第11話   学内調査

「なるほど。つまり自殺未遂を図ったっていう三年生は最近になって特に挙動不審な態度が目立っていたと?」


「うん。でも、それは仕方ないよね。先輩も大学の推薦受験で勉強詰めだったから大分ストレスも溜まっていたと思うし……それに私はよく知らないんだけど、同じ勉強仲間だった先輩たちによると親や先生に隠れて喫煙もしていたって」


「喫煙というと煙草?」


「当然……っていうか煙草以外に何かあるの?」


 武琉は「まあ、そうだな……」と前髪を弄りつつ答えた。


「ニフェーデービル(ありがとう)。お陰で色々分かった。これ約束のお礼」


 武琉はチェック柄の黒ズボンのポケットから千円札を三枚取り出すと、目の前にいる小柄な女子生徒に差し出した。


 女子生徒は周囲に誰もいないことを確認するなり、武琉の手から素早く三千円を受け取って胸ポケットに仕舞い込む。


 鷺乃宮学園・左棟の校舎裏であった。


 今は昼休みのため駐輪場でもある校舎裏には誰もいない。


 だからこそ、武琉にとっては好都合だった。誰にも悟られずに情報を得るには最適な場所だ。


「悪いわね。ちょっと話しただけで三千円も貰っちゃって」


「いいさぁ。こっちとしても貴重な話を聞けてよかった。俺は転校してきたばかりでこの学園のことが何も分からなかったから」


「そう言えば肌があざ黒いね。どこから転校してきたの?」


「ウチナー……あ、沖縄からさぁ」


 沖縄という単語を聞いた女子生徒は欄と瞳を輝かせた。


「いいな沖縄。私も一度でいいから行ってみたい」


「じゃあ、もしも行く機会があったら俺に連絡してくれ。色々なシマ(沖縄の集落、または郷里)を案内するよ。だから他にも目ぼしい情報があったらまた教えてな」


 女子生徒はにこりと微笑んだ。


「それって遠回しのナンパ? 沖縄の男って以外に手が早いんだね」


「アランドー(そうでもない)。俺はイナグかけ(女をナンパ)したことはないんだ」


 武琉のウチナーグチ(沖縄の方言)は女子生徒にはやや難解だったらしい。


 ニュアンスからそれとなく意味を理解しようという意志は見て取れたが、やがて根負けした女子生徒は「やっぱり沖縄に行く前に方言を勉強するわ」と呟いた。


「そんなにかしこまらなくてもいいさぁ。ウチナーンチュ(沖縄の人間)はヤマトグチ(本土の言葉)も当然喋られるから気軽にくればいい」


 最後に武琉は情報をくれた女子生徒に礼を述べると、校舎の出入り口である昇降口の方に向かった。


 最初こそ絵柄が分からないジグゾーパズルを組み立てるような心境だったが、今しがた金銭と引き換えに得た情報により徐々にパズルの絵柄が見え始めてきた。


 さすがは自殺未遂を図った三年生について記事を纏めた新聞部の1人だ。


 今朝、大々的に掲示板に張り出されている学園新聞を見た折、密かに新聞部の人間と接触しようと思ったことはやはり間違いではなかった。


 だが、新聞部に在籍していた生徒たちは頑なに情報漏洩を恐れていた。


 考えてみれば当然である。


 掲示板に学園新聞を公開したこと自体、学園側と相当に揉めたのは目に見えている。


 それでも新聞が公表されたのは、偏に学生の自主性を重んじる本学園の校風のお陰だ。


 普通の高校ならば絶対に許可は下りなかっただろう。


 それでも武琉は新聞の1人とどうにか接触し、金銭と引き換えに貴重な情報を得ることができた。


 しかも新聞にも公表されていない事実を得たのは僥倖である。


 やがて武琉は昇降口に辿り着いた。


 特別教室が多く存在する左棟一階は静かなものだ。


 今が昼休みということも関係しているのだろう。


 ほとんどの生徒は購買部か学食堂、もしくは空中通路なるラウンジで昼食を取っているに違いない。


 だとすると、件の生徒もこの三つの場所のどれかにいる可能性が高い。


 そう思った武琉はそのうちの1つに目星をつけ、三年生の教室がある左棟にもかかわらず落ち着いた足取りで階段を上がっていく。


 もちろん、足を動かしながら頭を働かせることも欠かさない。


 今朝から休み時間を利用して多くの生徒たちから情報を集めた結果、武琉は昨日の自殺未遂の他にも様々な問題が鷺乃宮学園で起こっていた事実を突き止めた。


 例えば半年前にサッカー部の人間三人が鬼気として窓ガラスを割ったことを皮切りに、学園内でも上位の成績を誇っていた生徒の喫煙が発覚。


 他にも体育会系の部活に属していた生徒たちが、部活中に乱闘騒ぎを起こしたなど数え上げれば枚挙に暇がない。


 そしてこれらの事件は1件ずつ見ると高校生にありがちな問題行為に見えるが、複数の事件を紐解いていくと見えてくる共通点があった。


 それは問題行為を起こす前に、生徒たちが挙動不審な態度を取っていたということだ。


 最たる例が奇声を発するということだろうか。


 現場を目撃した生徒が言うには、周囲を戦慄させるほど常軌を逸した態度だったという。


 ともかく、この学園が何かしらの問題を抱えているのは間違いない。


 それも教職員には解決できない、生徒間でのみ蔓延っている特殊な闇のようなものがある。


「これは本腰を入れてかからないとな」


 自分自身に気合を入れた武琉は、2階に辿り着くなり直線の廊下を歩き出した。


 何人かの生徒は赤銅色の肌をしている武琉に好奇な目を集中させたが、武琉自身は気にする素振りを見せずに歩を進めていく。


 数分後、武琉は鷺乃宮学園の名物場所である空中通路に到着した。


 さすが学園内で一番生徒たちに人気があるというラウンジだ。


 多くの生徒たちは購買部で購入したパンや飲料、持参した弁当を広げて談話を楽しんでいる。


 武琉は空中通路の出入り口で立ち止まり、ざっと視線を彷徨わせた。


 楽しそうに猥談している生徒たちを見渡していく中、武琉は空中通路のほぼ中央窓際の席に陣取っていた二人の男女を発見した。


 風貌が聞いていた通りだ。


 おそらく当たりだろう。


「さあて……仕事に取りかかるか」


 唇を半月状に歪めると、武琉は二人の男女に向かって歩を進めていく。


 午後12時二21分。


 昼休み終了まで30分以上も時間が残っていた。

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