第12話 再会
民家を装った古着店。怪盗シリル御用達のその店で、セレーナたちは助っ人二人と合流する。
一人はリチャード。金髪のウィッグときつい香水をつけた、立派な筋肉をお持ちのオネエさんだ。
そして、もう一人は――、
「ダブ……? もしかして、もしかしなくても、ダブよね!?」
肩までの白いボブカットと、赤い瞳の少女。ひと月前との違いは、メイドのお仕着せではなく、ダボダボのシャツと、男物のパンツを身につけていることだけ。
セレーナから見えるところには怪我もなく、元気そうだ。
「セラちゃん、久しぶり」
「わあ! やっぱりダブだ! 元気だったのね、良かった。心配したんだから!」
「わっ」
セレーナは感激のあまり、ダブに思い切り抱きつく。ダブは一瞬ふらついたが、セレーナを受け止め、よしよしと頭を撫でた。
「心配かけてごめんね」
「そうよ、すごく心配したんだから。一体どこに行ってたの?」
「怪盗シリルのとこ。みんなでセラちゃんを助ける準備してた」
「まあ……!」
セレーナは、目を輝かせた。ダブが無事だったことに加え、彼女も自分を救うために色々動いてくれていたことを知り、喜びが湧き上がってくる。
「嬉しいわ! けど、家を出る前に一言ぐらい言ってくれれば」
「あの日も、いつも通り戻るつもりだったの。でも、黒くてでかくて悪いやつに追い回されて、怪我して、帰れなくなった」
「黒くてでかくて悪いやつ?」
「うん。あいつには何度もやられてる。しつこいんだ」
「そう……可哀想に、怖かったね。ダブが無事で、本当に良かった」
セレーナはもう一度ダブをギュッとすると、彼女から離れて、ジーンを睨んだ。
「それより、ジーン。あなた、ダブが無事だって知ってたんじゃないの? どうして今まで教えてくれなかったのよ」
「いや、まあ、物事には順序があるだろ? そもそも俺自身のことだって昨日ようやく……、って、そんな話は後だ、後」
「そうよぉ。状況はさっき聞いたけどぉ、どういう作戦で行くのん?」
「まずはそれぞれ着替えてからだ。リチャード、あんたはそのきっつい化粧と香水もちゃんと落とせよ」
「ええん!? 仕方ないわねぇん。それに、リッちゃんって呼んでっていつも――」
「ほい、あんたの服はこれ」
「扱いが雑よねぇん!?」
ジーンはリチャードの顔めがけて、ぼふんと衣装を投げた。
続いてセレーナとダブにもウィッグと衣装を渡し、奥で着替えてくるように指示する。
「船上は風が強いから、ウィッグはちゃんと固定しろよ」
「うん、わかった」
「セラちゃん、私がつけてあげる」
「だ、大丈夫。自分でできるよ」
ダブは自分では気づいていないようだが、非常に不器用なのだ。彼女に頼むぐらいなら、鏡を見ながらセレーナ自身でつけた方がいい。
「……二人とも、やっぱりウィッグは俺が固定してやる。着替え終わったらこっちの部屋に戻ってこい」
「ありがと、ジーン」
ジーンの気配りにより、ホラーな髪型に仕上がることは回避されたのであった。
*
プオオー、ポオオー……
汽笛の音が、晴れた空に響き渡る。
セレーナたち四人を含めて、合計二十人ほどの乗客を乗せた小型船は、カナールの街を定刻通りに出発した。
「怪しい集団はいなさそうだな」
「うん。ほとんどがお祭り帰りのカップルかご家族みたいね」
ジーンが言ったとおり、定期船に乗っている客は、ほとんどが一般人のようだった。一人で乗っている者もいるが、商人や旅人だろう。誰かを捜すようなそぶりを見せている者もいない。
一人だけ、周りから浮いている乗客がいた。顔が見えないほど深くフードを被っている青年だ。
だが、彼は他の乗客に近づこうとも、周りを見ようともせず、端の方で剣を抱えてじっと座っているだけ。
ただの、一人旅の青年だろう。見かけに反して、特に害はなさそうである。
「さっきのお店で、なんだかよくわからない道具とかもたくさん準備してたけど……杞憂だったみたいで、良かったわね」
「こういうことはな、慎重すぎるくらいでちょうどいいんだよ。何もなけりゃそれでいいんだ」
「そうだね。まあ、リッちゃんさんは災難だったかもしれないけど」
「はは、リッちゃんさんって何だよ。ややこしいな」
セレーナは、普段の旅姿のまま黒髪のウィッグをつけ、大ぶりのサングラスで顔を隠していた。
ジーンはもっと簡素で、茶髪のウィッグをつけただけ。瞳の色は、いつも通り、眼鏡で琥珀色に変えている。旅の初期と同じ姿だ。
一方、大きく変わっているのが、ダブとリチャードだ。
ダブはセレーナの地毛に近い、ストロベリーブロンドのウィッグをつけ、白いロングワンピースに着替えていた。つば広の帽子をかぶってサングラスをかけ、顔を隠している――セレーナに変装しているのだ。
リチャードは、化粧を落としウィッグを外し、白いセットアップを着て、思いっきり素顔をさらしていた。彼(?)本来の髪型は、スキンヘッド。本人は恥ずかしがっていたが、正直女装姿よりもしっくりきた。
「でも、ちゃんとカップルやれてるんじゃない?」
「そうか? どちらかというと、ありゃあカップルっていうより、お忍び旅行してる深窓の令嬢とボディーガードみたいな」
「う、そう言われたらそう見えてきた」
「なあ、それより――」
ジーンは、セレーナの肩を抱き寄せると、耳元に唇を近づけ、囁いた。
「――俺たちも、ちゃんとカップルに見えるようにしなきゃだぞ?」
「ななな何を言ってるんですかそして何をやってるんですかあなたは! 魔性なの!?」
「おいおい、逃げるなよ。俺たち、ラブラブのカップル、だろ?」
「~~~っ!」
セレーナは体をよじってジーンの腕から抜け出そうとしたが、がっしりと掴まれていて逃げられなかった。
「ほらほら、いい子にしてろよ、ハニー」
「……っ、もう……!」
セレーナは腕から抜け出すことを諦め、ジーンの胸に身をあずけることにした。ジーンは満足そうに微笑み、調子に乗ってセレーナの顎に手をかける。セレーナはその手をはたき落とし、顔を真っ赤にして小声で怒った。
――剣を抱えた青年の、フードの下。
セレーナとジーンの様子を見て、その紫色の瞳が身開かれたことには、誰も気がつかなかった。
*
そうして波に身を任せること、おおよそ二刻。
船は、定刻通りに船着場へと到着した。
乗客はみな、船を降りる準備を始めている。
セレーナとジーンも、リチャードとダブに続いて、下船の列に並ぶ。
フードの青年も、緩慢な動きで立ち上がると、列に並んでいるセレーナとジーンの真後ろに、静かに並んだ。
――このとき。
ジーンも、セレーナも、船が無事に停泊したことで、完全に気が緩んでいたのだ。
ジーンは「やっと着いた」と伸びをしながら、隣に立つセレーナに話しかける。
「さあて、船を降りたらメシでも行くかあ。セラ、何食べたい?」
「そうねえ……ジーンの食べたい物でいいよ」
「俺? 俺はセラが食べたい」
「ななな何を言ってるのあなたは! そんな甘い言葉ばっかりよくもまあ次から次へと出てくるわね!?」
「本気なんだけどなあ?」
ジーンはセレーナの腰に手を回すと、あろうことか、耳たぶをペロッと舐めた。
「ひゃいいい!? なにををを!?」
セレーナは真っ赤になって、耳を押さえる。それを見て、ジーンがおかしそうに笑い――、
「……っ! あぶないっ!」
突然、後ろに並んでいたフードの男の剣がギラリと光る。
剣は妖しい軌跡を描きながら、ジーンの胸元に吸い込まれようとしていた。
世界が、スローモーションになる。
セレーナは、渾身の力で、ジーンを突き飛ばしたのだった。
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