10.シルト家は怪力仕様です!
「お嬢様のお帰りだ!」
「開門用意ー!」
「いくぞ! せぇーーのっ!!」
──ズゴゴゴゴッ……
地獄のようなおどろおどろしい音を立てながら屋敷の扉が開かれた。
シャルロッテ達はエントランスに踏み入れた。広い間取りに高い天井、輝くシャンデリアは星がモチーフで、大理石の床が足音が響く。
王宮の物に勝るとも劣らない絢爛な屋敷は、シルト侯爵の成してきた功の証だ。
しかし、今では侯爵が領地視察か命日に訪れるくらいとなり、すっかり寂れた印象である。
そんな屋敷でシャルロッテとスワードを迎えたのは、エントランスを埋めるほどの使用人達だ。彼らは扉に結ばれた極太い縄を持ちへたり込んでいる。
そうして誰もが汗だくで息切れをしている中、白髭と瓶底眼鏡がズレた老執事が千鳥足でやってきた。
「ゼェ……ゼェ……お帰りなさいませ……! シャルロッテお嬢様……!」
「ただいま、セバスチャン。みんなもありがとう」
(そしていつもごめんなさい)
シャルロッテはくたびれた老執事セバスチャンと使用人達に労いの言葉をかけた。
そして自称「デキる執事」セバスチャンは、シャルロッテの傍に立つ客人の存在に気がついた。
分厚い眼鏡がズレたままシャルロッテの隣の「騎士」に挨拶をする。
「お客様、お見苦しいところをお見せしゲフゲフォッホォッ失礼いたしゲフォッ! しました」
「いや、構わない。それより独特な出迎えだな。扉を綱引きしていただろう」
「「え?」」
スワードに投下された質問に、シャルロッテとセバスチャンの間抜けな声が重なった。
この珍妙な「綱引き開門」を説明するには、シャルロッテの怪力歴史を語らなければならない。それは恥ずかしい。
シャルロッテはしれっと嘘をついた。
「あれはそのぉー……うちの扉は普通よりちょっとだけ重めにできているので、皆で開けてくれるんです。そうよねセバスチャン?」
「さっ左様でございます。ちょっとだけ使用人を集めて、ちょっとだけ綱で引っ張るのです」
「ちょっと?」
「「ちょっとです」」
シャルロッテとセバスチャンは押し切った。スワードは疲労困憊の使用人達を見る。
メイドや庭師や調理場の者達まで皆「綱引き開門」に総動員していることから、この扉が「ちょっと」やそっとの代物でないことが窺える。
シャルロッテ達の苦し紛れの言葉は、紛れるどころか丸見えだった。
そうしてシャルロッテが使用人達とは別の意味で汗をかき始めたところで、彼女の必死の誤魔化しをぶち壊す声がした。
「ちょっとじゃないよ。それ300Kgあるから」
声の方を見やれば、メイン階段に1人の少年がいた。
その少年の髪は紅茶を思わすレッドブラウン色がシルト侯爵に似ており、ミルク色の肌と美しい顔立ちがシャルロッテに瓜二つだ。
彼の名はベルナール・シルト侯爵令息、シャルロッテの4つ下の実弟である。
ベルナールは屋敷の主かのように優雅に階段を降りてくると、シャルロッテと変わらない背丈でスワードを見上げ、生意気に言った。
「この屋敷は姉上のために『怪力仕様』になってんの」
「怪力仕様?」
「そ。姉上の怪力に合わせて色々頑丈に作られてんの。この扉もむかーし姉上が男に花をもらった時に、喜びまくってぶっ壊したんだよね。んで木製から300Kgのチタンに怪力仕様にされたんだけど……」
「昂っていない平常時のシャルロッテを含め、1人では誰も開閉できない。だから使用人総出で綱引きをする、と?」
「そーゆーこと。てかあんた誰?」
シャルロッテは全身が総毛立ち、戦慄く。
そしてベルナールの後頭部を鷲掴みにし、乱暴に頭を下げさせた。
貴族令嬢とは思えぬ見事な一撃である。
「たたた大変申し訳ございません! 破壊的に世間知らずな弟でして……!!」
ベルナールの態度にシャルロッテが血相を変えると、セバスチャンも慌てて瓶底眼鏡を掛け直した。それからスワードにピントが合うと、セバスチャンは縮み上がってシャルロッテを見た。
(おおお王太子殿下ですと!? なぜ事前に知らせてくださらないのですか、お嬢様あああっ!)
(断ったのよ!? わたしだって断ったのよ!?)
シャルロッテと執事はギンギンに据わった目で、互いの言わんとすることを汲んでいた。
そんな2人を他所にベルナールとスワードは正体した。
14歳、まだまだ幼い顔でスワードを睨みつけるベルナール。恐れ多くも王太子に「誰か」と問うたベルナールに対し、スワードは恭しく答えた。
「私は……近衛騎士団のソードと申します。王太子殿下よりご令嬢の護衛を拝命いたしました」
「はいっ!? 何を仰るんですか殿っ──」
スワードはすかさず唇に人差し指を立てた。黙っていろ、そういうことらしい。
ベルナールは目前の騎士が王太子だと知らず、不敬極まりない発言をした。
「あー姉上を囲う
(ひいいっ!! 知らないとはいえご本人に向かってなんてこと言うの!!)
「ええ、変態王太子の差し金です」
「……ふーん」
スワードはベルナールの不遜な態度を気にも止めず、己の美しさを余すことなく綺麗に微笑んだ。
その笑顔とオーラのせいでスワードからは王太子感が全面に出ていたが、世間知らずのベルナールは知る由もない。
代わりにシャルロッテとセバスチャンだけが肝を冷やす、いやそれ以上に凍らすだけだった。
「ソード……だっけ? 特別に怪力仕様を見せてあげよっか? ついでに姉上の怪力歴史も教えるよ」
「ぜひお願いします」
「はい!? ダメよそんな恥ずかしい! 絶対絶対許しませ──」
◇◇◇
「ここはビリヤードルーム。姉上が10才の時に道具が怪力仕様になったんだ」
結局、ベルナールとスワードの圧でシャルロッテは折れざるを得なかった。
スワードは騎士ソードを見事に演じ、腰を低くしてベルナールに接した。
そうして3人はいくつもの怪力仕様の品々を見て回った。
怪力歴史は語り手のベルナールも聞き手のスワードも真剣そのもので向き合った。
シャルロッテはといえば熱弁される自分の黒歴史、もとい怪力歴史の数々に、ただただ小さくなるばかりだった。
そんな怪力ツアーも終盤、最後の名所はここビリヤードルームだ。
この部屋は使われなくなって随分経つ。
天井の四隅には蜘蛛の巣が張り、埃が舞ってシャルロッテは咳き込んだ。
「ベルナール様、一体どれが怪力仕様に?」
「全部に決まってんじゃん」
──ドゴオッ!!
ベルナールはスワードの質問を切り捨てると、おもむろにビリヤードボールを落とした。
そうしてボールが落ちるとバキッと音が鳴り、見れば床板が陥没していた。
続いてベルナールはどこからか取り出した巨大な金槌を使い、振りかぶってビリヤードテーブルに打ちつけた。
しかしテーブルにはかすり傷1つ付かない。
今度は細長いキューを手にし、剣のように振り下ろした。それでもテーブルを叩いたキューは、折れ曲がることなく健在だ。
スワードは膝をつき、床に沈むボールを片手で手に取った。
「昔ゲームに勝った姉上が喜びまくってさ。そん時にぶっ壊して、仕様変更されたんだよね」
「鉄ではないな。ドラフラムですか?」
「そ。3つともドラフラム製、父上がわざわざ取り寄せたんだ」
「これだけあれば屋敷をあと2軒は買えますね」
「うちの姉上はそんだけ
圧倒的な差はつくものの「ドラフラム」はオリハルコンに次ぐ硬度を誇る鉱石だ。
それゆえにドラフラムは武器におあつらえ向きの希少な材質で、王国の多くのドラフラムは王宮騎士団のために採掘された。
ゆえに国内の市場に流通することは滅多に無く、ドラフラムを欲するなら大金をはたいて他国から輸入する他ない。
言ってしまえば、怪力仕様は「大金」そのものであった。
「でもまあ、普段の姉上はこれを持てないし、男が使うにしてもめちゃくちゃ重くて疲れるじゃん? だからうちでビリヤードする奴はいなくなったんだよね」
「安易に仕様変更してもダメということですね」
「まーね。姉上の怪力は色々
ベルナールはスワードを見上げ、またも睨みをきかせた。
その弟の無礼な態度で全身鳥肌が立ちっぱなしのシャルロッテは、スワードをこっそり上目で見た。
スワードは「王国の麗星」らしく完璧に微笑んでいた。
──どっち!?
シャルロッテはその笑顔を見て背筋が凍った。ベルナールとの会話が楽しくて生まれる笑顔か、あるいは苛立ちを落ち着かせるための笑顔か。
普通に考えて、9.999(以下略)%後者だろう。
シャルロッテは与えられるであろう罰をあれこれ想像しては吐き気を催していたのだった。
そうして各々が口を閉じると、何かがこちらに突進してくる音が聞こえた。
部屋の中がビリビリと振動で揺れ、そして勢いよくドアが開いた。
──バンッ!!
「いらっしゃいませお客様ああああ!!」
今しがた屋敷に到着したシルト侯爵だった。
生意気に腕を組むベルナールと、その隣で行儀よく控えめに立つスワード。
それを見た侯爵は油切れをして軋むドアの如く、首をギシギシと回し、涙目でシャルロッテを見つめた。
シャルロッテは侯爵に目で語った。
(お父様、時すでに遅しです)
シルト侯爵はその場で崩れ去るのだった。
それから騎士ならぬ王太子のおもてなしが始まろうとしていた。
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