14.謎の尖った感情、再来です!
「あの美女は一体どなたなの?」
シャルロッテは割れたティーカップを片手に窓外を見つめた。
視線の先は、騎士団の訓練場にいる模擬恋人スワードと──見知らぬ美女である。
スワードはこれまでにない軽装だが相変わらずの美貌だ。しかし、隣の美女も負けていない。彼女の赤い艶髪はポニーテールで弾み、日焼けした肌がエキゾチックな美しさである。
シャルロッテは思わず食い入った。2人が並ぶと、美の暴力を全方位に振るっていると言っても過言ではない。
──パキ……ッ
シャルロッテは芸術品を見る時と同じ「興奮」で怪力発動し、割れたティーカップをさらに小さく割ってしまう。
しかし同時に、シャルロッテは釈然としないでいた。
現在の時刻は午前11時を回ったところ。シャルロッテは朝7時から2人が共にいるのを観測している。彼らは早朝から並んで訓練場を走り、並んで腕立て伏せをし、それこそ二人三脚で体を鍛えていた。
つまり本日のスワードは、朝から美女に付きっきりなのである。
(わたしの訓練だってこんなに朝早くからはしないのに……)
「ーーって、ええっ!?!? むぐぐっ」
シャルロッテは手のひらで大声を押し殺して目を皿にした。
剣の訓練に取り掛かった美女は、一生懸命に剣を振った。しかしその太刀筋はか弱く、見かねたスワードがやおらに近づく。
すると、あろうことか、彼は文字通り手取り足取りの訓練を始めたのである。まずは美女の背後に覆い被さりぴたりと貼りつく。鼓動も伝わるであろう、
まあ、良き講師、良き訓練であることは間違いない。しかしシャルロッテは思った。
──あそこまで密着する必要ある?
ふと見ればスワードは破顔して美女を小突き、美女は紅顔でいるではないか。
「なっなっなっ、あんな顔をして……!」
シャルロッテは言葉を失った。
スワードのあんな無邪気な笑顔で女性に接する姿は見たことがない。まあ、彼が女性に接する場面は先日の花屋でしか遭遇していないのだが……それにしてもだ。
(本来の殿下はああなのかしら)
スワードは美女に積極的に接触している。
そういえば先日、恋人間のスキンシップという言葉を習ったがまさにあれがスキンシップでは? しかも、かなり、親密な。
そこでシャルロッテの頭に、ある疑惑が浮上した。
「まさか本物の恋……人……?」
そうしてシャルロッテの脳内で、2人の動きと表情に合わせた劇場が開幕した。
『もうスワード様ったら。もっと優しくしてください。わたしは怪力じゃないんですよ?』
『ふっはは! こんなことも出来ないのか。君はか弱くて本当に可愛いな』
『そんなことないわ! 絶対出来るようになるんだから』
『バカを言え。君のことは私が守る』
「────という感じかしら」
ふと気がつき時計を見やれば正午を回っている。普段ならスワードがシャルロッテの部屋に顔を出す頃合いだ。
しかしこの通り、スワードは美女とイチャついてその気配すらない。
「わたしの訓練は何時からかしら。今日の予定を殿下から聞いていないわ」
──コンコンッ
「はっはい! どうぞ!」
シャルロッテが部屋のノックで跳ね返った。入室してきたのはスワード、ではなく彼の白髪執事だった。
「失礼致します、スワード殿下からのご伝言です。本日の訓練はお休みということです」
「へ? 休息日は明後日では?」
「殿下に急務が入られまして。本日はゆっくり過ごすよう仰せつかりました。おやっ、そのティーセットはお取り替えしますね。それでは失礼」
執事は恭しく礼をして退室した。急務とは十中八九あの美女のことだろう。
シャルロッテは再び、スワードに溌剌と笑いかける美女とそれに微笑むスワードを見た。
(そう……恋人がいらしたのね。だから婚約者も決めずに?)
シャルロッテは彼らから視線を外し、アクセサリー箱を手に取る。先日貰った花の指輪は不思議とまだ萎まず、あの日のスワードの甘いマスクと甘言を想起する。
(……待って。つまり殿下は、恋人がいらっしゃるのに、わたしにあんなことをしたってこと!?)
──ミシッ! メキメキッ!
シャルロッテの怪力でアクセサリー箱がぶっ壊れた。
これは何の感情が昂ったのか。ああそうだ、花屋の時に生まれたあの感情だ。火熱で昂る、あの名も知らぬ謎の尖った感情である。
しかし前回と違うことは、相手の女性だけに留まらないこと。恐れ多くもスワードにもその感情が芽生えていた。
シャルロッテはバチンッと両頬を叩いた。
(まったくシャルロッテ! 殿下は『王国の麗星』よ!? 恋人の1人や2人、100人や1000人いても(?)おかしくないでしょう!! そうよ、だから……)
──模擬恋人の分際で、都合の良い「深い意味」を期待した自分が悪い。
悶々とするシャルロッテは、日傘をさして庭園に出た。
王宮では使用人を連れる必要がなく、どこに行くにも小回りが利いた。そう決めたのは他でもなくスワードで「常に2人で行動するから使用人は不要」という理由で相成った。
だから本来ならここに彼が同伴して然るべきだが、しかし本日は美女に付きっきり。
そう美女に、本物の恋人に付きっきりだ。
(ハッ! わたしったら、なぜここにいるの!?)
シャルロッテはスワードと美女を忘れ、尖った感情を鎮める必要があった。
だから庭園に来た、はずなのに。体は勝手に訓練場の方へ直行しており、気がつけば草葉の陰から彼らを覗いていた。
──カキーンッ! カキーンッ!
「ヤァーーッ!!」
「遅い!! 弱い!!」
「うわあっ!」
騎士の見習生達が訓練に励む中、スワードと美女は一際目立っていた。
美女は近くで見ると思ったよりずっと幼顔だった。
美女、改め美少女といったところだろうか。身長もシャルロッテと然程変わらない。
美少女はスワード相手に剣を振って薙ぎ払い、躱して、攻める。その全てが舞うように美しい。
彼女の額は汗だくだが、シャルロッテの目には清らかな雫に見えた。
「ハァハァ本当にすみません。こんなに弱っちくて」
(意外とハスキーな声なのね、声が枯れるほど鍛錬に励んでいる証拠だわ。努力家で真っ直ぐなお方なんだわ。それに比べてわたしは覗きだなんて。下品なことを……)
「でも『怪力令嬢』さんは違いますよね。あんな風にすっごくすっごく強くなりたいです!」
「いいから黙って剣を振れ」
「殿下といつも一緒なんですよね? 大丈夫ですか? おかしなことしてないですよね?」
「はぁ……お前が心配するようなことは何もない」
シャルロッテは2人の会話から、自分を取り巻く情報を整理をした。
『でも『怪力令嬢』さんは違いますよね。あんな風にすっごくすっごく強くなりたいです!』
──つまり彼女は、すっごくすっごく「か弱い」ということだ。
『殿下といつも一緒なんですよね?大丈夫ですか?おかしなことしてないですよね?』
──怪力令嬢にいやらしく言い寄られていないか? という安否確認だろう。
『はぁ……お前が心配するようなことは何もない』
──「安心しろ、私は君一筋だ。浮気なんてしない」の意だろうか。
何とまあ、よくも抜け抜けと。
シャルロッテに沸々と怒りが沸いてくる。
恋人に隠れて怪力令嬢に指輪をプレゼントしたくせに。捉えようによっては浮気だろうが。少なくともシャルロッテにはそう思えた。
(はぁ……また胸焼けしてきたわ。帰りましょう)
シャルロッテは居た堪れず、そそくさとその場を去ろうとした。しかし枝葉にドレスが絡まり、その場で盛大に転倒してしまう。
そうして土まみれで不恰好に四つん這いでいると、誰かが駆け寄ってくるのが分かった。
──美少女である。
「おわっ! 大丈夫ですか!? 立てますか!?」
「何事だ……はっ!? シャルロッテ!? なぜこんな所に!?」
「……あ……はは……」
「怪我は? 立てるか? 手を──あっ、すまない」
スワードは慌ててシャルロッテに駆け寄り手を差し出した。
しかし何かに気がついたのかすぐに手を引っ込め、残されたシャルロッテの手は宙に浮いた。
スワードは戸惑ったのち、シャルロッテからサッと目を逸らす。
ああ、なるほど。恋人の手前、どうやら女性の手を握ることは憚れるらしい。例えそれが人助けであっても。
(へーそうですかそうですか! そんなに恋人の顔色を気にするなら、わたしにあんな事やこんな事もするべきじゃなかったのでは!?)
シャルロッテはあからさまにムッとする。 すると、スワードの代わりに美少女がよろけるシャルロッテの腰をぐっと抱き寄せた。
なんて紳士的だろうか、と美少女相手に倒錯的なことを思う。
そしてシャルロッテは眼前の美少女に目を見張った。
涼やかで直線的な、端正な顔立ちをしており中性的で、同性でも見惚れる美しさだ。
すると美少女は、シャルロッテの顔を見ておずおずと聞いた。
「あっあのぅ、シャルロッテさん! 聞きたいことがあって……」
「ああーーっ! 大変! わたしったら、街に行く用事をすっかり忘れてましたわ! それでは皆様ご機嫌よう!」
「待てシャルロッテ! 街とはどこに──」
「急いでますのっ!」
シャルロッテはスワードの言葉を突っぱねた。そして汚れたドレスをたくし上げ、一目散に馬車で街へ向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます