可愛すぎピクニックに御用心!②
「緊張」「興奮」「ときめき」が昂りすぎたシャルロッテはオーバーヒートを起こした。
無抵抗になった体が可愛いくまを口中に受け入れる。
シャルロッテは恐る恐る咀嚼した。
歯がなくても食べられそうなほど柔らかく、肉汁が溢れてくる。
くまの色の正体はデミグラスソースだ。
よく煮込まれたソースなのだろう、トロリと甘くほろ苦い味わいで実に美味である。
シャルロッテが恋焦がれたくまは、可愛いだけではない実力派のくまだった。
ああ、タコも食べたい。
スワードはシャルロッテの視線を追い、今度はタコのウィンナーをフォークで刺した。
そして剣を構える騎士のように自分とシャルロッテの間でフォークを構えると笑顔で告げた。
「ルール追加だ。カトラリーの交換は1回の食事につき10本までとする」
「え!? でっでもでも! こう言ってはなんですが、10本なんてサクサクいってしまいます!」
「だろうな。だからそれ以降は私が君に食べさせる」
「ふぁむ!?」
シャルロッテが大きく口を開けたタイミングで、スワードはすかさずウィンナーを突っ込んだ。
表面のパリッとした歯触りと、口の中で弾ける肉汁に、少々燻した香りが癖になる味わいである。
そのタコの美味しさに、シャルロッテはスワードの提案に抗議する気が失せてきた。
「何か言ったか? ん?」
シャルロッテは頬いっぱいのウィンナーをひたすら咀嚼した。
その間もスワードは意地悪く煽るような笑顔で説き伏せる。
「こっちは訓練の予算まで組んでいるんだ。それをおいそれと消化されるわけにはいくまい。そうは思わないか?」
スワードはまたシャルロッテの口にくまミートボールを送り込んだ。
実に美味である。
シャルロッテはタコウィンナーよりこちらの方が好みで、思わず顔が綻んだ。
「それが好きか」
「はっはい! やっぱり王宮のシェフは腕が違いま……」
「私の食べさせ方が上手いからだ」
スワードは言い聞かせるように、フォークの先でシャルロッテの唇を優しくつついた。
そのひんやりしたフォークの感触がシャルロッテの唇に残り、同時にこのフォークがスワードが使っていた物だと思い出す。
──これが噂の間接キス!?
恋愛未経験のシャルロッテでも知っている恋愛初級ハプニング、それが間接キスだ。
使用人の話や本、そして父親に隠れて読んだゴシップ紙によると、間接キスの多くが恋愛関係に火をつける着火剤の役を担うらしい。
きっとスワードはそれを踏まえ、模擬恋人として間接キスを忍ばせたのだ。
そしてシャルロッテを昂らせて感情コントロールと怪力制御の訓練を促したのだろう、おそらく、多分。
シャルロッテは痛いほど飛び跳ねる心臓に胸を押さえた。
「ん? どうした」
「いえただ、恋人って命懸けだなと……」
「ふっはははっ! 君は本当に面白いな!」
スワードはシャルロッテに声を上げて笑った。
しかしその笑顔は先程までの意地悪さが無く毒気が抜けており、まるで無邪気な子供のようでもあった。
シャルロッテがその笑顔に見惚れているとスワードはおもむろに手を伸ばす。
そしてシャルロッテの口角についたソースを指で拭い、自分の口に運んだ。
「美味い。シェフのことは褒めておこう」
「えっ!? ちょっ……!?」
シャルロッテは慌ててナプキンを手に取り、口周りを、いや真っ赤な顔ごと隠した。
今のは一体何という行為だろうか。
口元を間接的にペロッと舐めたわけだし、そうだ間接ペロリと名付けよう。
シャルロッテは間接キスからの間接ペロリで完全ノックアウトした。
そうしてシャルロッテが「興奮」「羞恥心」「ときめき」でプルプル震えていると、スワードが一言紡いだ。
「シャルロッテ」
シャルロッテはハッと顔を上げた。
スワードが初めてシャルロッテの名前をきちんとに呼んだのである。
それも低くて甘い、体の奥が痺れる声で。
スワードはこの公園のどの花よりも美しい青色を細めてシャルロッテに微笑んだ。
当の本人はその笑顔の理由に思い至らずキョトンとする。
すると彼女の唇に赤いうさぎさんリンゴがキスをした。
リンゴを摘んでいるスワードははにかんで言った。
「──可愛い」
「へ? あ、殿下もうさぎが好……あむ!?」
「うさぎさんが待ちくたびれたようだ。早く食べろ」
「んんーっ!?」
シャルロッテは昂りながらもゆっくり咀嚼して、芳醇なリンゴの蜜を味わった。
甘くて仄かに酸っぱい赤リンゴ。
そういえば使用人に聞いたところによると、初恋の味は甘酸っぱいのだとか。
(初恋ってこんな味なのかしら?)
シャルロッテはスワードに与えられるがままリンゴを食み、味わいながら朧に思った。
その時、公園に爽やかな風が吹いた。
植った希少な花も、どこからか咲きにやってきた野花も、皆一様に柔らかになびいている。
そうして2人は日の下で温かく楽しい時間を共有し、思い思いの月夜を迎えるのであった。
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