第1節 学園祭 開演! Ⅰ.
「ほわぁ~~~……」
学園祭開始から数十分後。
——ホントにここは
島の外まで届きそうな花火を開会の合図に。
テレビでしか見たことのないような人混み。
校門を潜った先には、風船や垂れ幕で飾りつけされた校舎、中庭から校庭にかけて立ち並ぶ屋台が出迎える。
店は校舎内の各教室でもやってる。
タコ焼き、クレープ、射的、金魚すくい——あと何だかよく分からないものも。
とにかく賑やかなそんな店の売り子は生徒が務めていた。
慣れない手つきで代金を計算する者もいれば、早くも声を張り上げて客を呼ぶ者もいる。
「……すっげぇ!」
魂は島で生まれ育った。
生まれて八年、ほとんど島から出たこともない。
ぼさぼさな髪の頭にいまにもずり落ちそうゴーグル乗せている。猫工場で「カッコいいから」と拾ったものだ。多分誰かが
魂にとって猫工場は数少ない遊び場だった。なのに最近、《研究所》とやらに改造されてしまった。魂は遊び場をまたひとつ失った。
島の子供はどんどん島を離れる。
遊ぶ場所も遊び相手もなくなる。
だから——この《学園祭》とやらは楽しみだった。
「ま、待ってよぉ魂君」
少年に遅れてぽてぽてと女の子が走ってきた。
こけないのが不思議な足取りでひぃひぃ言ってる。
でかい人形を両手で抱え、長い髪を揺らしたこの子は
「お前がおせーだけだし。そんな人形持ってきて、ガキかよ」
「そんなぁ、魂君が無理やり連れてきたくせにぃ」
「あーあ。なんでお前みたいな女しか連れてくる奴がいないんだよ」
魂は唇を尖らせる。
珠萌は魂よりひとつ年下だ。
何かと大人から「数少ない島の友達なんだから面倒見てやるように」と言われるのが鬱陶しい。
——なんで俺がこんなトロくて弱い女を……
大人の考えることはまるで分からない。
「魂君、遊んでていいの? お爺ちゃんに言われた家のお仕事、終わってないんでしょ」
「あんなのやってられねーし。児童虐待だ」
「またお爺ちゃんに怒られちゃうよぅ」
「ま、そんときはお前も共犯だな」
「そんなぁ」
「大丈夫だって! すぐ帰ったらばれねーし」
魂は珠萌の手を引いて走り出す。「とにかくいろいろ見て回ろうぜ、ほら!」
仕方なく少女もそれを追いかけた。
祭りはまだ始まったばかりだ。
***
「よう、来たぞ」
鴉羽学園北校舎一階。
『運営控室』と貼り紙のある教室に
なかでは数人の生徒が忙しげに歩き回っている。無線で連絡を取っている者もいる。
とはいえ学園祭が始まってまだ数十分も経たない。
いまのところ特にトラブルもなさそうだ。
「あっ、先生。今日は指導員だっけ?」
「ああ。もう先生でもないけどな」
生徒に声を掛けられ、康峰は答えながら『指導員』と書かれた腕章を嵌めた。
ちらりと部屋の奥を見る。
そこでは賑やか華やかな学園祭の真っ最中に似つかわしくない、男ふたりが机を挟んで向き合う景色があった。その一角だけモノクロかというくらい空気が重い。
片方は
もう片方の男子は生徒会らしい。
どうやら昨日の
先達の顔はこんな晴れの日だというのにお通夜みたいに沈んでいる。可哀相に。
「そんじゃあ指導員、頼みます」
「ろくでもない店があったら手厳しく取り締まっていいんだよな?」
「ええ。ちゃんと生徒会長のお墨付きです」
生徒と話しながら、康峰はふと言った。
「ところで俺ひとりじゃ何かあったときどうにもできない。腕の立つのがひとりいると助かるんだが」
「あー、じゃ誰か手の空いてるのを……」
「あいつでもいいだろ?」
康峰は先達を指さして言った。
「顔見知りなんだ。何かとやりやすい」
「え? でもあの極悪重罪人には反省文の刑が……」
「誰も読まないような作文書かせて何になる。それより俺がこき使ってやるよ。そのほうが余程いい罰になるだろ?」
「ありがとうございます、先生。そろそろ頭がおかしくなりそうでしたよ」
廊下に出ながら先達が頭を下げる。
早くも少し血色を取り戻していた。
「まぁな。流石に反省文一万文字はきついだろ」
「ええ。四千文字から先がなかなか進まなくて」
「むしろよくそれだけ書けたな……」
そう言いながら廊下を歩き出した。
まるでお祭りの屋台のような、或いは大売り出しのバーゲンのような、そんな活気と熱気が廊下と教室に充満している。
一般客らしい人影も徐々に増えだしていた。
まだぎこちないところもあるが、一時間もするうちに空気も出来上がるだろう。
生徒たちがこれだけ学園祭にやる気なのは勿論、生徒会長がエサにぶら下げた島外一週間外出権の効果だろう。生徒にとっていかにそれが規格外のチャンスなのかが伺える。
尤もそれだけとは思えない。
元来化物との戦いの訓練や警備が日常の息苦しい場所だ。こういう息抜きが彼らには足りてなかったのだろう。
そうでなくても、彼ら年頃の子供からすればこういう催しは気が昂るもので不思議はない。
学園祭の勝敗は売り上げの他、集客数、それに後日開かれる全校生徒投票で決められる。
単純に売り上げだけの勝負にしては「企画の幅が狭くなるから」だと言う。新生生徒会もいろいろ考えているらしい。
ついでに言うと、喧嘩を起こしたり怪我人を出したりするとレッドカードが出て強制的に営業停止となる。そうでもしないとこの学園ではたちまち喧嘩の嵐が吹き荒れてしまうことは想像に難くない。
そして康峰ら指導員の役割は、アウトになるような店がないかを未然にチェックして回ることでもある。
「よし、もういいぞ」
「え?」
しばらく歩いたところで康峰は先達に言った。
「
「そ、そんなことは……」
「バレバレだよ。くれぐれもさっきの連中には見つからないようにな」
「でも指導員の仕事は? 先生ひとりじゃ無理でしょ?」
「ま、何とかするよ。いいから行けって」
「……ありがとうございます、先生!」
少し迷うような顔をしたが、先達はやがて大きく頭を下げた。
そうして踵を返したそのとき——
「そ~~うは行かんぞ、沙垣先達!」
急に背後から掛かった声。
先達とふたりで振り返る。
眼鏡を掛け、生徒会のケープを着た細身の少年が立ちはだかっている。
確か生徒会の一員、
「ふはは、そんなことだろうと思って見ていて正解だったよ。ズルは戴けませんねぇ、先生?」
「コソコソ後をつけたうえに盗み聞きしてた奴の言う科白か」
「ともかく彼には反省文に戻ってもらいます。いいですね?」
先達が助けを求めるように康峰を見てきた。
康峰は頭を掻く。
流石に「なんちゃって♪」は通用しそうにない。かと言って他に先達を逃がしてやるいい口実も浮かばなかった。
「……漢字はなるべく平仮名で書け」
「要りませんよ、そんな作文アドバイス!」
「ふはは、さぁ来い沙垣先達! 一万文字みっちり書き終えるまで俺が見張ってやる!」
「ほ、他にやることないんですか?」
「ない! 少なくともいまのところはな!」
漆九条に首根っこを掴まれて、先達は連行されてしまった。
康峰はしばらくその憐れな背中を見送ったが。
——まぁ、自業自得か……
諦めよう。
とは言え、一緒に回ってくれる生徒がいないと困る。
どうしたもんかと思っていると、見知った顔が廊下を横切るのが見えた。
「あれは……」
やや躊躇しつつも、一応声を掛けに近付いた。
***
「さて、と」
荻納衿狭は沙垣先達が反省文を書かされているのを確認すると、静かにその場を離れた。
先達には可哀相だが、このほうが都合いい。
これから自分がやることを考えれば……
「あっ、ごめん!」
後ろから走ってきた子供とぶつかる。
少年は慌てて頭を下げ、走って行った。
それに遅れて走ってるんだか歩いてるんだか分からない少女も横を通り抜ける。
きっと島の住民だろう。
どうやらもう学園祭には結構な数の外部の人間が混じってるらしい。
去っていく子供たちの背中をしばらく見る。
「……まぁ、まだ焦らなくていっか」
ぽつりと呟いた。
まだ祭りは始まったばかりだ。
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