第5話 英雄になりたくてー5


「ガイヤさん。あの兵士達何かおかしくないですか? まるで素人だ。辺境の国の兵士ってあんなものですかね?」

「…………」


 ガイヤは、岩山の上から蹂躙されている兵士達、もといノア達を見る。

 抵抗することもできず、次々と死んでいく。

 数は多いようだが、逃げ惑う姿は一般人にしか見えなかった


 すると身なりの良い騎士が前に出る。

 金髪に金ぴかの鎧をつけて、身分の違いをアピールしていた。


「な―に! 有象無象の命など気にすることはないさ! 我々の仕事は神界に入り、堕神のマナクリスタルを即座に破壊することだ。外はファルムスが引き受けることになっているからね! さぁ我々は神界へ向かおうか!」


 胸に二つの星を付けたその騎士は、まるで隊長のように指示を出す。


「この隊の隊長は私のはずだが? シャーディ」

「いえいえ、ガイヤ殿。今回の作戦はゆっくりしていてくださいよ……むしろもう引退されてもいいんですよ? 元第七席様……くくく」


 その言葉にシャーディ含む数人の騎士がクスクスと笑っている。

 

「シャーディさん! さすがに失礼ではありませんか!! 平民出身とはいえ、ガイヤさんは三ツ星で騎士爵の子爵です! それもかつては第七席まで上り詰めた方です!! 軍では爵位よりも階級が重視されるはずですが!」

「はぁ……親が平民だと言葉が汚い。それを言うなら私の父は騎士団副指令。つまり帝国騎士のNo2ですよ? それにガイヤ殿は三ツ星といっても昔の話でしょう? 今は全盛期の半分の力もないでしょう。文字通りね、フフフ」


 シャーディはガイヤの片腕を見ながら高笑いする。

 義手で出来た腕だった。

 取り巻きのような、同じく身なりのより騎士たちも笑う。


 貴族出身の騎士と、身分の低い騎士の対立は帝国騎士の中でも起きている。


「私には何を言っても構わん。だが、シャーディ。堕神討伐中は作戦に集中し、私の指示に従え。堕神をなめてかかると……」


 静かに口を開くガイヤ。

 ゆっくりと馬鹿笑いしているシャーディを見て、そして。


「……本当に死ぬぞ」


 威圧する。

 気おされて一歩後ろに下がるシャーディは、あわてて取り繕う。


「わ、わかっている! だが所詮はダブル《2》の堕神! 我々だけでも何も問題はない! いくぞ、お前たち!」

「了!!」

 

 そしてシャーディ含む騎士たちは出撃した。

 溜息を吐きながらガイヤは骨だけの腐龍、堕神を見つめる。

 ポケットの黄金色に輝く羅針盤をその腐龍へと向けた。


 羅針盤は数字の2を指し占めている。

 だが時折針が、ぐるんと一回転し、初めて見る挙動をしている。

 

(計測上はダブル《2》だ……だが、なんだこの違和感は……あれは本当にただの腐龍なのか……発する雰囲気は、まるで六神)


「お前達も気を引き締めろ。あの堕神は報告にあったように何かがおかしい」


 そしてガイヤと部下達も同じように腐った龍に向かって走り出す。

 総勢10名の帝国騎士が、くうを踏みしめながらまるでそらを走っているように。


◇ノア視点


「なんだよ……これ」

「ノア!! 避けろ!!」

「くっ!」


 俺とリュウはただ逃げ惑った。

 活躍するとかしないとかそういう次元の話じゃない。

 そもそもまず人間がこんなデカい生物に剣一本でかなうわけがないんだ。


 この人数なら、魔剣があれば、軍ならば。

 そう思っていた自分をぶん殴ってやりたい。

 

「う、うわぁぁぁぁ!」

「なんで!! なんで!!!」

「く、くそがぁぁぁ!!」


 周囲から聞こえる悲鳴と、人間がつぶされる音。

 堕神は俺達を殺すことに夢中になっているようだった。

 いや、むしろ何か怒りをぶつけているような蹂躙の仕方だった。


 千人近くいた集められた兵士達は次々と死んでいく。

 ほとんどがスラム出身のこの国のゴミと呼ばれる人間だった。


 俺達はただの撒き餌だったんだ。

 わかっていたことだが、ここまでひどい扱いだとは思わなかった。


 この戦場には希望はない。

 待っているのは死だけだった。

 

「それでも逃げたら俺は……アリスを助けられない」


 その時だった。

 頭上を見上げる俺達の視界には、空を歩く見慣れない黒い軍服を着た騎士の姿があった。

 

「空を……歩いてる?」


 俺がそれを注意深く見つめていると、それは起きた。

 堕神の近くまで走っていったと思ったら堕神の左胸、おそらく心臓があったであろう場所の近くにある巨大な紋章のようなものに彼らが吸い込まれたのだ。


「――!? 吸い込まれた……なんだあの紋章」

 

 今のは間違いなく人間だった。

 王国の騎士と風貌が違い過ぎたが、間違いなく人間だ。

 

 俺は考えた。 

 もしかして違うのか?

 俺達はただ強くなって堕神を真向から倒せばいいと思っていたが、実は堕神の倒し方は別なのか?


「リュウ!」

「あぁ、俺も同じ考えだ。あそこが堕神を倒す道になる!」


 俺とリュウは堕神を見る。

 リュウが見たことないほどに集中している。

 俺はそれを信じてただ待った。その間にもたくさんの人が死んでいく。


 心臓の鼓動が脈打ち、いまだかつてないほどの緊張が走る。

 それでも俺は信じて待った。


「……逃げる兵士の動きと堕神の行動……予測しろ」


 額に指をあててぶつぶつ言っているリュウ。

 平常運転に戻ったようだ、ならきっと。 


「あの岩山に上るぞ!」

「わかった!」


 俺達はその岩山目掛けて走っていく。

 日ごろの鍛錬の成果か、スイスイと昇ってすぐに頂上へと到達した。

 堕神と同じ高さ。つまり今俺達の目の前には腐った龍の顔がある。

 

 改めてその大きさに震えあがりそうになるが、リュウの予測通りに堕神は人を殺しながら俺達の目と鼻の先に現れた。

 ここからならその胸元に光る紋章へと手が届きそうだ。

 

「あれに飛びつくのか……」

「ミスったらそのまま死ぬな」

 

 ゴクリ。


 生唾を飲み、俺達は岩山の端、崖下を見下ろした。

 落ちれば間違いなく死ぬ高さだ。

 

「…………これであの紋章に触れて何もなかったら無駄死にだな。それでもいくのか、ノア」

「もしかしてビビってる?」

「はっ! まさか」


 俺とリュウは目を合わせる。

 正直俺は滅茶苦茶ビビっているのだが、こいつとならば不思議と恐怖が薄れていくのがわかる。

 ゆっくり肺に空気を入れて、守りたい者を思い出す。

 父さんと母さんもあの時こんな思いだったのかな。


 そう思うと勇気がふつふつとわいてきた。


 覚悟はできた。友もいる。

 あとは一歩踏み出すだけだ。


「いくぞ、ノア!」

「あぁ!!」


 そして俺とリュウは全力で走って飛び出した。

 堕神がこちらに気づき叫びをあげる。

 巨大な骨の手が迫っているが、もう遅い。


「らあぁぁぁぁ!!」


 俺とリュウは堕神の胸にあるその紋章に手を伸ばす。

 振れたその瞬間、真っ白な光とともに俺とリュウはその紋章に吸い込まれた。



◇一方 ファストレス、アリスがいる病院。


「愛されてるんだね……あんたは」


 お婆さんがアリスを看病しながら話しかける。

 すやすやと眠っているアリスの体を拭いてあげていた。


「……こんなに小さくてボロボロな体で……大変だったろうに」


 アリスには聞こえていないのは分かっているがただの独り言だった。


「私の息子も、孫もね……堕神に立ち向かって死んだ。あれは人が戦っていい相手じゃない……まさしく神様だよ」


 遠い昔の記憶を思い起こすお婆さん。


「――大丈夫」

「ん?」


 驚くようにアリスを見るお婆さん。

 だが目も空いていないし、眠っているようにしか見えない。

 頭を傾げながら席を立つ。


「二人が揃えば……最強だから」



◇ノア



「……あれ? ここ……――!!??」


 目を覚ました瞬間だった。

 俺の喉元に剣が当てられている。

 俺はすかさず目を見開いて両手を上げた。


 隣を見れば俺と同じようにリュウが手を上げて無抵抗を必死に訴える。


 俺達に剣を向けているのは、先ほど空を歩いていた黒い軍服を着た騎士達だった。


「何者だ、お前達は」

「ガイヤさん、何かする前に殺しましょう。こいつら怪しいです。神兵では?」

「ちょ、ちょっと!! ちょっとまって!」


 焦る俺達の前に、まるで鷹のような目をした鋭い眼光の男が前に出る。

 年は30後半ぐらいだろうか、髭を少し生やして歴戦の戦士という風貌だった。


「所属は」

「しょ、所属?」


 すると金髪で金ぴかの鎧のいかにも金持ちですという見た目の男が俺たちを見下しながら間に入る。


「もういいでしょ、殺しましょう。疑わしきは罰せよです」


 血の気が引いた俺たちは、慌てて口を開いた。


「俺達は堕神孤児フォールンチルドレンです!」

「今回の作戦で集められた義勇兵で、皆さんが堕神の紋章に触れて消えたのを見て、手柄を立てるにはここしかないと思い、あとを追った次第です! 孤児ゆえに身分を証明できるものは何もありませんが、この剣がファルムス製であることは見ていただければわかると思います!」

「…………」


 すると俺の隣にいた騎士が俺の剣を抜いて確認する。

 

「……確かにファルムスの紋章が入ってますね」


 俺達は、安堵した。

 しかしその金ぴか騎士が俺の首に再度、剣を向ける。

 

「なら、お前達はどこでマナ操作を学んだのかな?」

「え? マナ操作?」

「マナを扱えない人間は、神界に入っても動くことすらままならない。孤児だと主張するのなら矛盾している。加えて言うならその年でマナを扱えるなど幼少より訓練した騎士アカデミー生ぐらいなものだ。怪しすぎるよ、君たち」

「な、なにを言っているか……全然わからなくて……」


 この人は何を言っているんだ。

 マナ操作? マナってあのマナのことか?

 言われてみればこの暗くて大きな石づくりの巨大な部屋に来てから体が少し重い気がする。

 

 俺とリュウが返答に困っているとその剣が喉へと押し付けられる。

 何か回答を間違えれば殺される。

 俺は必死に思考を回したが、ガイヤと呼ばれた強面のおっさん騎士が、それを止めた。


「…………稀にいるのだ。訓練もなしでマナを扱い、マナから愛されるものがな」

「マナから愛される? まさかこの二人が騎士になれる才能があるとでも言うつもりですか?」

「マナは強き意思に宿る……それは才能ではなく、想いの力だ。どう生まれたかではない、どう生きたか、そして……どう生きたいかだ」


 何か助かる流れのような気がしてきた。

 俺はガイヤという騎士を見つめる。

 この人がリーダーであることはすぐにわかった。

 黒い軍服、心臓の位置に三つの星。さらにかっこいい剣の紋章。

 周りが一つの星しかないことから、軍の階級か何かだろうか。


「だから小僧共、一つ聞く……心して答えろ」

 

 その瞬間だった。


「――!?」


 ガイヤという騎士が片腕で剣を振る。

 俺とリュウの目と鼻の先に剣の切っ先が現れる。

 風圧だけで俺とリュウの髪はめくれ、後ろに倒れそうになるほどだった。

 

 速すぎる。

 こんな剣見たことがない。

 一目でわかった。俺達ではどうやっても勝てないほどにこの人は遥か高みにいる。


「――お前達は何を望みここへきた」



 ――ぞわっ。



 俺は全身の毛が逆立つのを感じた。

 本気の殺気、俺達は今間違いなく命を握られている。

 この人の気分次第で俺とリュウは死ぬ。

 

 騎士になる夢も、そして何より……アリスも何も救えぬまま。


 それを思い出した瞬間、逸らしそうになる目をぐっと答えて見つめ返す。

 吐きそうなほどのプレッシャーを与えてくるその目を真っすぐと見つめ、はっきりと口を開いた。


 そしてほぼ同時に俺達は答えた。


「「大切な人を救うために!!」」


 唇をかみしめて俺とリュウは必死にその目を見つめた。

 見つめ返すガイヤという騎士。

 正直生きた心地はしなかったが、突然その騎士の表情が優しく崩れた。


「ふっ……離してやれ……その眼は意思無き神兵にはできん」


 どうやら俺達は解放されたようだ。

 

「はぁ……死んだかと思った」

「ふぅ……ここまでビビったのは初めてだ」


 安堵した瞬間、腰が抜けたように俺達は力が抜けて地面にへたり込んだ。

 スラムでは最強だったリュウですら、震えるほどの殺気。一体この人何者なんだ。


「知りませんよ。私は」

「責任は私がとる。……許せよ、小僧共。今我々も気が立っていてな……この神界……従来のものとは違いすぎる」

「え?」


 さっきから神界といってるが何のことなんだ。


 落ち着いて周りをよく見てみると白い岩のような壁に囲まれた四辺形の巨大な箱のような部屋にいた。どこだここ。

 薄暗いが、松明のような灯りが壁に取り付けられており視界は悪くない。


 その瞬間だった。


「「――!!??」」


 すべての騎士が反応し、剣を抜く。

 その切っ先が向いている先は、まるで闇のような真っ黒なローブを纏った人間のような何か。


 なんだあれは。


 人じゃない。

 でも人に見える。 

 ただ……暗い。


「何者だ……人……ではないな」


 ガイヤさんが、剣を向けて問う。

 まるで答えるようにその黒いローブの誰かはゆっくりと指をこちらへ向ける。

 

 そして、たった一言。


『……シャドウ』

「え?」


 直後、俺の視界は暗転した。

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