを頭に入れて戦闘を行う」

「本気ですか、ガイヤ殿! こんなみすぼらしいガキを!?」

「少なくともあの影の騎士を倒したというのなら私は戦力として数える」

「そ、それは……」


 するとガイヤさんが俺たちの前に手をさし伸ばした。


「リュウ。ノア……力を貸してくれ」

「「はい!」」


 俺たちはその手を握った。

 ごつごつしてとても固い。俺たちも相当に剣を振って豆をつぶしてきたがそんなのが比ではないほどにその手は堅かった。

 そして少し温かかった。


「しかし、ガイヤ殿! どうするもなにも出口もないので――!?」


 その瞬間だった。


『――己の影を超えたか。少しは覚悟があるようだな』

「「――!!??」」


 現れたのは黒いローブの何か。


 俺たちは剣を抜く。

 だがそれよりも早くガイヤさんがすでに切りかかっていた。

 すでに踏み込み、剣を振り下ろすだけ。


 判断が早い。

 戦士としての完成度が違いすぎる。

 あまりの速度に俺たちは声が出なかった。


 だがその剣は真っ黒な左腕に止められた。

 あの一撃を素手で止める? 岩ぐらい簡単に両断しそうなあの一撃を?

 その一瞬の攻防で、その二人と自分との差がどれだけあるかもわからないことだけはわかった。


「神兵……いや……何者だ、お前は」


『もはや何物でもない……ただの亡霊だな』

 

「…………お前はこの堕神のボス……なのか?」


『……お前たちの言っている意味の主ではないな』


「お前は何を言っている。はっきりしたらどうだ。目的はなんだ!」


『そうだな、俺はお前たち人間を…………殺したいほど憎い』

「――!!??」


 その瞬間、俺の全身から汗が噴き出した。

 おもわず叫び出して切りかかってしまいそうなほどのプレッシャー。

 こんな相手に勝てるわけがない。

 しかしすぐにそのプレッシャーは消えて、むしろ優しい雰囲気が漂った。

 

『だが同時に……救いたいとも思っている。あいつが命を懸けて守ったお前達を』


「どういうことだ」


『…………俺の……黒龍の力を目覚めさせられる者を探している。お前たちの中にいればいいがな』


 その黒いローブの男は真っ黒な右手をこちらへ掲げる。

 俺たちは身構えるように剣を握る。


『帰ってこい。その強き意思で…………ナイトメア』


 真っ黒な波動があたりを埋め尽くす。

 そして俺たちの視界は暗転した。









「うげぇ!?」


 何か懐かしい感触と痛みで俺は目が覚めた。

 寝ている俺の腹にダイブしてきたのは、俺の妹――アリスだった。

 ここは俺の部屋で、ベッドで、俺が住んでいた村だった。

 あれ? 住んでいた? なんか変な感じだな。


「ノアにぃ! 早く起きて! こんな良い天気なのに寝てるなんて人生の9割損してるぞ」

「9割は多すぎるだろ。多くて1割だ。そして兄は一割なら布団を選ぶ。おやすみ」

「こら! 布団と私どっちを選ぶの!」

「すまん、妹よ。布団と結婚することにする。祝儀はいらないが、祝福はしてくれ」

「その結婚、ちょっと待ったぁぁ!!」

「うぉ!?」


 布団ごとひっくり返されて俺はベッドから床に落ちた。

 相変わらずやることが過激な妹だ。


「いてて……日に日に母さんに似てくるな」

「ほら、冗談はその寝ぐせだけにして!! どうやったらそんなヘンテコな頭になるの!? もはや芸術だよ」

「コツは、寝る前になりたい姿をイメージすることだ」

「だとしたらバカなんじゃないの?」

「ひでぇ!」


 妹に罵声を浴びながら、眠たい目をこすっていやいや部屋を出る。

 我が家の食卓にはすでに両親が座っていた。


「ほら、ノア。顔洗ってきなさい、今日は祝肉祭なのよ?……まったくこの子は誰に似てこんなに朝が弱いのかしら」

「そうだぞ! 今日は大物を狩るぞ、ノア! さぁ! 朝ごはんを食べて、森にいこう!! テンションあがるな! ふっふぅ!」


 テンションが異常に高くてうざい父さんと、小言がうるさくてうざい母さんがいた。


「今日もパンとスープか。母さん、たまにはこう……なんかさ」

「文句言うなら食べなくてよし! 肉が食べたければ自分で取ってきなさい」

「そうだぞ、ノア! 今日はモリモリ食べてモリモリ狩ろう! ふっふぅ!!」

「なんで、父さんはいつもの倍テンションが高いんだ?」

「ノアにぃと初めての狩りが楽しみなんだって」


 すると父さんは俺に向かって握りこぶしを向けた。


「今日は村一番の獲物を狩って祝肉祭で優勝するぞ! ノア!」

「はいはい」


 俺は溜息を吐きながら、暑苦しいのもいつものことだなとこぶしでグータッチした。

 そんな軽口が飛び交ういつもの朝だった。


「じゃあ食べましょう」


 全員が席について手を合わせる。

 

「「いただきます!」」


 我が家の毎日の日課だ。

 家族みんなで食卓を囲んで飯を食う。


 毎日の光景、俺の日常、変わらない日々。

 何も変わったことはない。

 幸せだと感じたことすらもない。

 そんな平凡で……なんてことない日々だ。


 なのになんで。


「…………あれ?」


 涙が止まらないんだ。

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