15.わたしは浮気要員ですか!?
「はぁ……シャルロッテ。あなた本当にどうしちゃったの」
昼下がりの賑わう中心街で、シャルロッテは大きなため息をついた。
少し前のこと、シャルロッテはスワードとその恋人に対峙した。彼女はまさに「王国の麗星」に相応しい人だった。
シャルロッテはショーケースに飾られたジュエリーを見ながら、彼女の魅力を数える。
あの恋人はハスキーな声が色っぽく人懐っこい笑顔がはじけていた。そして見かけより力強く、女性なのに紳士的な振る舞いまで出来る嬉しいギャップ付き。
何より、この上なく愛らしかった。
では自分はどうだろう、シャルロッテは内省した。まあ力強さなら嫌というほどある、こちとら怪力令嬢なもので。
その気になれば、いやその気でなくとも沢山の物を破壊できてしまう
それが規格外の「怪力」となれば話は別だ。
嬉しくないギャップである。
(おまけに逃げるように王宮を出て……2人ともびっくりしたでしょうね)
シャルロッテは己の衝動的な振る舞いに大いに後悔していた。
早朝から恋人達の逢瀬を覗き見し、悪意はなかったにしろ草陰から飛び出て2人の時間の邪魔をしてしまった。
実に淑女らしからぬ行動だ。
穴があったら入って世界の裏側まで掘り進めたい。
そしてシャルロッテはこの一連の失態を振り返り、全ての過ちがある1つのものに起因していると考えた。
それはずばり、「尖った感情」。
2人を見てから終始煮えくりかえる胸焼け、この謎の「尖った感情」が、焦燥感や衝動を掻き立てている。
一般的な感情は瞬発的に昂るものだが、こと「尖った感情」においては例外だ。
現にこうして物理的に2人から離れてみても、この「尖った感情」は未だ収まらず、シャルロッテのみぞおちと血が煮沸し続けている。
そして何度も何度も、頭の中でスワードと美少女の笑顔が脳内で回想されては昂っていた。
(頭を冷やしたいのに……いいえそれじゃ足りなさそう。脳みそを氷水で冷やしたいわ。いっそ怪力で頭をかち割りましょうか)
シャルロッテはそんな荒唐無稽なことを考えながら、手持ち金でアイスクリームを買った。
少しでも頭が冷えるようにとチョコレートミントをチョイスして、清涼感を感じながら街を散策する。
そうして歩いていくうちに道が開け、大ききな白亜の噴水に辿り着いた。
見ればその水底には沢山のコインが沈んでおり、光の加減で水光と共に輝いている。
ちょうど向こう側ではどこかのカップルが噴水にコインを投げ入れ、手を組んで水面に祈っていた。
「銅貨じゃ願いなんて叶いっこないわダーリン」
「いやいやこういうのは気持ちが大事なんだよハニー」
(あら、つまりお金を積んで気持ちを込めれば願いが叶う……ってこと?)
そんな俗物的でいやらしい神がいてたまるものか、とは思ったが、しかしシャルロッテは大盤振る舞いで金貨を投げ入れた。
アイスクリームを乗せたコーンをロザリオのように握りながら祈りを捧げる。
(胸焼けが治りますように! この、「尖った感情」が消えますように!)
そうしてシャルロッテが敬虔な教徒顔負けの曇りなき眼で天を仰ぐと、背後から二度と聞きたくなかった声がした。
「もしかしてシャルロッテ嬢ですか?」
シャルロッテは恐る恐る振り向いた。
その声の主は家門を象徴する「モーヴ」色の瞳と髪を輝かせてこちらへ向かってきた。
彼はジャンキー・モーヴ公爵令息。
「怪力で女らしくないから」という理由でシャルロッテを捨てた、薄情な元婚約者だ。
「ああやっぱり。あれ? 少し太りました? 頬がふっくらしたような」
(はい!? 全く失礼な方ね。殿下に食べさせて貰ってるからこうなっただけよ、多分)
「お……久しぶりですジャンキー様」
「モーヴと呼ぶように言ったはずですが?」
「……申し訳ございません。モーヴ様」
(そういえば自分の名前がお嫌いだったわね。わたしのことは怪力令嬢って呼んだくせに)
「ところでシャルロッテはなぜこんな所に? お1人……でしょうね。いつも通り」
モーヴはシャルロッテの言葉を待たずに鼻で笑った。
それは彼の通常運転だったが、シャルロッテ尖った感情」を絶賛お抱え中だったのでより一層煩わしく感じるのだった。
(あぁもう本当に残念な人。こんな人、殿下と比べたら──)
いや、スワードは婚約者ではない。
モーヴ風情と比較されるなどお門違いもいいところだ。
シャルロッテはそれ以上の思案をやめて黙ってアイスクリームを食べ、コーンまでサクサク食べ切ると彼はまた口を開いた。
「でも……以前より更に綺麗になりましたね?今度デートしましょうか。か弱くなれたか僕がテストしてさしあげます」
「はい!? げほげほっ! あの…モーヴ様お忘れですか? わたしはあなたが婚約破棄した怪力令嬢です。それにもう恋人がいるとお聞きしています」
シャルロッテは今ほど飲み込んだコーンで咽せた。そしてモーヴの乱心をおさめようと反論した。
しかしモーヴには無効だった。
「恋人はいますが、デートして何がいけないんです?」
「何って……!だって、それって浮気ですよね?」
「ハハッ! あー流石ウブですねシャルロッテ嬢は。気持ちが浮つかなければ浮気ではありませんよ。どんなことであろうとも、ね」
そう言いながらモーヴはシャルロッテの髪を1束掬ってキスを落とした。
その瞬間、髪の毛1本1本に神経が通っているように寒気信号を発して全身に鳥肌が立つ。
実に、この上なく、気持ち悪い。
そして同時に、これまで堪えていた「怒り」が全身を駆け巡り一気に昂った。
──誰も彼も浮気ですか!!
シャルロッテの体内の熱が体内でゆっくりマグマのように広がっていく。
幸い手荷物はなかったので何も壊さなかったが、腰掛ける噴水のふちに手を置いていたので被害に遭ったのは噴水だった。
──ビキビキビキッ!
──ブッシャアアアア!!
「きゃあああっ!!」
「うわあああっ!!」
「なんだ!? 急に噴水が爆発したぞ!!」
突然の噴水の破壊に噴水の周りにいた人々が逃げ惑って騒然とした。
一方、その噴水破壊の源地には水浸しのシャルロッテとモーヴが立ち尽くしている。
濡れそぼつ髪を掻き上げてモーヴが吐き捨てた。
「ハッ! 何も変わってないじゃないですか。よくものうのうと街を歩けましたね」
「……のうのうと?」
(そんなことないわ、大体いつも悩んでますし。怪力令嬢だし。モーヴ様に浮気相手にさせられるところでしたし……あと、殿下にも)
そうしているうちも水は暴れた。
壊れた噴水から氾濫した水と噴き上げる水飛沫で、この場にはもうモーヴとシャルロッテしかいない。
「不機嫌」と顔に書いてあるモーヴは、シャルロッテの手首を乱暴に掴んで引っ張った。
「こっちに来い!」
「きゃっ! やめてくださいモーヴ様!」
「僕をこんな目に遭わせるなんて、侯爵家に抗議して弁償させてや──」
「その弁償とやら、私が支払おう」
そう聞こえた声はシャルロッテが毎日聞く、あの声で。バシャバシャと水溜りの中を走ってきたその人は肩で息をして現れた。
──スワードだ。
「許しなく淑女に触れるとは紳士にあるまじき行動だと思わないか? モーヴ公爵令息」
「王太子殿下!? なぜこんな所に!?」
スワードはモーヴに歩み寄り、シャルロッテを掴む手を叩き落とした。
「うちのシャルロッテがどこぞの馬鹿に捕まらないよう迎えにな。どうも来た甲斐があったようだが……あぁそうだ、弁償だったか?」
「いいえ! いいえ結構です! 僕はこれで失礼します!」
モーヴは紫色の脱兎のごとく大通りを駆け抜けて行った。
シャルロッテは今しがた起きた一連の出来事に固まって掠れ声で言った。
「どう……して……?」
眼前のスワードは訓練していた時と同じ格好で、しかし今度は汗ではなく噴水のシャワーで濡れてここにいた。
スワードは青い目をカッと見開いてシャルロッテの肩を性急に掴んだ。
「どこに行っていたんだ!! 行き先も言わず、護衛も付けずに1人でうろついて!!」
「えっあのっえっ」
「君に何かあったらと本当に気が気じゃなかった……! 一体どうした? 王宮で何があったんだ?」
スワードのあまりの剣幕にシャルロッテは押され、ただ言葉を失ってまばたきをするばかり。
こんな怒られ方をしたのは6歳の時にベランダから体を乗り出した時ぶりだった。
「何があったって……」
まさに今、目の前にいるスワードとあの恋人のことが原因であって。
シャルロッテが口を噤んでいると向こうから大手を振って、あの美少女が駆けてきた。
「あっ!いたいた!殿下あーっ!」
さあ、原因がおそろいだ。
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