第12話 二階堂晴矢と堀田花蓮
「ハイサイ(やあ)、少し話を聞きたいんだけどいいか?」
武琉は周囲から微妙に浮いている2人組みに明るく声をかけた。
「晴矢、何か変な奴がきたよ?」
開口一番そう言ったのは女子生徒の方だ。
癖毛がまったくないほどのストレート・ヘアが魅力的だった。
髪色も高級と呼ばれる
「ハイサイ……確か沖縄の方言だったと記憶している。簡単な挨拶だったかな?」
晴矢と呼ばれた男子生徒は、読んでいた文庫本から武琉に視線を移す。
同姓の目から見ても溜息を漏らすほどの美形である。
優雅に足を組みながら文庫本を片手にしている姿が実によく似合う。
「そうさぁ。ィヤー(君)はウチナー(沖縄)に興味が?」
「いいや別に。ただ何かのドラマで観ただけさ……それで君は何者だい? 僕たちに話しかけてくるなんて物好きだね。もしかして転校生?」
「それも含めて話しがしたいな。ここ座っても?」
「どうぞ」
武琉は晴矢に勧められるまま空いていた椅子に腰を下した。
「俺の名前は名護武琉。昨日、ウチナー(沖縄)から転校してきたウチナーンチュ(沖縄の人間)だ。学年はィヤー(君)たちと同じ二年生さぁ」
簡単な自己紹介を終えると、晴矢の隣に座っていた女子生徒が目眉を細めた。
少しだけ身を乗り出して武琉の顔を見つめる。
「どうした? 花蓮。彼の顔に何か付いているか?」
「ううん。そうじゃない……こいつ、どこかで見たことがある」
凝視してくる花蓮に対して、武琉も同様に花蓮の顔を食い入るように見つめた。
「あっ、思い出した。
先週、変な外国人に絡まれたときに助けてくれた奴だ」
先に記憶を蘇らせた花蓮が小さく声を上げる。
すると、やや遅れて武琉も記憶を蘇らせることができた。
「俺も思い出した。あの変の服を着たイナグ(女)かぁ。普通の制服を着ているから全然分からなかった」
「先週の土曜日というと僕と待ち合わせしていたときだな。そうか、だからあの日は機嫌が悪かったんだな」
花蓮は首を左右に振った。
「違う。別に外国人に絡まれたから機嫌が悪かったわけじゃない……あいつが晴矢を馬鹿にするようなこと言ったから」
武琉にはさっぱりだったが、晴矢は「ふむ」と頷くと持っていた文庫本をテーブルの上に置いた。
背表紙には【中国語の実践的会話術】と書かれている。
「それは花蓮が気にすることじゃない。彼も彼なりに切迫しているんだ。それに本当に馬鹿な人間は他にもたくさんいる。まずはそいつらの処分を考えないと」
「なあ、話の腰を折るようで悪いが俺の話も聞いてくれないか? せめて昼休み中には終わらせたいんだ」
武琉はついに耐え切れなくなり、晴矢と花蓮の会話に強引に割り込んだ。
すぐに2人の視線と交錯する。
「あ、そうだね。急に話を逸らせて悪かった。それで、遠路はるばる沖縄から転校してきた人間が僕らに何を訊きたいんだ?」
話の腰を折った武琉に対しても晴矢は怒った素振りを見せなかった。
それどころか表情筋を緩めて何でも訊いてくれという態度を見せる。
「ジチェー(実は)……」
武琉は初対面である晴矢の言葉に甘えた。
まずは自分が生徒会に入会した事実を告げ、それから昨日の自殺未遂事件やここ半年以内に鷺乃宮学園で起こった奇怪な事件について調べていることを話していく。
数分後、話を聞き終えた晴矢は得心したように苦笑した。
「なるほど……事情はよく分かったよ。なぜ君が僕たちに接触してきたかもね。大方、君の質問に答えた生徒たちが言ったんだろう? 不可解な行動を起こした生徒たちは何らかな形で僕と花蓮に関わっていたと」
図星である。
武琉は咄嗟に口を閉ざしたが表情でバレバレだっただろう。
二階堂晴矢と堀田花蓮。
この二人の名前は今朝から休み時間を利用して聞き回った生徒たちの口から幾度となく出てきた。
彼らは学園内で有名な〈ギャング〉と称する不良グループと対立している人間たちであり、特に花蓮は晴矢に敵対する人間に躊躇なく制裁を加えることから周囲に恐れられているとか。
そして肝心の奇行行為を起こした生徒たちの件だが、武琉に情報をくれた生徒たちを信じるならば晴矢と花蓮はほぼ全員と関わっていたことになる。
サッカー部や野球部、柔道部など体育会系のクラブに所属していた男子生徒たちは花蓮に告白したことがあり、逆に文化系や帰宅部であった女子生徒たちは晴矢に告白した経緯があるのだという。
そして、異性に告白した程度で発狂したりすることなどありえない。
だが、ここまで2人に関係していた生徒たちが次々に奇行を起こせば怪しむ人間も多く現れる。
昨日の自殺未遂を起こした三年生にしても同じだ。
彼女は約1ヶ月前、駐輪場で晴矢に告白している姿を何人かの生徒たちに目撃されていた。
口を噤んだ武琉を見て晴矢は忍び笑いを漏らした。
「どうやら君は嘘をつくのが下手なようだね。そこまで露骨に表情に表れると逆にこっちが痛ましくなるよ。でも、まあ否定はしないがね」
「じゃあ、自分たちが犯人だと認めるのか?」
「勘違いしないでくれ。僕は問題を起こした人間たちと少なからず関係を持っていた事実を認めただけだ。でも関係と言っても下世話な関係じゃないよ。世間話をした末に告白されただけさ。当然、きちんと断ったけどね。それは花蓮の方も同じだろ?」
花蓮は小さく顎を引いて頷いた。
「だから僕たちが事件と関係しているなんて事実無根さ。君よりもこの学園に詳しい僕たちが言うんだから間違いない。それに、君も生徒会も一員になったのなら僕たちよりも怪しい生徒たちを取り締まったほうがいいんじゃないか?」
「怪しい生徒?」
「〈ギャング〉と自称する寄生虫たちだよ。ほら、見てみな」
晴矢は立ち上がり、すぐ後ろにあった窓ガラスを顎でしゃくった。
どうやら窓ガラス越しに外の風景を見ろと言っているらしい。
「何かあるのか?」
席から立ち上がると、興味をそそられた武琉は晴矢の隣に移動した。
武琉は窓ガラスを通して外の風景を見る。
巨大なグラウンドと一緒に敷地内の端に点在する木造式の建物が見えた。
鬱蒼と生い茂る樹林の中にぽつねんと佇むその建物は、未だ取り壊されていないという旧校舎だろう。
こうして空中通路の窓から見下ろすと、金網のフェンスに囲まれている旧校舎の存在がはっきりと分かる。
「あの旧校舎に何かあるのか?」
「何かあるどころじゃない。あそこが〈ギャング〉どもの縄張りなんだ。誰もこないことをいいことに好き勝手に使っていてね。旧校舎を囲んでいる樹林が教職員たちの目を逸らす絶好の隠れ蓑にもなっているから連中にしてみれば使い勝手は抜群なんだろう」
武琉はようやく晴矢の言いたいことが理解できた。
「その〈ギャング〉たちが奇行を起こした生徒たちと関わっていたという証拠は?」
晴矢は苦笑しつつ武琉の背中を軽く叩いた。
「それは君自身が連中に訊いてみればいい。だがこれだけは言える。この学園で問題を起こしているのは例の生徒たちだけじゃない……まあ、僕が言いたいのは連中と事を構えるなら気をつけろってことさ」
それだけ言うと、晴矢は席に戻らず出入り口の方へ向かっていく。
するといつの間にか花蓮も席から立ち上がり、晴矢の背中を追うように歩き出していた。
遠ざかっていく二人を目で追いつつ、武琉はぼそりと呟いた。
「二階堂晴矢に堀田花蓮か……聞いていた通り要注意だな」
やがて二人の姿が空中通路から消えた後、天井に設置されていたスピーカーから昼休み終了のチャイムが聞こえてきた。
多くの生徒たちが席から立ち上がり、午後の授業に出るため各々の教室へ向かっていく。
「さあて、俺も行くかな」
出入り口に向かう生徒たちとともに、武琉も目的の場所へ向かって歩き出した。
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