第14話   ギャングのリーダー

「何だてめえらは!」


「ここは立ち入り禁止だ! さっさと出て行け、コラァ!」


「逢引なら別な場所でやれや!」


 旧校舎の正面玄関口に辿り着いた途端、羽美たちに耳障りな金切り声を上げたのは右手首に銀色のブレスレット嵌めた集団だった。


 鷺乃宮学園でも札付きの悪どもである。


 総勢7人。


 剃り込みを入れた髪型の者や茶色や金髪に脱色した者、挙句の果てにはブレザーの下に英字入りのプリントTシャツを着ている者などもいる。


 これらは当然の如く校則違反だったが、自質的に教職員たちも表立って注意できないのが現状だった。


 それほどここにたむろしている連中は、凶悪で危険な存在だと周囲から認識されているのだ。


 〈ギャング〉。


 アメリカなどで悪事を働くストリート・キッズの総称。


 それを自分たちに当て嵌めて悦に浸っている集団である。


 全身に突き刺さる鋭い視線に奥歯を噛み締め、羽美は自分を律するために拳を固めた。


 連中の前に立ちはだかった瞬間、背中からじくりとした生温い汗が浮かぶ。


 ここにいる連中は〈ギャング〉の中でも特に凶悪な連中だった。


 ざっと見渡しただけでも生活指導課のブラックリストに名を連ねている者ばかり。


 特に正面玄関口のすぐ横に置かれていた大型マットに腰を下していた男子生徒は、鷺乃宮学園でも知らない人間は皆無なほど有名な生徒の1人だった。


 秋山剛樹あきやま・ごうき


 顔つきも体格も日本人離れしている〈ギャング〉のリーダーである。


「誰かと思えば副生徒会長か。よもやこんな場所までくるとは思わなかったぜ」


「別に私はきたくなかったわよ。ただ彼がどうしてもあんたたちに訊きたいことがあるっていうからね」


「訊きたいこと? 悪いが俺たちから話すことなどねえ。特に転校生にはな」


 剛樹は双眸を鋭角に吊り上げて武琉を睨み付けた。


 相変わらず荒んだ凶悪な目付きをしている。


 一般生徒などは対峙しただけで足元が竦んでしまうだろう。


 だが、武琉の表情に変化は見られない。


 牙を剥き出しにした狼たちと対峙しながらもどこか楽しげであった。


「俺の名前は名護武琉。昨日、生徒会に入会したばかりのひよこさぁ。そんで今日ここにきたのは、有名な〈ギャング〉の顔ぶれを目に焼き付けておきたかったからだ」


 武琉がざっくばらんに自己紹介した直後、険悪だった場の雰囲気が一変した。


 剛樹を除く他の六人は腹を抱えて笑い出し、武琉の口から出た沖縄の方言を馬鹿にする。


 それでも武琉は怒らない。


 菩薩顔のまま高笑いを繰り広げている〈ギャング〉たちを見渡していく。


 やがて――。


「うるせえ、お前ら少し黙れ」


 剛樹がドスの訊いた声を仲間に浴びせた。


 途端、笑い声がぴたりと収まる。


 再び剛樹は武琉に目線を向けた。


「てめえがどこの田舎から転校してきたのかはどうでもいい。俺には関係ないことだ。しかし、生徒会に入会しただけでここにくるとは一体どういう了見だ? 生徒会に入会したってことは俺たちのことも周りから聞かされただろう?」


「ああ、聞いたさぁ。あんたらはこの学園に巣くう寄生虫だってね……あっ、他にも群れるしか能のない白アリっていう意見もあったな」


 連中のしゃくさわることを平然と言ってのけた武琉に羽美は絶句した。


 こいつは脳内に蛆でも湧いているのだろうか。


 あろうことか一般生徒が口にしている悪口を本人たちの前で堂々と言い放つとは自殺行為も甚だしい。


 現に剛樹を除く他の〈ギャング〉たちはこめかみに青筋を浮かばせ、全身から禍々しい殺気を放出させた。


 威嚇するように地面に唾を吐き捨て、自分たちを馬鹿にする言動を口にした武琉に怒りの矛先を向ける。


「誰が白アリだ!」


「生徒会の人間だからって容赦しねえぞ、ボケッ!」


「殺して埋めるぞ!」


 6人もの人間が同時に憤怒すると恐ろしい。


 本当に殺されるのではないかという錯覚に陥ってしまう。


 これは相当まずい。


 羽美は武琉の右手をがっしりと摑み、全身で怒りを露にした〈ギャング〉たちに言い放った。


「あなたたちを侮辱したことは彼に代わって私が謝罪します。知っての通り、彼はまだ転校してきたばかりで学園のことをよく理解していないんです……そういうわけで私たちはこれにて失礼します。では」


 羽美は武琉の腕を取ったまま踵を返し、穴が開いていた金網フェンスに向かって通常の1・5倍の速度で歩き出した。


「おい、まだ俺の話が済んでないさぁ」


「うるさい、少し黙って」


 この際、武琉が連中に訊きたかったことなどどうでもいい。


 あのまま居残っていたら、自分もそうだが武琉も無傷では帰られなかっただろう。


 それは駄目だ。


 生徒会の人間と〈ギャング〉の争いなど認められない。そればかりか、明らかに暴行を受けた武琉を祖母に見られたら一大事だった。


 あの剛毅な祖母のことだ。


 一方的に私の監督不行届けだと雷を落とされる。


 そういうわけで羽美は武琉が怪我を負う前に退避することにした。


 ぶつぶと文句を口にする武琉の意見を無視して必死に足を動かす。


 途中、ちらりと後方の様子を窺うと、〈ギャング〉たちは口々に罵声を吐いているものの追ってくる人間は1人もいなかった。


(まったく、何で私がこいつの尻拭いをしなくちゃいけないのよ)


 内心、ふつふつと怒りが込み上げてきた羽美。


 そんな羽美に強引に手を引かれながら、武琉は悪びれた様子もなく言った。


「こうして手を握られていると傍からはウムヤー(恋人)に見えるなぁ」


 ウムヤーの意味は分からなかったが、羽美はまた武琉が勘違いなことを言ったのだと察して舌打ちした。


 ともかく、今は1メートルでも〈ギャング〉たちから離れることだ。


 そう思いながら羽美は、武琉を強引に連れて逃げ帰った。




 羽美と武琉が〈ギャング〉たちの視界から消え去ったあと、マットに腰を下していた剛樹が緩慢な動きで立ち上がった。


「おい、行ったか」


「ええ、もう行ったみたいっすよ」


 剛樹は口内に溜まった唾を地面に吐き捨てた。


「よりにもよって生徒会の人間がくるとは思わなかったぜ。まさかバレてないだろうな」


「大丈夫っすよ。奴らは例のブツは見ていませんから」


「それでも万一ということがある。バレる前に手を打ったほうがいいかもな」


「考えすぎじゃないっすか。生徒会の連中にバラす奴なんていませんよ」


 茶髪男がそう言った直後であった。


 開けっ放しだった旧校舎の正面玄関から2人の人間が現れた。


 1人は右手首に銀色のブレスレットを嵌めた天然パーマの男。


 雰囲気とブレスレットから〈ギャング〉の1人だと窺い知れる。


 もう一人は見るからにひ弱そうな男子生徒だ。


 制服をきっちりと着こなしており、右胸の部位に刺繍されていた校章が緑だったことから今年入学した一年生なのだろう。


「だが例の一件で警察まで介入してきたんだ。幸い前もって回収しておいたからよかったものの、もしもブツが見つかっていたら俺たちは終わりだったんだぞ。いや、俺たちだけじゃない。俺たちがパクられれば榊原さんにも迷惑がかかっちまう」


 榊原という名前に茶髪男はビクッと身体を強張らせた。


「確かに榊原さんにまで迷惑が及べば俺たち全員終いっすね。下手すると消されるかも」


「だろう? そうなってからだと遅いんだよ……内海、岡田、ちょっとこい」


 剛樹が名前を呼ぶと、内海と岡田という男が近寄ってきた。


 〈ギャング〉の中でも武闘派で通っている2人だ。


 実際に内海はボクシング、岡田は柔道を習っており、剛樹ほどではないが学園内でもそれなりに名が売れていた。


「内海、岡田。お前らに仕事を頼みたい。報酬はブツ5箱だ」


 短髪の内海は蛸のように口を細めて口笛を吹いた。


「5箱とは気前がいいな。俺が使おうが換金しようが構わないんだろ?」


 オールバックの岡田が言葉を紡ぐ。


「換金はさすがにやべえだろ。せいぜい女に使うだけにしとけよ」


 岡田の意見を聞いて剛樹は頷いた。


「岡田の言う通りだ。今の時期に換金はやばい。使うなら完全にその場で使い切れ」


 内海は不満そうな顔をしたが、剛樹の一睨みで渋々了承した。


「それで、仕事っていうのは?」


「決まっているだろう。さっきの馬鹿な奴らのことだ」


 剛樹は内海と岡田に仕事内容を話した。


 約1分後、話を聞いた二人は互いの顔を見つめて下卑た笑みを浮かべた。


「おいおいおい。いいのかよ、そんなことして。バレたら確実に捕まっちまうぞ」


「しかし、やる価値はありそうだな。あの女さえこちら側に引き込んじまえば学園での無茶が大いに利くだろう。利益も格段に撥ね上がるはずだ」


 やる気が見える二人に対して、剛樹は口の端を半月形に吊り上げた。


「分かったら頼むぞ。何だったら一年も使って構わねえから確実にやり遂げろ」


「いらないっすよ。俺たち二人だけで十分だ」


 剛樹の言葉に二人は親指を突き立てて了承した。


「よし、ならば後は管理を徹底するだけだな」


 大事な話を終えた剛樹は、玄関口で待ち惚けを食らっていた一年生に顔を向けた。


 前髪をきっちりと刈り揃えている一年生は緊張のためか身体を小刻みに震わせている。


「長いこと待たせて悪かったな。受け取ってくれや」


 剛樹が仲間の1人に目配せをすると、頷いた仲間の一人がマット下に隠してあった小さな箱を二つ取り出した。


 煙草の紙箱である。


 銘柄はセブン・スターだ。


 仲間の1人から煙草の紙箱を受け取った一年生は、緊張で強張っていた表情を嬉々とした表情に変化させた。


 慌ててズボンのポケットに仕舞い込む。


「金を払って買ってくれる奴は客だ。俺たちもそれなりの敬意を払う。だがな、もしもお前が俺たちとの約束を守らなかったら――」


 次の瞬間、剛樹は蛇のように伸ばした腕で一年生の首を摑んだ。


 相手が失神しない程度の力を込める。


「殺すだけじゃ済まさねえからな」


 一年生は目元に涙を潤ませ、くぐもった声で「分かりました」と何度も答えた。


「だったらもう行け。絶対にこのことは誰にも言うんじゃねえぞ」


 剛樹が摑んでいた腕を離すと、一年生は咳き込みながら一目散に去っていった。


 ただし一年生が向かった先は旧校舎の裏側であった。


 実は羽美たちがきた場所とは別に他にも何箇所か抜け道が存在するのだ。


 無論、何かあった場合の退路として〈ギャング〉たちが人工的に作った抜け道である。


 そして一年生が旧校舎の裏側に消えた頃、屯っていた〈ギャング〉たちもぼちぼち解散の準備を始めた。


 旧校舎の昇降口に置いていた鞄を取りにいく。


 茜色に染まっていた空に夜の帳が下り、白紙に墨を流したような宵闇に包まれたのはそれから1時間後のことであった。

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