4.可愛すぎピクニックに御用心!①


「田舎の空気は美味しい」


 言われてみれば、確かに王都よりも雑味がなく甘味があるような気が……するような、しないような。

 シャルロッテは馬車から降りて口に少しの空気を含み、スワードに教わったうんちくの答え合わせをしようとした。

 しかしそれは空気ソムリエにしか成し得ない至難の業だった。

 王宮から馬車を1時間半、辿り着いたここは王都の外れの東に位置する、サムソン大公園だ。

 今日のスワードとシャルロッテは、模擬デートで「ピクニック」をしに来たところだった。

 スワードが今回の模擬デートにピクニックになった理由は1つ。

 大自然の中であればシャルロッテがリラックスし、幾ばくか怪力を制御しやすいのではないか……という心遣いゆえである。

 そこで白羽の矢が立ったのがこのサムソン大公園だった。

 世界でも有数の広大な敷地を誇る此処はとにかく自然が豊かなことで有名だ。

 多種多様な草花が植わっているため、季節ごとに公園の表情が変わることも魅力の1つである。

 

「わあー! 素敵なところですね!」

「このサムソンが評判で旅行客も増えてな、今では国内屈指の人気観光スポットだ。それはヒマワリといって、この時期によく育つ季節花だな」

「ヒマワリというんですね」


 シャルロッテはヒマワリを見上げた。

 それは太陽によく似た姿で、まるで空を目指すが如く上へ上へと成長している。


「すごい……こんなに背が高い花は初めて見ました!」

「ははっ! 確かに君の方がずっと小さい」


 スワードはシャルロッテを見下ろして破顔した。

 その眩しい笑顔にシャルロッテは昂りかけた。しかし大自然のおかげかそれもすぐに凪いでいく。

 見渡す限りの緑の世界は今時期は特に青っぽく匂い立ち、公園にいながら森林浴をしているようで気持ちがいい。

 今日のシャルロッテはスワードといても然程昂らず、内心大いに喜んだ。「か弱さ」に向けて一歩前進したと思ったから。

 しかし現実はそう甘くなかった。

 昼時になり2人はレジャーシートを敷いてランチボックスを並べた。

 そしてスワードが2つ目の蓋を開けた瞬間、シャルロッテが動かなくなった。

 スワードは異変に気がつき声をかける。


「どうした?」

「殿下……これはあんまりです」


 シャルロッテが言葉を失った正体は、ランチボックスの中に潜んでいた。

 溢れんばかりの手の込んだ料理の品々である。

 油で照った赤いタコさんウィンナーにはじまり、赤と緑色のうさぎさんリンゴ、茹で卵は星の形をしていて、最後に見たスマイリーのミートボール。

 シャルロッテの血がふつふつ沸き始めた。

 生まれて初めて見るトランスフォームした食材の数々。

 まさかこんなものを食べるろと?

 一体誰がこんなものを作ったというのだ。 

 全くもってけしからん。

 そうだ、こんなもの、こんなものは──


(とても良いわ! もっとやって!)


 シャルロッテは「感激」と「興奮」で急激に昂った。

 手に持つフォークはいとも簡単にへし曲げられ、さながらコイルのように捻られた部分さえあった。

 スワードはサンドイッチを頬張りつつ、動揺するシャルロッテを見やった。


「食べないのか?」

「殿下、うさぎさんとタコさんです」

「そうか。こっちはくまさんだ」

「あっそっちも可愛い……じゃなくて! これは由々しき事態です。料理が可愛すぎて……わたし、興奮してフォークが持てません……!」


 緊張と興奮で固まるシャルロッテとは対象的に、スワードはくまのミートボールをヒョイッと口へ運んだ。


「君は私より食べ物に昂るのか」

「わたしもこんなこと初めてです……」


 スワードは面白くなさそうに唇を尖らせ、一方のシャルロッテは大きく項垂れた。

 自分が食べ物にまで昂るほど節操無しの人間とは思わなかった、と。


(サンドイッチは手で食べられるとして、可愛すぎおかず達はどうしたものかしら……手掴み? そんなのってありかしら? いいえ無しよね)


 シャルロッテは思案した。

 木の枝をブスリと刺して食べるのはどうだろう。いや、しかしよく整備されたこの公園は小枝の1本さえ落ちていない。

 となれば花の茎を巻きつけて口へ運ぶしかないだろうか。しかし此処の美しい花を手折るなんて万死に値する。

 そうしてシャルロッテが顔を顰めていると、見かねたスワードは徐にバスケットを手にした。

 彼はその中からジャラジャラと音を鳴らし、次々にフォークを取り出した。

 淡色のレジャーシートにこんもり積まれた大量のシルバーフォークは存在感抜群だ。


「こんなこともあろうかと用意してきたから、そんな顔をするな」

「わざわざ用意してくださったのですか? わたしのために……?」

「君以外に誰がこんな量のフォークを使うんだ」

「……殿下っ!」


(なんてお優しい方なの!? この方が次代の国王なら国は安泰ね!)


 シャルロッテはスワードの優しさに痛く感動した。スワードはこうして全力で訓練に向き合ってくれる。

 ならば自分は更に上を行く全力で挑もう。

 意気込んだシャルロッテはフォークの山に手を伸ばした。

 それから約5分後。

 シャルロッテの横には大量のフォーク「だった物」がガチャガチャ山積みになっている。

 そして今、ちょうど手に取ったフォークが最後の1本だったが、


 ──メキッ!


 シャルロッテの努力も虚しく、全てのフォークが天に召されていった。

 スワードは目を丸くし食事の手を止めた。


「一応50本あったのだが……君は可愛いものに弱いようだな」

「そ……そのようです……」

「まさか自分でも知らなかったのか?」

「こんな可愛い食べ物は初めてです。うちはなんというか……し、渋い?趣向の家でして」

「は? 渋い?」


 シャルロッテがしどろもどろになり、スワードは嘘をつくなと言わんばかりに目を細める。


(もしかして屋敷に可愛い物が少ないのは予防保全……!? もうもうっ! しっかり裏目に出ましたわよお父様!!)


「まったく……私がいながら食べ物の方に昂るとはな。大したご令嬢様だ」


 そう言うと、スワードはシャルロッテの手を取り自分の方へと引き寄せた。

 それからシャルロッテと顔を突き合わせ、くまのミートボールを彼女の口に押しつける。


(はい!? えっ!? 何!?)

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