第14節 前日 Ⅳ.
「生徒会だ! この部屋にシャドー・クローネが連れ去られたという目撃情報がある! 扉を開けろ!」
その声が扉を叩いたとき、沙垣先達らは顔を見合わせた。
「どうしましょう。ここに
「自業自得じゃない?」
「ち、違うんだよ
「ふぅん。ま、何でもいいけど」
そっぽを向いた荻納衿狭が冷たく言い放った。
こういうところ、相変わらず猫みたいだ。
「あはっ。エリちゃん怖ぁい♪」
当事者の我捨道玄音がけらけら笑う。
「……あのね」
「おい、早く扉を開けろ!」
鉄扉の向こうの怒声に、衿狭は出し掛けた言葉を引っ込めた。
「……外は囲まれてるみたいだな」
カーテンの隙間から外を覗いた
どうやらこっそり玄音を外に逃がすのも難しいらしい。せめて彼らの注意を惹き付けないと。
「まぁ、なぜ我捨道玄音がここにいるかは一旦置いといて……確かに彼女がここにいると外の連中に知られると厄介かもな」
本心はただ自分が面倒に巻き込まれたくないだけだが。
一応、重々しく言ってみた。
「え、ええ。流石先生。そうなんです」
「ともかく我捨道玄音はクローゼットにでも隠れてろ。何とかできるか分からないが、俺が何とかしてみる」
「本当ですか?」
「ああ。心当たりがある」
そう言って無線を取り出した。
「もしもし。いるか、灰泥? ……新橋はいるか? いたら代わってくれ。ちょっと頼みたいことがある」
無線を切った康峰は先達たちに言った。
「よし、話は済んだぞ。あとは機会を見計らって我捨道を窓から逃がす。それまでなるべく時間を稼げ」
「何だか楽しそー♪ わくわく♪」
玄音は楽しそうに言いながらクローゼットに入った。
扉の外はもう限界だ。いつ蹴破られてもおかしくない剣幕が扉の向こうから聞こえていた。
先達がその扉に手を掛け、鍵を開ける。
「お、お待たせしました」
***
「
その声にその場にいた全員の視線が窓の外に向く。
更に禍鵺——実際は
まるで舞台のスモークのようだ。禍鵺が現れる際に出る霧に似ている。
その霧で視界が一瞬ホワイトアウトした。
——いまだ。
康峰は目配せした。
それを見て先達がクローゼットの扉を開ける。
なかから我捨道玄音が現れ、外に飛び出そうとした。
「伏せろ!」
だが予想外のことが起こった。
紗綺が咄嗟に飛び出し、擬禍鵺に手刀を食らわせた。いつの間にかその体はうねるような赤い炎に纏われている。
《冥浄力》発動の証だ。
——まずい。
「ぐぅっ……!」
冥浄力は禍鵺に対してのみ特効戦力を発揮する特殊な能力。
逆に禍鵺以外の相手、人間や動物に食らわせようとすると激しい《反動》が起こり、自分が地面に叩きつけられたようにしばらく動けなくなる。
相手はどんなに禍鵺に似ていても擬禍鵺。
当然紗綺は《反動》を起こしてその場に崩れた。
「会長⁉」
紗綺に続いて擬禍鵺に特攻しようとしていた鍋島村雲、馬更竜巻が慌てて急停止する。
紗綺の攻撃で霧が霧散した。
慌てて玄音が再びクローゼットのなかに戻る。
衿狭が素早く扉を閉じた。
みんな紗綺と擬禍鵺に気を取られ一瞬姿を見せたアイドルには気付かなかったらしい。
「おい、どういうこった? ありゃクソ禍鵺じゃねーのか⁉」
「いや、よく見ろ……何か様子が変だぞ」
竜巻と村雲が話しながら紗綺を助け起こす。
擬禍鵺は相変わらずそこに突っ立っていた。
「すみません。驚かせちゃって」
その後ろからからからと車輪の音を立てて少女が現れた。いつものようにモビリティに乗っている。
擬禍鵺の制作者、天才少女の新橋久雨だった。
その背後から護衛みたいに仮面の男——
あと
「これは僕が禍鵺に似せて作ったロボット、擬禍鵺です。明日のお披露目まで隠しておくつもりだったけど、試しに皆さんに見せたくなって……ごめんなさい」
『あんた、擬禍鵺っての作ってただろ。あのニセ禍鵺が現れればみんな驚いて逃げる。その隙に我捨道を逃がしたいんだ。協力してくれないか?』
康峰が煉真を通じて久雨に頼んだのはそういう内容だった。
もう一歩でその目論見通り行くところだったのに……
紗綺や村雲たちの勇猛さを失念していた。あいつらは禍鵺を見たら真っ先に臨戦態勢に入る。
それを忘れていた。
——せめて紗綺には事情を話しておくべきだったか……
まぁそんな時間もなかったが。
ともかく作戦は失敗した。
助けを求めるような目で見てくる先達に黙って首を左右に振った。
先達が益々絶望的な顔になる。
だがどうしようもない。彼には袋叩きになってもらおう。
化物がニセモノだと分かって生徒会の面々はほっと緊張を解いた。
そうすると擬禍鵺とやらに興味が沸いたようで、その周囲に集まる。
「ほぉー、ニセ禍鵺か。よく出来てんな。俺でも一瞬肝を冷やしたぜ。なぁ鍋島!」
竜巻が村雲に言う。
「あ、ああ。よく出来ている」
「ありがとうございます。そう言われると僕も嬉しい」
「む、む、む」
久雨に柔らかな笑みを向けられ、村雲がぎこちない動きと声を返す。擬禍鵺に負けないロボットばりの反応だ。
「ほーん。で、お前は何だぁ? 妙な仮面付けてねぇで挨拶しろよ。それともてめぇもよくできたロボットか?」
竜巻が仮面を被ったまま黙っている煉真を軽く蹴った。
反射的に煉真が蹴り返した。
「ッ痛ぇなこの野郎! 上等じゃねぇかオイ!」
今度はさっき以上の勢いで竜巻が再び煉真を蹴った。
煉真が身を躱すも、掠った勢いで仮面が外れ地面に落ちる。
ぎろり、と煉真が竜巻を、次いでその場にいた面々を睨む。
「……なにジロジロ見てんだ? ぁあ?」
「は——灰泥煉真だ!」
「人殺しの灰泥煉真がいるぞ!」
「殺人バットだぁ!」
一拍置いてそんな悲鳴が飛び交った。
擬禍鵺が現れたときと同じかそれ以上に生徒が浮足立ち、早くも逃げ出そうとする者までいる。
だが竜巻は踏み込んだ。
「誰かと思えばてめぇか! よくノコノコと学園に現れやがったじゃねぇか灰泥!」
「誰のせいで正体がバレたと思ってんだクソ先輩。おとなしく黙ってるつもりだったのによぉ、台無しだろうが!」
煉真が竜巻に殴りかかった。
竜巻が足を蹴り出してその拳を躱す。
——たちまちふたりの喧嘩に部屋がもみくちゃになった。
村雲も煉真を取り押さえようと飛び出す。
こうなっては収拾がつかない。
久雨も呆気に取られて様子を見ている。
遊鳥は早くもちゃっかり一番安全そうな位置に身を隠していた。
「沙垣君!」
衿狭の声にはっとして先達が目を上げると、彼女がクローゼットを開けていた。玄音が顔を出しているが誰も見ていない。
チャンスだ。
「荻納さん……」
「私が送るから」
小声で短くふたりは言葉を交わす。
反射的に先達は頷いた。
衿狭に庇われて窓から出る間際、玄音が一瞬顔を上げて先達を見た。
「またね、先達君♪」
片目をつぶって小さく手を振る。
「あ、え……」
先達はうまく言葉を返せずにいた。
だが一瞬でまた顔を隠し、玄音は衿狭と一緒に外へ出てしまった。呆けた先達の横顔を衿狭がちらりと見たのにも気付かなかった。
そうしてふたりは秘かに裏手の森のほうへ消えて行った。
数十分後——
「……酷い有様だな」
先達の部屋は嵐が通ったあとのように、むちゃくちゃだった。
ほとんどは煉真と竜巻・村雲が格闘した所為だが。肝心の彼らは煉真が逃げたので後を追って消えてしまった。生徒会の面々もそのあとに続いた。
いつの間にかさっきまでいた衿狭が消えているが——
それに誰も気付かないのか、気付いててツッコむ気力を失ったか。大体は呆然としている。
あとに残されたのは康峰ほか先達、久雨、遊鳥、生徒会の数人。そして《反動》からやっと解放されて立ち上がった紗綺くらいだ。
「これ、僕が片付けるんですかね……」
「ま、災難としか言いようがないな」
康峰は気休めにもならないことを言った。
先達はそれ以上何も言わず、水浸しになった床を拭き始める。
「私も手伝おう」
紗綺が言った。
残っていた生徒会の数人も先達に同情心が沸いたか、片付けを手伝ってくれる。
「すいません、助かります……」
先達は力なく頭を下げた。
まぁ、何であれ玄音を逃がすのには成功した。
それだけでもよしとするしかないか。
——そういえば俺何しに来たんだっけ……
康峰も何だかよく分からなくなってしまった。まぁいいか。
「何ですか、それ?」
ふと、久雨が床を指さして言う。
洗面所の前に散乱するごみに混ざってひと際目立つ女物のパンツが転がっている。
さっき騒動のきっかけを作った玄音の置き土産(多分)だ。
「あ! あぁ、えっと……か、会長?」
先達が慌てて助けを求めるように紗綺を見た。
「ああ、分かっている」
紗綺がそのパンツを拾い上げ、握り締める。
そしてその場にいる全員によく通る声で宣言した。
「この下着は私が責任を持って我捨道玄音に返す。任してくれ」
——その後室内から女物のヘアピンなどが押収されたことにより、玄音がここにいた疑いが再び濃厚となる。
執拗な拷問、いや尋問によりとうとう先達が罪を認めた。
沙垣先達はアイドルに手を出した重罪により、学園祭中に反省文一万文字の刑が下されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます