第4話 英雄になりたくてー4

 数日後。

 堕神討伐前日。


 ファルムス王国、王都セカンダリ――ファルムス城。


 石づくりの荘厳な王城は、この国の王都セカンダリの中心にある。

 その一室、新鮮な果物が置かれた机とそれを向かい合うように囲む真っ赤なソファには二人の男が座っていた。

 

 小太りの見るからに裕福な男は、煌めく宝石の指輪を全ての指にはめてどっしりと座る。

 ファルムス王国の国王だった。

 その対面に座るのは鷹のような鋭い目と、端正な顔に、整えられた髭の黒い軍服をきた男。

 腰に一本の魔剣を携え、覇気を纏う。


「明日は頼みますぞ、ガイヤ殿! 今夜は国を挙げて盛大な宴を行おうと思っていますからな!」

「……気遣いは無用だ、ファルムス王」

「いやいや。帝国騎士……それも三ツ星騎士で子爵様に来ていただいたのだ。英気を養っていただかなくては! 国中の綺麗どころ用意しておりますぞ。どんな女がお好みですかな?」

「…………結構、今日は集中したい」


 テンションの高い王と、冷めた態度の騎士。

 傍から見れば不敬にも見える。

 その様子に眉をしかめる隣にいる大臣、しかし何も言えない。


 一国の王ですら帝国の貴族には頭が上がらない。


「それよりもファルムス王、明日の作戦にこの国の騎士を連れていきたいと?」

「お、おぉ! そうであった! 流石に皇帝陛下に頼りっぱなしではファルムスとしても心苦しい! 我が国最強の10人を用意しましたぞ! 帝国騎士試験を受けていないゆえに、みな星無しではあるがそれでも腕は保証しますぞ! 星などなくても十分にやれるはず! そうだ、明日のために少し手ほどきなどしてくれるとありがたい! 下に待機させておりますからな」

「星など……か。見るだけ見よう」


 そういってガイヤは立ち上がる。

 少し不機嫌そうにガイヤはその部屋を出てしまった。


「まったく帝国貴族とはいえ、一国の王に対して無礼ですな。騎士爵としての子爵のくせに」

「よいよい、英雄とはああいうものよ」


 眉をしかめながら、ため息を吐き大臣が王に耳打ちする。


「……件の話ですが、千人ほどバカが集まりそうです」

「これこれ。バカとは何か。我が国の大事な国民ぞ? くくく」

「ふふふ、申し訳ありません。しかし、これで我が国の騎士も失わず、国の掃除までできますな」

「大臣、此度の件。ガイヤ殿にはくれぐれも」

「わかっております。どうせガイヤ殿は神界に行きますので気づくことはないでしょう」

「くくく、そちも悪よのう」

「王ほどでは……」

「「ハハハ!!!」」


 大臣と王が談笑し、今後の計画を話す。

 少ししてからガイヤがいるはずの訓練場へと向かった。

 ほんの少しの時間だった。時間にして、数分ほどだったはず。


「さて、ガイヤ殿にせめて一本ぐらいは取ってほしいものだが…………はぁ?」


 王と大臣が見たのは、自国の騎士試験を潜り抜けた精鋭達がガイヤの周りでまるで赤子をひねるように倒れている姿。

 あまりに一方的に敗北したことが素人目にもわかるほどだった。


「ファルムス王、さきほどの件ですがお断りさせてもらう。あいさつ程度に少し力を試したが、この程度では神界に入っても無駄死にだ」


 兵士が地面に転がっている。

 王はそれを見て開いた口が塞がらなかった。

 周辺国家の騎士と帝国騎士では格が違うと聞いたことはある。

 だがここまで差があるものなのかと。


「そ、そんな……我が国の精鋭だぞ。そ、それがこうも……堕神にだって勝てるはずの」


 それを見て同じく大臣が信じられないと声を漏らす。


「堕神を侮るな。奴らは人知を超えた存在だ。戦場にも出たことがない。ましてや帝国騎士試験にすら合格していない小国の名ばかりの騎士など使い物になるわけがない」


 ガイヤは大臣と王の前に立つ。


「それとファルムス王。先ほどの言葉だが訂正してほしい」

「お、おぉ?」


 その威圧感に二人は、後ずさり尻餅をついてしまった。


「騎士に授けられる星とは皇帝陛下からの信頼の証。そして命を賭してこの世界を守る責任と覚悟。一つ星は、堕神を殺せる騎士に与えられる。二つ星は、人の限界を超えたものに。三つ星ならば災害級にも立ち向かえる。四つ星ともなれば、歴史に残る最上の騎士だ。我ら騎士にとって陛下から賜る星とは命ほどに重い。二度と星などと軽んじる言葉は遠慮願う」

「りょ、了解した」


 ファルムス王は、ガイヤの軍服の心臓の位置を見る。

 そこには三つの星がつけられていた。

 さらにその下には、帝国の紋章と剣のマーク。


 ――帝国十剣の証。

 

 四つ星騎士を例外とした帝国騎士団上位10人の実力者の証明だった。



◇一方、ノアとリュウ。



「う、うまーーー!!!」

「黙って食え」


 俺とリュウは、セカンダリに到着し参加を申し込んだ。

 スラムのみんなは、最年長のワルガッソに任せてある。

 あれで結構義理堅いし、しっかりしている。食料も結構あるから数週間なら大丈夫だろう。


「あいつらが心配か?」

「ちょっとな。でも大丈夫……一応ワルガッソもいるし」 

「不安だな」

「……ちょっとな」


 集合する場所には簡易的なキャンプが設置されており、寝泊まりできる。

 食事まで出て、とても快適にその日も簡易ベッドで眠る。

 明日だ。

 

 俺たちがファストレスを出て一週間。

 いよいよ、俺達は堕神と戦うことになる。


「なぁ、リュウ……」

「ん?」

「…………ありがとな。いつも」

「……やめろ、縁起でもねぇ」


 俺達の日常を焼き払った堕神。

 今回は別のやつだが、それでも思いださずにはいられない。

 みんなの最後、家族の最後。

 俺達の日常が踏みつぶされた日、何もできなかった。 


「「………………」」


 俺達は何も言わずに立ち上がり、持ってきた木剣を握る。

 月明かりが照らす夜、不安を押し殺すように空き地で剣を振るった。


 こんな訓練の毎日も、今日が最後になるかもしれない。

 だから精一杯言葉の代わりに剣を交わした。



 ――翌日、早朝。



 国の兵士に集められた俺達は、ファルムス製の魔剣を配られて、隊列を組み移動を開始した。

 いよいよ始まるんだと緊張感が高まっていく。周りでは粗暴な力自慢たちが意気込んでいるが、初めての戦場はやはり緊張するのだろう。

 あからさまに鼓舞するように声を上げている。


 行軍は朝から昼までかかり、俺達はとある荒野へと到着した。

 多少の草木と、岩山が所々に立ち見晴らしは良い。

 名前は朱海荒野、真っ赤な岩が、まるで朱色の海のように見えるからだろう。


 俺は配られた剣を握る。

 最低ランクではあるが、魔剣らしい。

 正直ただの剣にしか見えないが、魔剣に触ったこともないので信じるしかない。


「全軍指示があるまでその場で待機!!」


 兵士の掛け声で俺達はそこで待機することになった。

 堕神は真っすぐこちらに向かっているそうで、もうすぐここを通るとのこと。


 俺は周りを見渡した。

 千人近くの大軍だ。全員素人とはいえ、これだけの人数がいればとても心強かった。


 その時だった。


 ドスン!! ドスン!!


 大地が揺れた。

 地震かと思ったがそうではない。

 俺はすぐに立ち上がり音のする方を見る。


「あれが……堕神……まるで骨の龍」


 そこには、かつて見た堕神と同様に小山ほどある巨大な化け物がいた。

 堕神は様々な形をとるが、今度の敵は骨の塊だった。

 骨と腐った肉、生物として生存しているのが不思議なくらいもはや腐敗している。

 だが間違いなく龍だ。


 その骨だけの巨大な龍だった神が一歩一歩と俺達がいる方向へと進んでいく。


「くるぞ……リュウ!」

「死ぬなよ、ノア」


 一歩一歩近づいてくる。

 いつ突撃命令が来てもいい様に俺達はその場で待機した。

  

 もう目の前だ。

 

 もうすぐそこだ。

  

 死が目の前に迫ってくる。


 それでも俺達は負けるわけにはいかないんだ。


 こいつを倒して、手柄を立てて、そしてアリスを救ってすべてうまくいく。


 だから!



 ――グシャッ。



「え?」


 俺達の右前方にいた10人ほどが何もできずにその巨大な前足でつぶされた。


「ガァァァァァァ!!!!」


 咆哮と悲鳴が世界に響く。


「なにをやってんだよ、軍は!!」


 だが俺達に突撃命令も戦闘許可も作戦すらも伝えられなかった。

 

 そして人間が蟻を踏みつぶすように俺達はただ神に蹂躙された。

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