第十五話 運命の再会
魔術で創り出された伝書蝶がアルセニオの帰還を告げたその日、ルビアはそわそわしながら彼の帰りを待っていた。
アルセニオの成長を見るのが楽しみでもあり、久々の再会に緊張する気持ちもある。
(こうしていると、前世でアルセニオさまと結婚した時のことを思い出すわね)
あの日も、ルビアは馬車の窓から移りゆく外の景色を眺めながら、夫との初対面を前に緊張していた。
どんな人だろうか。仲良くできるだろうか。気に入らないと追い出されたらどうしよう。
そんなことを考えながら到着したルビアに、アルセニオはまだ幼さの残る声で言った。
『ようこそ……と言いたいところだが、この結婚は僕が望んだことではない。皇命の手前、お前のことは一応公爵夫人として遇するが、僕からの愛など期待するな』
八歳の少年らしからぬ大人びた言葉に、傷付くどころかむしろ呆気にとられてしまったことをよく覚えている。
あの時ルビアの目には、アルセニオが精一杯の虚勢を張っているように見えて、微笑ましかったのだ。
あの冷ややかな言葉ですら、今は思い出すだけで胸が温かくなるほどに懐かしい。
アルセニオは、どんな青年になっただろうか。
身長は、眼差しは、声は。もうすっかり変わって、当時の面影などなくなってしまっただろうか。
そんなことを考えている内に、とうとうアルセニオが到着する刻限が近づいてきた。
離れの玄関を出て正門のほうに向かうと、そこには既に日傘を差したヒメナとピアッティ子爵夫人が侍女たちを引き連れて待機していた。
「おはよう、ルビアさん。良いお天気ね」
「おはようございます、ヒメナさま。子爵夫人」
「ふん。最後に来るなんて、礼儀知らずだこと」
「すみません、準備に手間取ってしまって……」
軽く頭を下げながら、ルビアはちらりとヒメナの様子を窺った。
ヒメナは、裾がたっぷり膨らんだ薔薇色のドレスを身に着け、頭に大きな造花の飾りを付けていた。
まるで夜会にでも繰り出すような華やかさだが、久々に恋人と顔を合わせるために気合いを入れたのだろう。
綺麗にマニキュアを塗られた爪や、身体のあちらこちらを飾る宝石といい、一部の隙もないほどに着飾っている。
一方、今日のルビアは薄紫のドレスを身に着け、編み込んだ髪を綺麗に纏めていた。派手すぎず地味過ぎず、夫との初対面に臨むに相応しい格好だと思う。
王女のようなヒメナと比べるとどうしても見劣りしてしまうが、この場合はそれで正解だったと言えるだろう。
何せルビアはお飾りの妻なのだ。夫の愛する人より目立つ必要はない。出しゃばることなく、引き立て役に徹するくらいの気持ちでいるのがちょうどいいのだ。
ルビアたちの立っている場所から少し離れた地面に、光の輪が現れたのはそれから十分も経たない頃のことだった。
人ひとりが十分通れそうな大きさのそれは、複雑な魔術式で編み出された瞬間転移のための
固唾を呑んで見守っていると、魔術門の中から音もなく人影が現れた。
黒い外套をはためかせ、胸にたくさんの勲章を着けた、長身の青年。
艶やかな黒髪に、赤い瞳。目の下には寝不足のためか、クマが色濃く刻まれている。
けれどその面影は、十六年前と少しも変わっていない。
「アル――」
思わず、その名を呼びそうになった。
けれどそれより早く、 弾むような声を上げたヒメナが日傘の下からぱっと身を翻し、アルセニオのほうに駆け出していった。
「アル! お帰りなさい!」
「ああ……ただいま」
素っ気なく、ぶっきらぼうな物言いは当時からあまり変わっていない。しかし記憶に残っているよりずっと低い声に、ルビアは感極まって胸が詰まるような思いだった。
(ご立派に、なられて……)
切なく痛む胸を服の上からぎゅっと押さえ、アルセニオを見つめていると、ふと、彼と目が合った。
「……ルビア?」
低い声が、ルビアを呼ぶ。
いち早くそれに気づいたヒメナが、アルセニオの腕に自身の手をするりと絡めながら、穏やかに微笑んだ。
「伝書蝶で伝えたでしょう? あなたが不在の時に到着なさったの。あなたの新しい花嫁の、ルビアさんよ」
「――違う」
やはり彼にとって、この結婚は望んだものではなかったようだ。すかさず否定するアルセニオに、ヒメナが困ったような窘めるような眼差しを向ける。
「酷いことを言わないで。いくらあなたが結婚を望んでいなかったからと言って、ルビアさんは皇命で嫁いできた花嫁なのよ」
「違う、そうじゃない」
そう言うと、アルセニオは払うようにヒメナの手を振りほどいた。予期していなかった動きに、ヒメナは軽くよろけ、困惑したような笑みでアルセニオを見つめた。
「どうしたの、アル。怖い顔して……」
「彼女は、ルビアだ」
ヒメナの言葉に答えているように見えながら、もはやアルセニオの意識は、彼女には向いていなかった。
彼の視線はただひたすらに、ルビアに注がれている。
その眼差しに、ルビアは縫い止められたように動けなくなった。まるで、長い間探していた失せ物を見つけた時のような、恋い焦がれていたものを手に入れた時のような、強い眼差し。
「だから、そう言ってるじゃ――」
「違う。……ルビアだ。
焦れたようなヒメナの言葉を遮るような、確信を持ったアルセニオの噛みしめるような声が、その場に響いた。
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