第6話 影の騎士ー1
◇
朱海荒野で、堕神が暴れまわる中。
帝国から派遣されたまだ星もない見習い騎士二人が作戦状況を報告するために遠くで堕神を監視していた。
「……しかしランク:
「いや、糞貴族のシャーディが足引っ張るに一票。純血、純血うるせぇんだよな。処女厨かよ、ユニコーンって呼ぼうぜ」
めんどくさそうに空を仰ぐ一人と、勤勉に双眼鏡を覗いて監視する一人。
すると、ある異変に気付いた。
「なんだ……あれ。なんか纏わりついてないか?」
めんどくさがっていた騎士も双眼鏡で堕神を見る。
「ん? …………ほんとだ。……あれ。肉?」
骨だけだった龍。
それが徐々に肉がついていく。
真っ赤な筋肉のような肉、皮だけ剥がされてしまったかのような肉が逆再生のように修復していく。
「嘘だろ……おいおいおい!! まさかあれって!!」
「進化!?」
すぐに胸ポケットから通信端末を取り出し慌てて連絡する。
「緊急連絡! 緊急連絡! ファルムス王国、朱海荒野より腐龍討伐作戦について! 南方騎士団第三騎士隊所属ファブ・ノイヤーから本部へ緊急連絡!」
「こちら、南方騎士団本部。報告をどうぞ」
「ランク:
「――!? 了解しました!」
◇リベルティア帝国、帝国騎士団総司令本部。
報告を受けた帝国騎士団総司令――クライゼル・アシモフは、急ぎ足で廊下を歩く。
「グリュスゴッドにはまだ連絡がつかないのか!」
「任務中でして! 出来る限りすぐに!」
「クライゼル司令! 皇帝陛下より此度の件、全権を委任すると!」
「承る!」
実質の帝国騎士団のトップ、総司令クライゼル・アシモフはそれを聞いて即座に判断した。
鉄のクライゼルと呼ばれるほどに、騎士団の規律に厳しい男が下した判断は彼の普段からすれば異例の対応だった。
「…………南方騎士団、団長グリュスゴッド並びに、南方騎士団所属すべての二つ星以上に命ずる。遂行中の作戦を破棄! 即座にファルムス王国の堕神の元へ迎え。通常の手続きをすべて省き事後報告を許可する。現場の騎士達の判断にて最速でこれを討て!」
「う、承りました!!」
それは自体の緊急度を表していた。
指示をもらった部下が急ぎ廊下をかけ、次々と別の部下が報告に走ってくる。
総司令本部は、一瞬で戦時下のような慌ただしさになっていく。
(腐龍が成龍になる……進化自体は稀に発生するが、もしそうなればランクは二段階跳ね上がり、
クライゼルは思い出していた。
二十年近く前、起きた惨劇。最高ランク堕神――ヘクサ《6》級の顕現を。
(――古龍復活。それだけは絶対に阻止しなくてはならない)
◇ノア
ここはどこだ。
突然視界が暗転したと思ったら、俺がいたのは四角い大きな部屋だった。
最初と同じ、石のタイルで囲まれたまるで闘技場のような部屋。
そこには本当に何もなく、いるのは俺と。
「お前と戦え……ってことなのか」
目の前にいる何かだけ。
俺の目の前にいるのは、影のような黒い人型の何かだった。
青白い炎の鎧を纏い、シルエットしかない人を模った騎士。
背丈は成人した男性ほどで俺よりも少し高い。
先ほど現れたローブの男が言っていた最後のセリフ『シャドウ』それを真に受けるなら影の騎士とでも呼ぶか。
「返事なし……しゃべる気はなしか」
影の騎士は、何も話さないでゆっくりと腰に差した剣を抜いた。
俺も併せて剣を抜く。
何もわからないけど、戦わなければならないことだけはわかったから。
向き合えば、戦闘が始まる。
影の騎士が俺に向かって剣を槍のようにし、突進してくる。
剣先をまっすぐ心臓へ向けて、明確な殺意がこもっている。
死を感じずにはいられない。
心臓の鼓動が早くなる。
緊張が全身を硬直させる。
その威圧感に俺は一歩引いてしまった。
ガキン!
一歩引きながらもはじくことに成功、しかし大きくのけ反る。
いつも以上に力が入り、うまくさばくことができなかった。
しまったと思った時には、すでに二撃目の振り下ろしが迫っている。
目の前に剣、俺の前髪に触れるぎりぎり。
「ぐっ!!」
俺は無理やり体を動かし、横に転がるように飛びのいた。
影の騎士の剣は、俺がいたはずだった場所の石でできた床を砕く。
食らえば間違いなく死んでいた。
「はぁはぁはぁ……え?」
俺は息を切らしていた。
こんなので息を切らせる鍛え方はしていないのに、すでに疲労を感じていた。
剣を力いっぱい握った右手は、俺の命令を聞いてくれずまるで自分の体ではない。
「くそ! なんだこれ!」
焦る。
冷や汗が流れる。
普段の通りに動けない。
こんな調子じゃ、死ぬぞ!
さっきもほんの一瞬遅ければ、頭を勝ち割られて死んでいた。
死んで……。
それを意識し、顔を上げる。
影の騎士のマネキンのような表情のない顔がにやっと笑い、狂気のような殺意を振りまく。
――ぞわっ。
とたん、全身の血が引くような思いをした。
怖い。
本能でそう感じ、無意識で逃げるように後ろに一歩後ずさってしまった。
その瞬間だった。
「え?」
突然俺の体が重くなった。
まるで水の中にいるような重さに、空気も重い。
それと同時に、光の綿のような何かが体から抜けていく。
まるで綿毛のようなフワフワした何か。
「体が……重い」
突然のことでパニックになるが、影の騎士はそんなこと構わずに、再度突撃する。
俺はかわそうとした。
しかし、動きが鈍く浅くだが腕が切れた。
「ぐっ!!」
まるで熱したナイフをあてられたように、切口が熱い。
そして痛い。
苦痛に顔をしかめながら、俺は避け続けた。
だがうまく動けない。
さらに傷は増えて、焦りと恐怖で悪循環が始まる。
「く、くそぉぉ!!」
流れを断ち切ろうと半ばやけくその反撃は、当たり前のように弾かれる。
攻撃後の無防備な腹に、その騎士の蹴りがみぞおちに入る。
「――うぐっ!?」
声にならない声を上げて、俺は回転しながら地面を転がる。
意識を失いそうになりながら立ち上がると、突然抗えない吐き気で、胃の中のものを嘔吐した。
呼吸が苦しい。頭が揺れて気持ち悪い。切られた体中が痛い。
虚ろな目で顔を上げる。
にやっと笑う影の騎士。
「ひっ!」
俺は心の底から恐怖した。
すぐ目の前に死が立っている。
それは俺のトラウマを簡単に呼び起こした。
あの日感じた本物の死の恐怖を。
「う、うわあぁぁぁぁ!!」
俺はみっともなく逃げた。
あんなにかっこつけてきたのに、怖いと少しでも思ってしまうとそれは水に石を投げ入れたときの波紋のように一瞬で全身にいきわたる。
すると、また俺の体から光の綿が消えていく。
愛想を尽かせたように、俺の体から力が抜けていく。
「く、くるなぁ!」
無様に逃げて、追いつかれてはぎりぎり致命傷を避けてまた逃げる。
あんなに鍛えてきた剣は、見る影もなく、まるでガキのチャンバラのように無様だった。
俺は戦意を喪失していた。
どれだけ経ったかわからないが、無我夢中で逃げた。
しかし出口のない石に囲まれた部屋で逃げられるわけもない。
気づけば石の床は俺の血でべとべとになり、血を失いすぎたか脱水になり視界もぼやけた。
息を切らして、吐き気もピークになっていく。
死にたくない。
怖い。
逃げたい。
もう……いやだ。
いやだよ……死にたくない。
「ぐうぅ!」
振り下ろされる剣を避けられないと両手で必死に受け止める。
軋む足、そのまま倒れてしまいたくなる衝撃でけらけらと影の騎士は笑っている。
なのに、また光の球が俺の体からまるで失望したとでも言いたげに、消えていく。
「うっ! ううぅぅ!!」
一瞬でも力を抜けば死ぬ。
涙が出てきた。
恐怖か、吐き気か、痛みか、自分でもなんの涙かわからない。
押し切られる。
死んでしまう。
全部終わって、何もかもが終わってしまう。
もうだめだ。逃げたい。
なんでこんな目に合わないといけないんだ。
なんでこんな死にそうになってまで。
俺はなんで…………戦ってるんだ。
コツン。
「――!?」
その時、俺の顔に何かが当たった。
それは手首に付けていたアリスが結んでくれたお守りだった。
アリスが願いを込めて、つけてくれたお守り。
*
『勇気を……くれる……お守り……きっと……守ってくれる』
*
「あぁぁぁぁ!!」
目を見開いて、残ってる力を振り絞る。
その剣を押し返し、転がるように離脱することに成功した。
「はぁはぁはぁ……」
お守りが落ちてきたのは偶然だろう。
でもその瞬間、確かにアリスの顔が浮かんだ。
なのに俺はあきらめようと…………。
ドン!!
俺は地面に頭突きした。
額から血が流れるが今さらだ。
「――何やってんだよ、俺は!! また同じことを繰り返して!!」
恐怖に打ち勝とうと、精いっぱい叫んだ。
「もう逃げないってあの日誓っただろ! そのために強くなるって誓っただろ!!」
父さんと母さんを助けられずに恐怖に支配されて逃げたあの日。
もう逃げないって誓ったのにそんなことすぐに忘れていた。
体が重いからなんだ。
しんどいからなんだ。
死んだら全部終わりなんだぞ。
死んだら二度と会えないんだぞ。
あの日から嫌というほどそれを味わったはずだ。
なのに、俺はまた怖くて、震えて、繰り返そうとしていた。
「逃げるな……」
俺はぎゅっと剣を握った。
もう一度目に光を宿し、影を見る。
「……前を向け。戦うんだ……戦うんだ……」
言い聞かせるように続ける。
「戦え! ノア!! もう二度とあんな思いはしたくないだろ!!」
そして叫んだ。
その瞬間、ふっと体が軽くなった。
最初に比べたら重くて仕方ないが、それでも確かに軽くなった。
「……マナ?」
光の綿が俺の中に入ってくる。
もしかしてこれが力の源―マナ―なのだろうか。
だとするならばさっきガイヤさんが言っていた言葉がふと頭をよぎった。
『マナは強き意思に宿る』
それはきっとこういう意味なんだろうか。
――かっこいい奴にしか力は貸さない。
俺は両手で頬をパンパンと叩き気持ちを切り替える。
どうやら不思議パワーのマナはダサい奴は嫌いらしい。
とんだ気分屋に命を握られたものだが、ある意味納得した。
さっきまでの俺は力を貸したくなるとは到底思えない行動ばかりだったからな。
「わかったよ……ここまできたらカラ元気でもなんでもいい。たとえ死ぬとしても」
影の騎士が俺に向かって突進してくる。
俺は血が滴る額をぬぐい、剣を握って前を見る。
「……めちゃくちゃかっこつけて死んでやる!!」
最初の一撃目と同じ。
その時、俺は恐怖で一歩下がった。
思えばその時から勝負は傾いていた。
当たり前だ。
覚悟が出来ているなんて言ってたのに、その殺意に飲まれたんだ。
端的に言えばダサすぎる。マナが愛想尽かすのも当然というものだ。
ならどうすればいい?
かっこつけるためには、どうすればいい?
アリスが最高にかっこいいと言ってくれた兄ならどうすればいい?
そんなの言うまでもなく決まっている。
兄だからかっこいいんじゃない。
「はぁぁぁぁ!!」
かっこいいから、兄なんだ。
――ガキン!!
剣と剣がぶつかり合う。
一歩も引かずに前に出て、押し切る。
その剣はいつもの剣だった。
ずっとリュウと鍛えてきた剣、そして大切な人を今度こそ守るために鍛えた剣。
驚く影の騎士は、態勢を初めて崩し後ろへのけ反る。
「どうだ、アリス……」
俺は今度は前に出て、剣を向ける。
「――今のはちょっとカッコよかっただろ」
その姿は、ずっと目指していた場所に少しだけ近い気がした。
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