第3話 帰路流々

 登校初日、その日は何をして何を聞いたか覚えていない。

 覚えているのは、霧子が下校も僕の手を引いて団地へ帰ったことだけだ。

 高校生になった今も霧子は僕の手を引きたがる、さすがに断るのだが、そのたびに霧子は大きなため息を吐く。

「何が嫌なのか?ワタシには解らない」

 そう僕にも解らない…だから霧子にも解らない。


 初下校とでも言うのだろうか、霧子は僕の手を引きながら、そして真っすぐ前を見たまま僕に話しかけた。

「なぜ男は『くん』で女は『さん』なんだろう?」

「えっ?」

「今日、呼ばれただろ名前、なぜ八雲は『くん』でワタシは『さん』だったんだ?」

「女だからじゃない」

「男でも『さん』は基本じゃないのか、ワタシの母親も八雲の母親には『さん』なんだが?」

「そうだね…」

 僕は、それ以上、この話題を広げる気もなく素っ気なく答えた。

 霧子は釈然としない顔で僕の手を引きながら団地の階段を上がり、2階に住む僕の家の玄関前で、ようやく繋いでいた手を離した。

「さよなら…また明日」

「うん」

 ペコリと頭を下げて4階の自分の家に帰っていく。

 コッコッコッとリズムよく階段を上がる音が上へと離れていく。

「スーッ……はぁー」

 僕は閉めた玄関のドアにもたれかかって大きく深呼吸した。

 いや、ため息だったかもしれない。


 とにかく疲れた。

 風呂場で、うたたねするくらい疲れた日だった。

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