第5話 地雷系女子を探せ
店に戻ると、扉の前にはオープンの札がかかっていた。茶封筒を隠しながら店に入り、一度事務所に戻って茶封筒をデスクの鍵付き引き出しに収納する。それからまた店に戻って、首をパキポキと鳴らした。
「せっかく休みにしたのに開けたの?」
「どうせ客少ないんですし、開けとかないとですよ」
「まあ、こっちのほうが収入源だからねえ」
コートを掛けてカウンターに戻り、目の前でシーシャを吸ってむせている美沙の背中を擦りながら、鈴は右の口角を吊り上げた。
「情報取ってきたよ」
鈴は持ち帰った情報を唯鈴と美沙に伝えた。情報源に関しては、聞き込み調査だとかなんとか適当に誤魔化しながら。話を聞き終えた唯鈴と美沙は揃って腕を組み、首をひねる。その様子を見ながら鈴はコーヒーを淹れ、「その地雷系女子が容疑者だね」とサラッと言った。
「十中八九そうでしょうね」
「地雷系……身に覚えないんですよね」
「よし、私の推理をひとつ聞かせよう」
鈴が淹れたてのコーヒーをカップに入れて、得意げに鼻を鳴らす。そうしてカップを持ち、左手人差し指を立てた。
「片思いだね、こりゃ」
「片思い?」
「そうそう、地雷系女子が小倉くんに片思いをしていた。その子はネットストーカー紛いなことをして、君のことを好き好き言ってるのを見たんだよ」
唯鈴はその推理を聞きはじめる前と同じように顔をしかめて、腕を組んでいた。鈴はそんなことはお構いなしに、気持ちよさそうに推理の披露を続ける。
「許せない! とネットストーカー技術を発揮して何らかの手段で君を特定し、小倉くんを呼びつけて落ち着いた場所で話がしたいとか言って誘い出し、そのままどこかに監禁しているって推理さ」
(我ながら完璧な推理だ)
鈴はニヤニヤとしながら、コーヒーを啜る。苦みに顔をしかめたが、唯鈴は角砂糖を勧めてこなかった。
「どうしたんだ? 私の完璧な推理に敬服しているのかな?」
「……いや違いますよ、相変わらずのふわふわ推理だなあと思ってたんです」
「確かに地雷系ファッションは、彼好きそうですけど」
鈴は唇をキュッと結んで、コーヒーカップを置く。カチャン、という高い音が店内に響いた。
「じゃあ案外、同業者の犯行だったりしてな! リスナー取られて粘着とかよくあるって聞くしね!」
「……なるほど」
唯鈴が何かをひらめいたかのように、ノートパソコンを操作し始めた。鈴は肩を竦めてまたコーヒーカップを手に取り、唯鈴の隣に座り、自分で角砂糖を六つ入れる。唯鈴は小倉のたぬぽんたアカウントの投稿をじっくりと見ているようだった。ちらりと目に入った日付を見るに、美沙が配信をはじめるより前の投稿を漁っているらしい。
しばらく、メトロノームのように均一な音が刻まれるのを聴きながら、コポコポとシーシャを吸っていると、唯鈴が突然立ち上がった。
「先生! 流石です! 鋭いかもしれませんよ」
「ん? どういうこと?」
「これです! あと、これ!」
唯鈴はモニターの左側にたぬぽんたのアカウントの投稿を、右側にワイチューブのチャンネルトップページを表示させた。
たぬぽんたのアカウントには、天使ミサとは別の名前が書かれている。
『秋桜うつつさん本当に好き。配信めっちゃ楽しかった!』
そして、ワイチューブのチャンネルトップページに書かれている名前は、秋桜うつつだった。天使ミサを推し始めてからの投稿には、秋桜うつつに関する投稿は一切ない。それなのに、天使ミサを推し始める前の投稿には、秋桜うつつという名前が頻繁に登場している。鈴は手を叩いて立ち上がった。
「前は別の推しがいたのか!」
「しかもこれ、見てください!」
秋桜うつつの配信アーカイブのサムネイルには、ピンクと黒のふわふわした地雷系ファッションに身を包んだ女が映っている。顔出し配信はしていないらしく、首から下ではあるが、実写配信をしているようだった。ほかにはイラストを使った雑談配信、立ち絵も何もないゲーム配信がある。最後のアーカイブは、小倉が行方不明になった前日の夜のものだった。
「もしかしたら、もしかするかもです!」
「す、すごい……探偵さんすごいです!」
「この人推理はアレですが、直感で物を言うと鋭いんですよ」
「複雑な気持ちだなあ」
ため息をついて時計を見ると、もう二十二時半だった。
ひとまず美沙は近くのホテルに泊まらせ、二人は事務所に戻る。二人で秋桜うつつの配信を見て、ヒントを探ることになった。
直近の配信を飛ばし飛ばしで見てみると、チャット欄にたぬぽんたの名前はない。秋桜うつつは笑ったり泣いたりと、情緒不安定な様子だった。イラストを背景にした雑談配信でも、その不安定さは伝わってくる。呼吸の音が激しく聞こえたと思ったら急に落ち着いて、かと思えば怒り出す。チャット欄には、引いているようなコメントが多かった。
「やばい人だね」
「だいぶキテますね」
そして、その配信の最後に一際大きな荒い声を響かせていた。
『絶対に許さない! あいつもあの女もひどい目にあわせてやる!』
二人は顔を見合わせて、手に持っていた水を同時に置く。
「これはほぼクロですよ!」
「確実だろうがな」
二人はそれからも、彼女の配信アーカイブを夜通し見漁り、気づかぬ内に寄り添って眠りについていた。
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