第16節 前夜
トラツグミが鳴いている。
夜の漆黒を一層濃くするような
夜闇に落ちた
奇妙と言うのは明日の学園祭に向け、入場門や出店があれこれ飾り付けされた状態で放置されているからだ。
賑やかで華々しい装飾はかえって深夜の遊園地のような不気味さを演出していた。
そんな校舎から少し離れた一角。
「……いよいよ明日だな」
十数人の男女が集まっていた。
明かりはない。隣同士の顔も碌に見えない。
だが仮に見えたとしても、ローブを身に纏う彼らは互いの正体を知ることはできなかっただろう。
彼ら自身、それを知らなかったし、知ろうともしなかった。
それがこの集まりに参加する条件でもあった。
「何が学園祭だ。一週間の外出権だ」
代表らしい男が憎らしげに言う。
「俺たちはそんな餌で懐柔されない。自由はこの手で勝ち取る。躊躇うな。たじろぐな。間違ってるのはこの学園だ。俺たちは正しい」
男の怒気がローブの群れにも伝播する。
闇のなかで静かな熱気がその場を覆った。
「いいか、明日だ。俺たちは
誰かが吠えるように応える。
ほとんどの者は静かに、しかし代表と同じように燃える瞳で頷いた。
それを見て代表の男も満足げに頷いた。
そんな彼らから少し離れて——
嘲笑に頬を吊り上げて、静かにその場を離れた何者かの影がいることを彼らは知らなかった。
***
同時刻。学園内の某所。
ここにも薄暗闇のなか佇む三人の少女がいた。
但し一面の闇ではない。無窮の海に浮かぶ小舟のような蝋燭が彼女らの横顔を仄かに照らしていた。
「準備は宜しくて?」
「……うん。何も問題ない」
枢は鷹揚に
その目を今度は
玄音はいつものように水晶の髑髏を弄びつつ、笑みを湛えている。
「楽しみだね、くるるん、クーちゃん。明日はきっと一生の思い出に残る一日になるよ♪」
「ふふ。そうですわね。わたくしもいまから胸が高鳴って仕方ありませんわ。ですがくれぐれも用心なさってください。……特に、この子たち《・・・・・》の扱いには」
蝋燭の炎が揺れる。
その場にいたのは三人だけではなかった。
むしろ十数人——或いはそれ以上の群衆が、眠っているかのような沈黙のなか立ち並んでいる。
2メートルを超す巨体もあれば、腕が四本ある者もいる。
どれもその表情は仮面に覆われて見えない。
異形の群れは夜の海のように静かだった。
「では、また明日。……おやすみなさい」
枢がふっと息を拭いて灯火を消した。
一切の闇がその場に降りる。
そんな彼女たちから離れた物陰。
《狐》はそれを見届けて。
音もなく踵を返し、森のなかへ消えて行った。
***
翌朝。
賽の浦の浜辺を眩しい朝日が照らしている。ひとつひとつの石に鮮やかな陰影が描かれるようだった。
じきに暑くなる日差しもまだおとなしい。
「決まり、ですわね」
浜辺に佇む少女が口を開いた。
顔の左側を仮面で覆っている。
元生徒会長の
右目で、後ろから歩いてきた少女を見た。
眼帯に隠れていない左目で舞鳳鷺を見据える。
ふたりはしばらく浜辺で視線を交わした。
細波が砂浜に手を伸ばしては引いて行く。
「……とにかく勘違いはしないでほしいんだけど。これは借りがあるとかないとかそういう話じゃない。私たちの関係も関係ない」
衿狭は言う。
「ただ、お互い目的を達成するのに都合がいい——だから一時的に協力する。今日だけ手を貸す。それだけだよ」
「結構ですわ」
舞鳳鷺は頷いた。
「わたくしは豊原紫紺藤花小路枢を蹴落とし生徒会長の座に返り咲く。貴方は邪魔者の我捨道玄音を排除する。……お互い動機も目的も別ですが、どちらもひとりで成し遂げるのは困難。しかしわたくしたちが手を結ぶことなど彼女たちは露ほども頭にないでしょう」
そう言った舞鳳鷺は不敵に唇を歪めた。
「そこに必ず『隙』が生ずる」
衿狭は黙っていた。
肯定も否定もしない。
だが舞鳳鷺の考えは鏡で映したように衿狭のそれと同じだった。打合せしたわけでもないのに。
気味は悪いが、いまはそれに乗るしかなかった。
『邪魔者』を排除するには——
「大丈夫。わたくしたちが手を組めば必ずうまくいきますわ」
衿狭の沈黙をどう受け取ったか、舞鳳鷺は両手を広げてそう言った。
衿狭は朝日に視線を移す。
何だか得体の知れない胸騒ぎがする。
今日は決して普通の一日にならない。
——それでも。
死神の思い通りにはさせない。
もうこれ以上。
絶対に。
「さぁ、行きましょうか」
舞鳳鷺が言った。
遠く雑木林で蝉が合唱を始める。
夏の日差しが照明のように浜辺を、四方闇島を照らし始めた。
こうして——
鴉羽学園の記念すべき第一回学園祭が、幕を開けた。
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