第十話 歓迎されない花嫁

 王都に馬車で乗り入れたのは、秋の初めだった。

 街路樹が赤や黄色に色づき、乾いた空気がどこか物寂しい印象を醸し出すこの季節が、ルビアは幼い頃から苦手だった。


 それは今になって思えば、前世の自分が死んだ時期と同じだったからなのかもしれない。記憶はなくとも、魂に刻まれたあの悲劇が、ルビアにそのような思いを抱かせているのかもしれなかった。


(アルセニオさまは、どうなさっているかしら)


 馬車の中で、ルビアは何度となく彼のことを思った。

 不器用で、素直じゃなくて、実は優しいアルセニオ。

 その優しさのせいで、ルビアの死を自分のせいだと責めていなければいいのだが。


(――責めて、るんだろうなぁ……)


 彼が未だに独身であること。そしてルビアの命日が近づくたび南領に大量の贈り物が届くのが、その証拠だ。

 きっと二十四歳になるまで幾度となく結婚の打診はあっただろうに、そのたびにルビアを思って断ってきたであろう彼のことを思うだけで、涙が滲みそうになる。

 

 もちろんルビアは、自分が彼の前世の妻だと名乗り出るつもりなど毛頭ない。

 そんなことを言えば、頭がおかしくなったのかと疑われるに違いないし、ルビアが死んで傷付いている彼にとっては、そのような妄言はきっと許しがたいことだろう。

 最悪、魔力で消し炭にされるかもしれない。

 

 無益な死を迎えるのは嫌だ。けれどそれ以上に、アルセニオの傷に塩をすり込むような真似はしたくなかった。


(何か、今のわたしがアルセニオさまにできることがあればいいんだけど……)


 考えても埒のあかない思惑を巡らせながら、ルビアはシルヴァ公爵邸に到着した。


 しかし正門門をくぐり玄関扉を叩いたルビアを出迎えたのは、夫となるアルセニオではなく、見知らぬ女性たちだった。

 ひとりは、五十半ばほどの痩せた女性。そしてもうひとりは、若い娘だ。


「初めまして、あなたがアルの花嫁?」

 

 若い娘のほうが、ルビアを見るなり無邪気な口調で言った。

 よく手入れされた金色の巻き毛を二つ結びにし、ピンク色の大きなリボンで飾っている。若葉を思わせる明るい緑色の瞳は、長い睫毛に縁取られている。

 子リスのように愛らしい印象の娘だ。


(可愛らしい方……。どなたかしら)


 ふたりの女性はそれぞれに仕立ての良いドレスを着ており、一目で使用人などではないことがわかる。『アル』と呼びつけにしたということは、アルセニオに近しい人物であることは間違いないだろうけれど。


 戸惑っていると、娘は愛想良く続けた。 


「ようこそ、わたくしはアルの母方の従妹のヒメナ。こちらは母の、ピアッティ子爵夫人よ。このお屋敷でお世話になっているの」


(母方の従妹、つまりフィエロ伯爵のお孫さんということね)


 前世では関わりのなかった相手だが、今こうして屋敷で暮らしているということは、アルセニオも少しは親戚づきあいをする気になったということだろうか。


「ご丁寧にありがとうございます。ルビア・タルクと申します。よろしくお願いいたします」

「タルク族だったかしら。原住民の娘が、まあよくもぬけぬけと、伝統あるシルヴァ公爵家の花嫁に収まったこと」


 ヒメナのほうとは違い、ピアッティ子爵夫人は蔑みを隠そうともせず、扇の陰からルビアを睨み付ける。

 するとヒメナが取りなすように、母親を窘めた。


「お母さまったら! ルビアさんは長旅でお疲れなのよ。そんなことおっしゃらないで」


 そして今度はルビアのほうに向き直り、申し訳なさそうに眉尻を下げる。


「ごめんなさいね、ルビアさん。母は少し気難しくて……でも、仲良くしてくださると嬉しいわ」

「ええ、もちろんです」

「よかったわ。それでは早速だけど、ルビアさんのお部屋にご案内するわね」


 パンパンと、ヒメナが両手を打ち鳴らす。

 すると屋敷の中から下男たちが現れ、馬車からルビアの荷物を下ろし始めた。てっきりそのまま中に案内されると思ったのだが、下男たちが向かったのは屋敷の裏手のほうだ。


 どこへ向かっているのかと不思議に思っていると、ヒメナが説明してくれる。


「ルビアさんのお部屋は、裏の離れにご用意したの」

「え?」


 普通、当主の妻にはそれ専用の部屋が用意されているものだ。前世でもルビアは、アルセニオの隣室を与えられていた。

 当然、そんな常識はヒメナも承知であるらしく、彼女はとても残念そうな顔をしてみせた。


「どうかアルを責めないでね。彼は人間不信で、今回の縁談もあまり乗り気ではなくて……。あ、もちろんルビアさんは何も悪くないから、ご自分を責めないでね」


 つまりルビアは、アルセニオに歓迎されていないらしい。

 それだけ前世の自分を大切に思ってくれているのかもしれないと思うと、残念に思うどころか、申し訳なく感じてしまう。


「そうですか……。ところで、アルセニオさまはどちらにおいでなのですか?」

「アルは今、魔物の討伐に出向いていて留守なの。留守の間は、わたくしが女主人の役割を果たしているわ」

「何かお手伝いできることがあれば――」


 前世でもルビアは、帳簿管理や小作人からの訴えを纏めるなど、自分にできる仕事は務めていた。

 南領でも、母の仕事の手伝いなどをしていたものだ。

 だからここでも役に立てればと思ったのだが、ヒメナは首を横に振ってその申し出を断った。


「んもう、そんなことお気になさらないで! ルビアさんは長旅でお疲れなのだから、離れでゆっくりお休みになってちょうだい」

「わかりました。それでは、お言葉に甘えて……」

「ええ。あとで侍女を寄越すから、何か困ったことがあれば、彼女に言ってね」


 親しげなヒメナの視線と、刺すような子爵夫人の視線。

 異なるふたつの視線に見送られながら、ルビアは屋敷の裏手に足を向けた。

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