第4話 亡命者たち

星暦1051年4月4日 パンドラ王国西部 首都ティラーナ


 パンドラ王国の中心地である都市ティラーナ。かつて帝国を名乗っていた時代から国政の中心地であるこの都市は、50年近くに及ぶバルカシア帝国の経済的支配を経て変貌。パンドラ最大の経済規模を持つ場所として名の知られる場所となっていた。


 その都市の一角にある施設にて、一人の少女が黒髪の男と対峙していた。その十代後半の少女は青色のドレスを身に纏っており、金色の髪と緑色の瞳はよく映えていた。対する黒髪の男は深緑色のスーツを纏い、ただ知れぬ雰囲気を纏わせている。


「こうして話をする機会を設けて頂き、感謝します。私はギルティア帝国ニューアスラニア州総督の娘、アルトリア・ブリティニア・ニューアスラニアと申します」


「在パンドラ・バルカシア帝国大使館付武官のカール・エルリック少佐だ。さて、わざわざ危険を冒してまでパンドラへ亡命を計った理由について教えてもらおう」


 高貴な身分であるにも関わらず、相手は高圧的な態度を見せる。それも仕方のない事だった。今から40年前の第一次パンドラ大陸戦争と、その20年後の帝国暦430年に起きた第二次パンドラ大陸戦争で、バルカシア帝国とギルティア帝国は総力を以て殴り合ったのだ。両国の関係は相応に冷え込んでいた。


 とはいえ、そのギルティアの植民地にて異常が生じたのは明らかだった。現在パンドラ東部には多くのギルティア船が亡命者を乗せて来訪しており、少数ながら海軍軍艦も白旗を上げながら来ていた。よってただ適当にあしらう訳にはいかなかった。


「まず、我が国の植民地だったニューアスラニアの現状についてです。一昨年、星暦1049年時点でギルティア本国と通じる『門』は消失し始めており、その翌年には、近海に転移する形でロードリア共和国が出現。そしてすでに確保していた前線基地を橋頭保に侵攻を開始し、僅か1か月で半分を占領しました」


 植民地である以上、武装蜂起による現地住民の分離独立を防ぐために、現地の工廠は小火器の生産と重火器の整備、車両及び艦船、航空機の修理程度の規模に抑えられており、本格的な生産と大規模改修、オーバーホールの類は『門』の向こう側の本国でのみ行える様にしていた。だが本国と通じる『門』が消えた以上、それが裏目に出たのだ。


 しかもパンドラ大陸の支配権を巡り、二度に渡ってバルカシア帝国と戦争を繰り広げた結果として国力を疲弊させたギルティアは、技術水準においてバルカシアに優位に立つ事が出来なくなっていた。


 その例として二度の戦争で主役となった海軍艦艇が挙げられる。第一次戦争の時、バルカシア海軍の主力が、地球で言う戦艦「三笠」をより強化した様な前弩級戦艦であったのに対し、ギルティア海軍は30ノットの速力と12門の魚雷発射管による強力な攻撃力を誇る軽巡洋艦を多数配備。機動力で後れを取るバルカシア艦隊を優秀な速射砲と魚雷攻撃で翻弄したのである。


 だが、惑星シュテリアで加熱した建艦競争と最初の世界大戦は、バルカシアの技術水準を飛躍させた。戦争後半には旧日本海軍の天龍型軽巡洋艦に酷似したトーバン級二等巡洋艦が多数投入され、海戦において拮抗。陸戦や航空戦においても同様の現象が起こる事となった。


 その20年後の第二次戦争では、バルカシア海軍は旧日本海軍の長門型戦艦に酷似したアリエス級一等装甲戦列艦を中心とした水上打撃艦隊と、蒼龍型空母に酷似したマルカブ級一等航空巡洋艦を主体とした空母機動部隊を展開。相手も36センチ砲を搭載した超弩級戦艦を投入して対抗したが、それも40センチ砲の火力と大規模な航空攻撃の前に膝を屈する事となった。


 戦後、ギルティアは当然ながら植民地警備用に兵力を再配置したが、〈アドラー〉主力戦闘機にも劣るレシプロ戦闘機や、最新鋭のアルデバラン級重巡洋艦で一捻りできる程度の軽巡洋艦ばかりしか送る事の出来ない体たらくだった。そんな無様を晒しているところに一国の大軍が現れたとなれば…結果は容易い事だろう。


「亡命するに際し、ロードリア共和国に関する情報を幾分か用意いたしました。参考にしていただければ幸いかと存じます」


「ふむ…その情報はパンドラの方に優先的に回しておくとしよう。我が国には直ぐに影響がないとはいえ、直面する者からすれば貴重なものだからな」

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