第3節 学園祭 開演! Ⅲ.
「ちょ、ちょっと待てよ!」
前を歩く大岩のような巨体の持ち主・鍋島村雲が立ち止まり、振り返る。
康峰はやっと追いついた。
膝に手を当てて呼吸を整える。
「げほっ、もう少しゆっくり歩け。お前は歩幅がでかすぎる」
「……教官の足が遅すぎるだけに見えるが」
どこか不満そうに村雲は呟いた。
数十分前、沙垣先達と別れた康峰はこの男を見つけた。
こいつは学園指折りの実力者だ。
で、康峰と一緒に回ることを承諾してくれた村雲だったが——
ろくに口も利かなければ、いまのように早足で先に行こうとしてしまう。
——もしかしてこいつを選んだのは間違いだったか?
早くもそんな気がし始めていた。
そもそもこいつとはそこまで喋ったことがない。元々寡黙な男だ。正直何を考えてるかイマイチ分からない。
と言うより、自分は嫌われてる気さえする。
特に嫌われることをした記憶もないが……
「それで、次はどこを見回りするんだ。教官」
「あっちに人気の店があるみたいだな。次はあそこに行ってみるか」
「了解した」
ロボットのように言って村雲は歩き出した。
康峰が指さした先には行列を作っている店がある。何とも空腹を刺激する匂いが漂って来ていた。
見ると『
店から出て行く客の手にはたこ焼き状のプレートが乗っていた。
店員の男は額に鉢巻をして客相手に元気な声を張り上げている。
見知った少年が足でメガホンを持って客を呼び掛けていた。
「おぅおぅおぅ見てるだけかこの野郎! この四方闇島名物を食わずに鴉羽学園初の学園祭を語れるとか思ってんじゃないだろうなァ? とっとと買ってけド畜生!」
「とても売り子の文句じゃないな……」
村雲と並ぶ学園きっての実力者・
どうやらこの店の客寄せを担当しているらしい。
康峰たちに気づくと、声をこっちに向けた。
「おぅ、キモガリ! と、鍋島もいるじゃねーか」
「もうちょっとマシな売り文句は言えないのか?」
「ぁあ? 何か問題あるか? 俺が参考に見せてもらった映像の《学園祭》はこんな具合だったぜ」
一体どんな参考を見たんだ、と思いながらも様子を見る。
意外と売り上げはいいようだ。話してる間にも『○○焼き』には行列ができ、レジ係は忙しく右往左往している。
まぁこの食欲をそそる匂いだけでも、買ってみたくなるのは頷ける。特にこういう祭りの場では。
「ま、固えこと言わずにいっちょ食って行けよ。特別に行列に並ばずにひと箱くれてやらぁ」
「そうか? それじゃあ遠慮なく」
「いいのか、教官?」
「馬鹿。俺たちはちゃんと店が不純なものを販売してないかをチェックする役割もあるんだ。こうして店のものを食べるのもけして小腹が空いたからじゃ、あっ、あつっ」
言いながら康峰は竜巻から出来上がりをひとつ抓んだ。
口のなかで湯気を浮かべるそれは確かに美味い。
「うん、だがこれは美味いな。どうやら人気が出るのも納得らしい」
そう言いながら康峰は『○○焼き』の看板を爪楊枝で差した。
「ところであれは何だ? たこ焼きならそう看板に書けばいいだろ」
「そいつはタコじゃねえ」
そう言われてみると確かに少し感触が違う。
康峰に続いてひとつ抓もうとした村雲の手が止まる。
「……何か脚みたいなのが見えるぞ」
「おっ、鍋島のはアタリだな」
「アタリとかハズレとかあるのか?」
「まぁいろんな種類を入れてるからな。それにアタリハズレがあるほうが面白ぇじゃねぇか!」
「ちょ、ちょっと待て」
康峰は思わず口に入れたものを吐き出し掛けて言った。
「馬更……お前、具に何を入れたんだ?」
「そいつは訊かないほうが身のためだぜ」
「いや怖すぎるだろ! 言え! お前は何を売ってるんだ?」
参ったように足で器用に頭を掻きながら竜巻は言う。
「あ~~まぁ、確かに新しい会長に頼めば何でも用意はしてくれるが、それじゃ原価が掛かっちまう。けど幸いこの島にはそれなりにいろいろいるからよ」
「ごほっ、げほぉっ」
「教官!」
「ま慌てんなよ。俺が食って腹壊したモンは入れてねーから」
「こ、こいつ……」
どうやら康峰が喰わされたのは島の虫だか小動物だからしい。
「営業停止だ! 営業停止!」
康峰は怒鳴った。
「なにぃ? てめ俺の店にイチャモンつける気かァ⁉」
「こんなもん続けてたらいずれクレームが殺到するぞ。まだ傷の浅いうちに店を畳め」
「畳めと言われてハイそうですかと引けるかよ。おいお前ら! こちらのお客サマがうちの店に文句あるらしいぜ!」
竜巻が言うと店員の男たちが顔を向けた。
ごつい体型の生徒たちがじりじりと集まってくる。
が、康峰の隣に立ちはだかる村雲を見て足を止めた。
「ふん、悪いがこういう事態は織り込み済みだ。そのための鍋島だ」
「ンだよ鍋島ァ、お前もそっちに付くってのか?」
竜巻はぎょろっと村雲を睨んだ。
「まぁ、そういう約束だからな」
村雲が少々気が進まない様子で、しかし首の骨を鳴らした。
「……ちっ、分かった分かった。ここはおとなしく引いてやるぜ。折角の祭りをてめぇの血で汚したんじゃ寝覚めが悪ぃしな」
竜巻は渋々立ち上がり「お前ら、店じまいだ!」と呼び掛けた。
店員の生徒も並んでいた客も不満そうに顔を顰めたが、強引な勢いで店を閉じる。
それを見届けて康峰は胸を撫で下ろす。
得体の知れない何かを胃袋に入れてしまったことに若干の不安はあるが、とりあえず事態の悪化は防げた。
「……次に行くぞ、鍋島」
「ああ」
「そっちも人気みたいだな」
康峰が顎をしゃくった先にはまた別の行列が出来ていた。
近づく前から焼き鳥の食欲をそそる香りが漂って来ていた。店から出て行く客、店員の女性の景気のいい声もまるで本物の居酒屋か何かのようだ。
看板には『烏貴族』とある。
「まさかとは思うが、ここも島で採れた鳥を使ったりしてないだろうな……」
康峰は言いながら暖簾を潜る。
「ぶっ」
店に踏み込んだ途端、すぐ噴き出した。
「いらっしゃぁ~……あっ、センセーだぁっ」
水着同然の恰好をした
と言うか、水着のうえにパーカーのようなものを羽織っているだけでほぼ水着だ。むしろ水着でいるより卑猥ですらある。
年齢の割にたわわな夢猫の胸の谷間にはうっすら汗まで浮かんでいるようだった。
慌てて周囲を見ても、他の女子店員も同じような格好をしている。なかには夢猫より際どい恰好で皿やグラスを運んでいる者もいた。
「来てくれたのぉ? うれしー」
「い、いや俺はあくまで巡回……」
「まーとにかく何か注文していってよ。あっ、鍋島君もぉ。二名様ごあんな~~い」
「む、む、む」
案の定村雲は言葉が出なくなっている。さっき竜巻に向かった勢いは見る影もない。
「おい早颪、学園祭はキャバクラじゃないんだぞ」
「何のこと~? 暑いから脱いでるだけだけどぉ」
確かに提供しているのは焼き鳥だ。
だが客——主に男たちの視線は目の前の鶏肉より店員の肢体の肉に目を乾かせている。
どんどん増えている客も大方そっちが目当てだろう。
「道理で人気なわけだよ……」
康峰は内心頭を抱えた。
「おい、こんな店は駄目だ、駄目駄目。いますぐ制服なり何なりに着替えろ。でなきゃ営業停止だ」
「んーなカタいこと言わないでよぉ」
夢猫が腕に絡んでくる。
柔らかい感触が否応なく腕に当たった。
「せっかくのお祭りなんだしぃ。ちょっとくらいハメ外してもいいじゃん、ね、センセー?」
「ちょっとくらいってお前……」
「鍋島君もそう思うでしょ?」
「あ、いや、俺は」
「そこはちゃんと否定しろよ」
「違うぞ、教官! 俺は別に特にそのむむむ」
はぁっと溜息を吐く。
確かに夢猫の言うことも一理ある。今日くらいは少しくらい目を瞑ってやるのが生徒のためかもしれない。
——これじゃまるで教師だな。
いや、そういえば元教師だった。
「分かった分かった。まぁこのくらいは見逃すとするが、くれぐれも妙なことはするなよ」
「妙なことってぇ?」
夢猫が腕に抱き着いたまま言った。
益々柔らかいものが押し付けられる。
「……そういうことだ」
「おっと」
店から出て行く男子生徒がぶつかりそうになった。生徒はへらへら笑いながら赤くなった顔で友達と談笑しながら出て行く。
康峰はその後ろ姿をじっと見た。
「……いまの生徒、やけに顔が赤かったな」
「ん、今日暑いしねー」
「足元もふらついてた」
「そう? 疲れてるんじゃない?」
「まさかと思うがこの店、アルコールは販売してないよな?」
康峰は夢猫に向き直った。
少女は目を逸らす。
「気のせーじゃない?」
「……おい、あそこの飲み物を持ってこい!」
「やーん助けてー、このお客さんあたしに乱暴するぅ~~」
夢猫が身をくねらせて言うと、屈強な体つきの男子生徒がバックヤードから出てきた。
康峰を取り押さえようとする。
「くそっ——鍋島、確かめろ!」
男たちの手を易々振り切って、村雲が女子店員の運ぼうとしているグラス、もといジョッキを手に取った。
鼻に近付け、眉を顰めた。
「……ビールだな」
「え~ウソ。かなり薄めてるはずだよ」
「薄めてるって、お前いま認めたな?」
「ねぇねセンセー、見逃してよぉ。お礼にタダで一杯飲ませたげるから。サービスもするよ?」
再び康峰にすり寄ってくる夢猫。
羨ましそうに見てくる男子生徒(村雲も)。
確かに『サービス』とやらは気になる。指導員として調べる必要が——じゃなくて。
腕を振り払って、康峰は声を張り上げた。
「ええい、駄目だ駄目だ! 営業停止! この店もいますぐ営業停止にしろ!」
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