第2話 英雄になりたくてー2

「ただいま!」

「あ! おかえり、ノアにぃ。リュウにぃ!」


 あの祝肉祭から、何度か季節が巡った後。

 スラムにある廃材で建てられた根城に、今日も人権無視の非人道的肉体労働を終えて俺とリュウは帰ってきた。


 するとたくさんの子供たちとアリスが出迎えてくれる。


 親のいない捨てられた子供たち、もしくは俺達と同じ親が死んでしまった子供たち。

 そんなスラムで死を待つだけの孤児達を、俺が拾ってばかりいたら大家族になってしまった。


「おう、帰ったな二人とも! んじゃあ、飯にするか」


 すると最年長のワルガッソが調理を始めた。


「ほら、みんな! ごはんだよ! リュウにぃとノアにぃがたくさん食料買ってきてくれたからね!」

「やったぁぁあ!!」

「ワルガッソ様スペシャルディナーだぁ! 鈍器みたいなパン! ほぼ水のスープ! あと何の肉かわからない黒い物体!」

「やったぁ……」


 今日の食事を見て、露骨にテンションが下がる子供たち。

 だが今日は違う。

 俺はにやっと笑って、もう一つの袋を開ける。


「ふふふ、崇めよ。この赤き輝きを!」

「うぉぉ!! リンゴだぁぁぁ!」


 今日はたまたまリンゴが滅茶苦茶安かった。

 なんかの手違いで廃棄処分だとかで、ほぼ投げ売りされていたのだ。


 俺は袋からリンゴを取り出し、一つずつみんなに配っていく。

 そして、配っていくと。


「…………」


 俺の分がなくなった。

 どうやら一つ足りなかったようだ。

 俺は泣いた。

 

「はい、どうぞ」

「ほらよ」

「え?」


 するとアリスとリュウが、リンゴを半分に割いて俺にくれた。

 

「じゃあ俺も!」

「僕も!」「私も!」


 するとみんながリンゴを分けてくれた。

 気づけば俺の手のひらの上には、たくさんのリンゴが乗っている。

 俺は泣いた。


「「ノアにぃちゃん! いつもお仕事お疲れ様!!」」

「感動で胸がいっぱいだ」

「なら俺の分は返せ」

「一度受け取ったものは返せません。パクッ」

「あ! こいつ食いやがった!!」 

 

 笑いが起きる。

 俺も思わず笑った。

 スラムでの生活は過酷で、明日食べる物にも困る底辺の最底辺だ。

 それでも……悪くはない。



 ドンドン!



 そのとき、俺たちの根城のドアが叩かれた。

 俺とリュウは立ち上がり、アリス達を後ろに下げ警戒した。


「――失礼するぞ。お前たちがこのスラムのリーダー。リュウとノアだな」


 入ってきたのは、金属の鎧に、鎖帷子。

 胸にはこの国ファストレスの王家の紋章である鳥っぽい何か。

 そしてその腰に添えられている剣、一目でわかる。

 

 力の象徴、人類の剣――騎士だ。


「臭いな……まるで肥溜めだ」

「なんですかあなた達」

「我々はファルムス王国の騎士だ。お前たちに話があってきた」


 俺を見て鼻を抑える騎士達を睨み返す。

 俺は、この国の騎士は嫌いだ。


 なぜなら腐ってるから。

 街はゴロツキがデカい顔をし、治安は最低。

 理由は、こいつらが金をもらって全て見逃してるからだ。


 俺が目指したかっこいい騎士からは程遠い。

 正義なんてどこにもなく、ただ権力をもって威張り散らしているだけの屑野郎。


「ん? なんだ……こんな肥溜めにも掘り出し物はあるものだな」

「きゃ!?」


 その騎士は隣にいたアリスの顎を掴み、無理やり持ち上げ、舌なめずりした。


「ふむ、小汚いが磨けば光るな。どうだ、働き口を紹介してやろう。お前なら毎日客をとれる。それとも俺の愛人とし…………なんだ。お前」

「その汚れた手でアリスに触れるな」


 俺はその騎士の手を掴む。

 振りほどくように手を振って、俺をにらむ騎士。


「誰に向かってそんな口を聞いている! 私は、騎士だぞ!!」

「それがどうした、ここは無法のスラムだ。アリスに次触れたらぶん殴るからな」

「おまえ、私にそんな口を利いて……切り殺される覚悟はできているなぁぁ!!」


 その騎士が剣を抜こうとした。

 だから俺は片足でその抜こうとした剣を押さえつける。

 やっぱりそうだ。


 弱すぎる。

 さすが毎日酒飲んで、女抱いて、飯食って寝るだけの腐れ騎士。


「――なぁ!?」

「やっぱり帝国騎士以外は騎士に非ずって本当だ――いてぇ!?」


 リュウが俺の後頭部をぶん殴った。

 

「スラムのドブ犬なんで礼儀知らずは許してください。で、用件は?」

「ふ、ふむ。お前はまだまともなようだな。これだからスラムにくるのは嫌だったのだ……では告げる!」


 俺がリュウをムスッとにらむ。

 アホと口パクで言われた。

 すると騎士達はなにやら紙を取り出しそれを読み上げた。

 

「ファルムス王はこの度、この国へと向かっているランク:ダブル《2》の堕神討伐作戦を計画中である! それにあたって義勇兵を募ることになった!! 参加者には全員金貨100枚! さら手柄を立てた者には王都に土地。そして第一功を得たものには、金貨5000枚を与える!」

「はぁ? 金貨5000枚!?」


 俺は言葉を失った。

 ちゃんとした職に就いた大人が丸一日働いてやっと得られるのが金貨一枚だ。

 それが5000枚!? しかも参加するだけで100枚だって?


「年齢制限は設けない。装備等はこちらで用意しよう。これはファルムス王によるお前たち堕神孤児への救済措置だと思え。では一週間後、王都セカンダリにくるように。以上だ」


 そしてその騎士達は去っていった。


「うぅ……寒気がする。気持ち悪い。うげぇぇ!」

「大丈夫か、アリス」


 アリスが中指をたてながら、死ねと言っているが我が妹ながらたくましい。


「リュウ。今のって」

「…………忘れろ。無視だ」


 しかしリュウは、すぐに興味を無くしてしまった。

 

「いいのか? 王様の命令って言ってたぞ」

「十中八九死ぬ。少し考えればわかる。それに無視したって何も起きねぇよ」


 確かにうまい話だ。

 だからこそ、これは釣りだ。

 美味しそうな釣り針を食えば、間違いなく死地が待っている。


「焦る必要はない。18歳になったら正攻法で、リベルティア帝国の騎士になればいい。こんな小国の騎士なんて鼻で笑えるぐらいのな」

「了解!」


 そして、俺とリュウは立ち上がる。


「ということでいくか」

「おう!」


 俺たちはお手製の木剣をもって外に出た。

 そしていつものように、リュウと模擬戦という名の訓練をする。


「今日こそは勝たせてもらうぞ、リュウ、お前の無敗伝説もここまでだ」

「お前の連敗記録が伸びるだけだろ」


 毎日の日課だ。

 夕飯を食べたら剣を振る。

 毎日、へとへとになるまで剣を振るう。

 そしてぶっ倒れる。

 今日も俺だけ倒れながら空を見上げる。ちなみに負けた。こいつなんでこんなに強いんだよ。


「こんなんで帝国騎士試験大丈夫か? 俺だけ受かったら笑えないぞ?」

「くそ……」

「まぁ結構惜しかったんじゃねーの? 才能あるよお前。俺の次に強くなれる」

「上からだな」

「上から言ってるからな」


 そういって倒れている俺を見下ろしながらにやにや笑うリュウ。

 リュウは強い。その強さはいまだに底が知れない。

 スラムで幅を利かせてたゴロツキも、リュウが全員ボコボコにしてこのスラムを締めたのだから。


「まぁ成人まであと二年ある。一回ぐらいは俺に勝てよ。出世して……金持ちになって……あいつら全部救ってやるんだろ?」

「神殺しの英雄アルゴノーツにまで上り詰めて、腹いっぱい食わせてやるんだ。そして……もう二度と失わない」

「…………頑張ろうぜ」

「あぁ、次こそは絶対に守る」


 そんな日課が終わり、根城に戻ったらみんな寝ていた。

 俺とリュウも、大きなあくびをしながら寝床についた。

  

「おかえり、ノアにぃ」

「なんだ、起きてたのか。アリス」


 するとアリスが俺の隣にきて、にこっと笑う。


「さっきはありがと。かっこよかったよ」

「ん? 当たり前だろ、俺は世界一かっこいいお兄ちゃんだぞ」

「うーん、リュウにぃには負けるかな」

「所詮あいつは顔だけの男だ」

「ふふ、そうだね。ノアにぃよりちょっとイケメンで、ちょっと頭良くて、ちょっと強いだけだもんね」

「なぁ、世界一可愛い我が愛する妹よ。兄があいつに勝っているとこを少し教えてくれないか?」

「…………zzz」

「寝やがった! …………ほんとに寝たのか? おーい、アリスちゃーん」

「…………zzz」

「よし、では兄として妹の発育状態を把握するため身体検査といこうか」

「なんで兄が妹の発育状態を把握する必要があるの!?」

「ちっ! 狸寝入りか」

「ほんとに残念がってる!? 実の兄なのに普通に引くんだけど! もう! なんか頭痛いから寝る!」


 俺はそれを見て笑いながら、おやすみと言う。

 アリスも笑いながらおやすみを返した。


 まったく……こんなに元気になってくれてうれしいよ。

 笑顔が見れるようになっただけで……俺はうれしい。

 元々体は弱かったが、スラムにきてからさらに病弱になってしまった。


 栄養が不足しているし、衛生面も最悪だ。

 だからこそ、早くこんな生活から助けてやりたい。


 俺はアリスの頭を撫でた。


「お前は俺が守ってやる。約束だ」

「…………うん」


 妹だけは兄の俺が守る。

 それが死に際に父さんと母さんと交わした最後の約束だから。







 深夜。

 俺はトイレに行きたくて目を覚ます。

 

「はぁはぁはぁ」


 ん? なんか荒い息が聞こえる。

 それはアリスだった。

 異常に呼吸が荒い。そういえば体調が悪いっていってたけど……風邪でもひいたか?

 

「アリス? 大丈夫……はぁ?」


 俺はアリスの額を触った。

 冷たかった。

 熱ではない。異常なまでに冷たい。

 

「アリス! おい、アリス!! しっかりしろ!」


 アリスを抱きしめた時、全身がまるで氷かのように冷たかった。

 顔は青ざめて、まるで……死人のようだった。


「……さむ……い」


 消え入りそうな声を絞り出すアリス。

 そしてアリスは意識を失った。

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