第8話 しのぶ、保坂とのこと真面目に考えてくれ
「ねえ、なんで保坂さんと仲良くなったの? 二つも年上なのに」
夕食のお膳を離れに運びに行った時、気になっていた事を聞いてみました。
「俺の所属してる大学の小説の同人誌に美術系でもないのに挿絵を描いてる奴がいて、それがうちの寮の室長だったんだ。
俺の作品をすごく気に入ってくれて、劇にまでしてくれた。
俺も絵を描くのは好きだし、年上なのに全然威張らない気さくな奴で、いつの間にか友達になってた。
ある日、保阪の死んだお姉さんが大事に持ってたという、古い家族写真見せられてね。
その写真の姉さんと俺が、生まれ変わりじゃないかってほど似てるんだ。
それでアイツ俺に近づいてきたんだよ。
それ聞かされた後で『君の絵を描かせてください』と言われたら、断れないじゃないか。
それでモデルをしながらいろいろ話すうちに、お前のことを話さないわけにいかなくなった。嫌だったか?」
「それはもういいわ。でも考えちゃった。
子供の頃、母さんがいつも言ってたでしょ?
『人と言うものは、人のために、何かしてあげるために生まれてきたのス』って。
私は、今まで一生に一回でもいい事したことあるのかなって」
「それは俺も思った」
「あ、また俺って言った。昔は僕だったのに」
「もう二十歳だ、子供じゃない。お前こそ、すっかりいい女になっちゃって見違えたぞ。保坂が惚れるわけだ」
「いい女? フフ、ありがとう」
何故か月を飲み込んで満足げだった、あの三毛猫のことを思い出していました。
「俺、昨夜あの魚の夢を見たんだ。白と黒と赤の鯉が三匹仲良く泳いでた。
そうなったらいいなって思った。しのぶ、保坂のこと真面目に考えてみてくれないか」
三人一緒、それが兄さんの夢。でも、私はその夢を見ていないのでした。
「しのぶさんは、ジョルジュ・スーラの点描画というのをご存知ですか?」
「兄の持っていた、西洋画の画集で見たことがあります。点で絵を描くなんてどうして思いつけるのかしら?
気が遠くなるくらい時間がかかりそう」
「実際かかるようですよ。『色分割主義』ともいわれ、印象派の『筆触分割』をさらに追求した、『新印象派』と呼ばれることもあります。
光を表現しようという試みの一種で、科学に裏付けられた絵なんです。光の三原色と、絵の具の三原色は違うのをご存知ですよね」
「ええ、確か光の三原色は青・赤・緑。でも、絵の具の三原色は青・赤・黄。なんで違うのか不思議でした。」
「それは僕も思いました。光の赤と青を混ぜれば紫になる、これは絵の具も同じ。 でも光の赤と緑を混ぜると黄色になり、三色混ぜると白くなる。これは絵の具と全然違う。
絵の具は『加法混色』といって、混ぜるほど暗くなるんです」
三色混ぜると白くなる、より強い光になって輝く、不思議な現象です。
「何を言いたいかというと、光を描こうとして、絵の具を混ぜていくと、どんどん光の反対に暗くなっていく。
つまり絵の具で光を忠実に画面上に再現する事は不可能なんです。
だから、スーラはパレットの上で色を混ぜずに、混ぜたい色を画面上に点で置くことによって網膜上に、混合された色彩を作り出すことを目指したのです。
実際、赤の点と青の点を交互に並べておくと、離れてみれば紫に見えるんです。
この『視覚混合』によって、絵の具の混色による濁りを避けて、光により近い鮮やかな色彩を作り出すことに成功したのが、点描画なんです」
難しくて分からなくなってきた。ここは黙っていよう、うん。
「ニュートンが発見したように、色は波長の異なった光です。
人間の目は、この波長の異なった光を、網膜上の青・赤・緑の三色それぞれの種類の細胞で感知して世界を見ています。
赤と緑の細胞の感知力に問題があると、『赤緑色盲』になります。赤を見分けることができない。
ゴッホなんかそうだったんじゃないかと思います。
彼の描く絵は茶色はあるけど、殆どが、黄色と青で描かれている。
赤が出てくる絵は、日本画の模写以外ほとんどない。
黄色という色の光は、赤と緑の光が混じった色ですからね」
あ、ゴッホなら知ってる。そういえば、向日葵も、糸杉も赤は使ってなかったわ。
でも保坂さんってすごい、本当に絵が好きなんだ。
「あの、私の絵どのくらい進みました? 見てもいいかしら」
「半分ほど。我ながらいい出来です」
そう言って保坂さんは描きかけの絵を見せてくれました。
「本当に私にそっくり。保坂さん、絵で生きていく気はないんですか? 肖像画家として食べていけますわ」
その上手さに私は感嘆しました。この人はなんと沢山の才能を持っているのだろう。
「昔ならともかく、今は写真の時代です。それに家業を継ぐのは長男の義務ですから」
義務――その言葉にハッとさせられました。
捨て子の身であり、育ててもらった立場で、我を通せるわけもなかったのです。
男の人だって、自由に生きられるわけではないのです。
「男なら、本当にやりたい道を選ぶべきなのかもしれません。
けれど、あの優しい父が『すまない、絵は趣味にして、どうか医者になってくれ』と、僕に頭を下げたんです。
僕は医者になるという決断を後悔していません。
何故なら、僕は絵を描くことも好きですが、それ以上に、父や保坂の家が大好きなんです。
もともと二番めになりたい職業が医者でしたし、こうやって休みが取れれば、好きな絵も描ける。
果報者ですよ僕は」
絵よりも、父の方が好きだから後悔はしてない――
お祖父さんが倒れ、兄さんだけが大学に行き、女の私は家に取り残された。
あの時私は、家を飛び出すことだって出来たのです。
でもそうしなかったのは、残される母さんや弟や妹たちが、どんなにか困るだろうと思ったからでした。
女だから諦めたのではない。学問より、大事な家族の方を選んだのです。
私はただ流されたのではなかった。私もまた正しい選択をしていたのです。
「ありがとう、保坂さん」
思わずそんな言葉が口をついて出ました。
「そんなに気に入ってもらえるなんて、絵描き冥利につきますよ」
勘違いの仕方もポジィティブな保坂さんでした。
珍しく兄さんが絵を描いているところを見にきました。
「だいぶできてきたな。だけど、髪型変えた方がいいんじゃないか?
いつまでも女学生みたいに三つ編みにリボンのマガレイトじゃないだろ。
うなじを出した方が色っぽいぞ。お前なら結って、二百三高地にしても似合うと思うけどな」
オシャレにうるさい兄さんでした。
「そう? でも私、二百三高地だけは嫌なの。日露戦争のこと思い出すから」
小学校に入学した年に、日露戦争がありました。
「勝った、勝った、日本勝った」の叫びと共に沢山の日章旗がひらめき、国中が勝利に沸き立ちました。
一銭五厘と三銭の記念切手も発行され、父さんはシートで買っていました。
特に勝敗を分けた二百三高地の戦いは名高くで、その名をつけた髪型まで流行したのです。
「女は戦争なんて嫌いなんです。家族が死ぬのも嫌、人を殺すのも嫌。
『君死にたもうことなかれ――親は刃を握らせて、人を殺せと教えしや』だわ。
でもそれは人としての当然だと思うんです」
「与謝野晶子ですか。確かに女性は男と違って見栄や体裁で生きてはいない。
米騒動の時だって、富山の奥さんたちが起こした『越中女房一揆』が始まりだったんですからね。
今や日本中が大変なことになっています。内閣がひっくり返りそうな勢いだ」
保坂さんが同意してくれた。すごく嬉しい。
「確かに。男なら理屈で諭されたらしぶしぶでも従うけど、女は『嫌なものは嫌』と突っぱねて譲らない。
女が本気で怒ったら、男は勝てやしないよ」
「ざまァ見ろ、今頃わかったか」
あかんベェをしてやりました。
ちょっといい気分。
「全く。しのぶは保坂と俺には、言いたい放題だな」
兄さんはそう言って笑いました。
本当にそうです。初めて会った時は憎たらしかったのに、いつの間にか保坂さんには兄さんと同じに、なんでも本音で話せるようになっていました。
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