第5話 カバラの惨劇
星暦1051年4月8日 パンドラ大陸東部 港湾都市カバラ
パンドラ王国の東部にある港湾都市カバラ。そこには数十隻もの艦船が詰めかける様に錨を降ろしていた。その大きさも種類も様々であり、流石に港湾機能を損なわない様に位置して停泊しているものの、沿岸部に集う市民達からは戸惑いと不安の表情が浮かんでいた。
「しかし、随分と多いな…どんだけ逃げ込んできたんだ」
港湾管理局の管制室にて、管制官の一人は呟く。すでに洋上では王国海軍の駆潜艇や民間のタグボートが複数隻展開して航路整理を進めており、それだけでも港の煩雑っぷりが分かるというものだった。
「まぁ、我が国はともかくバルカシアがバックについているんだ。今アスラニアを荒らし回っているというロードリアも、下手に手を出せないだろうよ」
「違いない。取り敢えず俺達はやるべき仕事を…」
そう会話を交わしていたその時、洋上がにわかに騒がしくなる。と通信士が報告を入れてきた。
「海軍より緊急電です!哨戒機が沖合にて複数の艦船を視認し、海軍が応対に向かったとの事です!市及び港湾管理局は港湾部付近の住民に対して避難準備を発令しました!」
・・・
カバラより沖合に30キロメートルの地点を、十数隻の艦隊が西へ進む。戦闘艦はどれもこれも、白い球体型のレドームをマスト頂部や煙突頂部に備え付けており、艦上構造物は多数の電子機器のアンテナやセンサーで飾られている。その中心、艦隊旗艦を務めるのは巡洋艦「ジュリアス・ローア」であった。
アミル・ベルタ級巡洋艦の二番艦たる「ジュリアス・ローア」は、艦暦20年を超える中堅で、長期的な航海に耐えうるべく大柄に設計された船体は、最新の電子機器や誘導兵器を装備する近代化改修を受けるに足る拡張性を持っていた。主砲の15.5センチ速射砲に、ギルティアの戦艦を一方的に撃破するべく開発された〈ミルグリム〉艦対艦ミサイル、戦闘機用ミサイルを転用して、主砲塔側面に取りつけた〈マレ・トネル〉近距離艦対空ミサイルなど、あらゆる敵に対して応戦できる戦闘能力を誇っていた。
「我が方の射程圏内まであと10分です」
「前方より複数の艦影接近を確認。恐らくパンドラの艦船です」
その「ジュリアス・ローア」の艦橋に、見張り員から報告の言葉が響く。第2艦隊司令官を務めるアルフォンス・ディ・バヌス中将は、艦橋司令部で最も高い位置にある司令官用の座席から、件の港湾都市の方角に視線を向けている。大柄な体躯を司令官専用に特注されたシートに沈め、二名の従卒に酌をさせているあたり、彼は指揮官というより王者としての風格を漂わせていた。
「ふむ…ギルティアの腑抜けどもめ、こんなところにまで逃げ込んでいたか。パンドラの港に逃げ込んでいれば、無事で済むとでも思っている様だな」
「如何いたしますか、提督」
艦長を務めるベルス大佐の問いに、バヌス提督は鼻で笑う。まるで当然の質問を投げかけられた様に。
「決まっている、全員処刑だ。全艦、ミサイルの照準を合わせろ。先ず接近してくる敵艦を撃沈した後、艦砲射撃で全て撃沈する」
「了解。全艦、戦闘配置!接近中の艦艇を敵対的な勢力とみなし、全て撃沈する!」
命令が下され、艦橋内がその緊迫感を増した。現在のロードリア海軍の主要艦艇は、指揮機構から火器管制、そして機関制御に至るまで、艦を指揮する上で重要なあらゆる部署が艦橋部に集中している。そこから得られた各種情報は全て艦の指揮官たる艦長一人に集約され、艦長の命令一下で適切な判断が為されるという構想に基づいている。
ただ、「ジュリアス・ローア」の場合は、艦隊の指揮はおろか艦そのものの指揮もバヌスの手許に握られており、艦長のベルスは実質上の副長に甘んじている。200年以上前の対ギルティア独立運動で活躍した私掠船団を前身とみなすロードリア海軍において、艦隊指揮官が乗艦を半ば私物化する傾向は何もこの艦だけではなく、他の艦隊でも大なり小なり見られたケースではあった。
「敵艦、横に広がりつつ距離を詰めています。我が方の進行を阻止するつもりの様です」
「愚かな。捕捉完了次第、攻撃開始せよ!一方的に捻り潰してしまえ!」
命令が下り、煙突頂部に設置されている
「敵艦、捕捉完了しました」
「うむ…攻撃開始!」
「〈ミルグリム〉、発射!」
バヌスとベルスの両方から命令が下り、スイッチが押される。発射筒のカバーが開かれ、レールが上向きに上がる。そしてブースターから白煙が噴き出し、レールを滑る様に2発のミサイルが飛び出した。
同様に、3隻の巡洋艦と4隻の駆逐艦からもミサイルが飛び出す。その数は14発。そしてそれはパンドラ海軍の巡洋艦も視認していた。
「あっ…目前の艦より、何かが飛んできます!」
「何だと?報告はもう少し具体的に―」
艦長はそう指示を出すが、その数十秒後。亜音速で飛んできた重量2500キログラムのミサイルは巡洋艦の中央部に命中。重量500キロの高性能炸薬を炸裂させた。その破壊力は一瞬で煙突とその周辺の機器を吹き飛ばし、艦内へ炎の爪を食い込ませる。
『だ、第一ボイラー室、連絡途絶!左舷にて浸水発生!副砲用弾薬庫付近にて火災発生!』
「な…なんだ、あの攻撃は!?」
艦長はどよめく。他方、僚艦として追随してきた3隻の駆逐艦と4隻の海防艦に至っては、回避行動をとる暇もなく被弾。一撃で船体をへし折られて海底へ叩き落とされていた。そうして瀕死の状態で漂う事を余儀なくされた巡洋艦を、2隻の巡洋艦が囲む。
「撃て」
命令一過、15.5センチ連装砲が吼える。自動装填装置の恩恵により毎分8発の速度で重量60キログラムの砲弾を投射できる主砲の猛攻は、僅か3分で敵巡洋艦を火だるまに変えた。
「さて、次は専制主義者どもの焼却処分とするか。攻撃開始せよ」
バヌスはそう命じながら、侍従に対して葡萄酒を自身のグラスに注がせた。
それは、もはや虐殺であった。大型客船や軍艦に対して情け容赦なくミサイルが放たれ、速射砲の弾幕は沿岸部の建築物をも破壊していく。上空にはパンドラ空軍の戦闘機が展開し、悪辣非道を重ねる敵艦隊に対して攻撃を仕掛けるも、レーダー管制式対空機関砲の正確無比な射撃を浴びて撃墜されていく。
悲劇は終わらなかった。艦隊には補給艦のみならず揚陸艦も付いてきており、相手は最初からカバラを武力で侵略するつもりでいたのだ。
斯くして、後に『カバラの虐殺』と呼ばれる事になる虐殺は、民間人に死者・行方不明者1万人を出し、艦船30隻超が撃沈させられるという損害を生み出す事となった。当然ながらこの戦闘は多くのバルカシア人を巻き込み、本国に大きな衝撃をもたらす事となる。
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