第3話 ペロポネソス半島事件

帝国暦451年4月1日 パンドラ大陸南西部海域


 『門』の字をした地形を持つパンドラ大陸の南西部、ペロポネソス半島沖合を1隻の軍艦が進む。


「今日は絶好の航海日和だ。そうは思わないかね、副長」


 軍艦の艦橋で、紺色の制服を身に纏う男はそう呟きながら、窓の外に広がる大海を見つめる。その感想は艦橋に詰める全員の有するところだった。


 駆逐艦「シュバルツシルト」はガリレイ級一等艦隊型水雷艦の8番艦であり、その外見は地球でいう旧日本海軍の陽炎型駆逐艦に似ている。だが武装は全く異なり、主砲として2基の12.7センチ連装砲、対空砲に37ミリ連装機関砲と20ミリ四連装機銃を2基ずつ、魚雷は53.3センチ四連装発射管を2基装備している。


 5年前にシュテリアで起きた世界大戦にて、40隻建造されたガリレイ級駆逐艦は艦隊決戦や通商航路の防衛に投入。半数以上を喪失しながらも大戦中期から後期にかけて活躍した歴戦の艦級である。うち「シュバルツシルト」は残存するガリレイ級の最古参で、戦中と戦後の近代化改修を経て、新型のレーダーとソナー、そしてレーダー連動式の37ミリ機関砲を装備するに至っていた。


 その中でも艦長のオラフ・グリム少佐は、戦中はいち乗組員として「シュバルツシルト」に乗っていたという経歴を持つ。故にこの艦の持つ『クセ』を深く理解しており、乗組員からの信頼も高かった。


『艦長、レーダーに反応あり。方位351、距離2万…大きさからして艦船である様です』


「む…取り舵10、接近せよ」


「アイサ―、取り舵10」


 今「シュバルツシルト」が遊弋する海域は、パンドラ王国軍に統制されている航路の外であり、付近に民間の船舶が通行しているとの連絡もない。最も近くにいる艦船はバルカシア海軍の護衛駆逐艦が2隻であり、いざとなれば応援として呼ぶ事が出来た。


 そうして進路を変えて20分が経ち、ついに視界に1隻の船が見えてくる。それは古臭い商船で、船体のところどころの汚れから、数十年も使い古されているのが分かった。グリムは双眼鏡でそれを見つめつつ、指示を出す。


「相手船に臨検を呼びかける。カッターの準備を―」


『っ、聴音より艦橋!方位003、距離1万3千に潜水艦の反応あり!』


 直後、聴音室からの報告に、グリム達に緊張が走る。その数分後、商船の側面に巨大な水柱が聳え立った。


「あっ、国籍不明船、被雷!炎上しています!」


「カッター準備中止!全艦戦闘配置に付け、対潜戦闘用意!近隣の味方艦に応援を要請!」


 グリムは手早く指示を飛ばし、急いで救命胴衣を羽織る。過去の大戦の経験から、戦闘中の死傷リスクを低下させるために、防弾チョッキの機能を有した救命胴衣とヘルメットを装備して行動する事が訓練で義務付けられた結果である。そしてグリムは双眼鏡を手にしつつ、聴音室へ指示を飛ばす。


「ソナー、探信音を飛ばせ!恐らくまだ近くにいる筈だ、直ぐに見つけ出せ!」


『りょ、了解!』


 「シュバルツシルト」は速力を15ノットに維持し、艦首底部に備え付けられたQGBアクティブソナーで海中を探し出す。先の大戦でのガリレイ級の撃沈理由の半分は、敵潜水艦との戦闘であった。そのため戦争を生き残った艦には対潜兵器を中心とした改修が行われ、「シュバルツシルト」には速力15ノットで2000メートル圏内の潜水艦を捕捉する事が出来るソナーと、SGW43・15.2センチ24連装対潜迫撃砲が装備されていた。


 と何度も探信音を発する事5分後、ついにスコープ上に反応が映し出される。


『国籍不明潜水艦、捕捉!距離1500、方位087に向けて速力10ノットで転身中!』


「よし…距離200に達したら網を投げ込め!」


 命令一過、「シュバルツシルト」は15ノットで海中の敵へ接近。主砲の背後にある24連装対潜迫撃砲より、一斉に小型爆雷が発射される。この対潜迫撃砲は、艦の前方に位置する敵潜水艦に初撃を与えるための遠距離攻撃手段であり、着水で安全装置が外れた24発は高速で沈降。1発が目標に命中して爆発すると、その衝撃波で連鎖的に爆発が発生するというものであった。


 そうして投射する事僅か十数秒。目前が白く泡立つ。そして重低音が響く。


「命中しました!攻撃諸元、爆雷投射班へ送ります!」


 爆発した深度はその衝撃の大きさと音で分かる。ソナーで情報を拾うと艦内通信で艦尾の爆雷投射班に伝え、爆雷の設定を行ってもらう。そして15ノットの速力で相手の真上に位置すると、投下を開始した。


「爆雷、投射!」


 横方面に向けて、重量152キロの爆雷が投射されていく。楕円形の本体に輪っかの形をした手すりを付けたWB43型爆雷は、従来のドラム缶型に比して水中沈降速度が速く、より素早く敵潜水艦を攻撃する事が可能となっていた。


 そうして数発を投げ込み、しばらく経って水柱が聳え立つこと数分。海面に黒い染みが浮かび上がっていく。そして爆発の残響が減っていく中で、聴音室から新たな報告が届く。


『海中より軋む音…圧壊音です。撃沈は確定しました』


「よし…カッターを出せ、被雷した船の救助に当たる。今回の事態、面倒ごとの予感しかしない。もしかしたら救助者から色々と知れるだろう」


 グリムはそう呟きつつ、炎上しながら沈みゆく商船に目を向けるのだった。

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