第4話 情報屋 阪南玲音
向かったのは、シーシャバー澪。表向きの家業におけるライバル店の扉を前に一息つき、重く感じる扉を開ける。カウンターに座るウルフカットのスーツ男が鈴に向かって手を振っていた。その男・阪南玲音(はんなんれいん)の隣に腰を掛け、メロンソーダを注文し、目の前に置かれているシーシャで一服する。スッキリとしたレモンフレーバーだった。
「レモンにスパイスか……メンソールもあるな」
「レモネード系のミックスだぜ」
「ボトルに炭酸水……真似しよっかな」
「表家業の話しに来たわけじゃねえだろ」
言いながら、玲音は茶封筒を取り出し、カウンターの上に置く。
「鈴の旦那のご所望の品だぜ」
「いい加減旦那ってのやめてくれ。私は女だ」
「情報屋やってるからには、得意先は旦那って呼びてえんだよ」
(そのうち、自分のことをアッシとか言い出しそうだなあ)
運ばれてきたメロンソーダのひんやりとした感触で掌を痛めつけながら、ため息をついた。
「で、これが捜査資料か」
「ああ。十万でいいぜ」
「少し安くないか? 得意先だからって遠慮は――」
「読めばわかる」
メロンソーダで喉を潤し、ホースを口元にあてがいながら、茶封筒を開く。中から出てきた警察の捜査資料を読みながら、レモネードミックスのシーシャを吸った。
小倉が行方不明になったのは、二◯二四年二月十四日の午前十時。小倉は推しである天使ミサのバレンタイン配信に投げ銭をするため、普段使っているデビットカードの口座に金を入れるついでに、チョコケーキとラム酒を近所のスーパーのバレンタインフェアで購入。スーパーは小倉の実家から中洲堀駅までの道のりのちょうど中間にある、ライブだった。
スーパーライブを出て誰かと電話口で口論をした後、なぜか家から反対方向の中洲堀駅へと向かった。
「駅の監視カメラには、小倉の姿は映ってなかった」
「駅の構内には入ってないのか」
「で、小倉の親から聞き取った当日の服装から描かれた似顔絵を使って聞き込みをしたところ、二件の目撃情報があった」
二枚目の資料をめくる。
一件目の目撃情報では、駅前で誰か女性と会っていたことがわかった。相手は地雷系ファッションに身を包んだ小柄な女性で、二人がエキソトの喫煙所方面に向かったのを目撃。小倉は困ったような顔に見え、女性の方は目をランランと輝かせていたように見えたということだった。
「地雷系か……わかった元カノだな?」
「いいや、小倉は交際経験はゼロだ」
鈴は、二件目の目撃情報を読んでいく。
女性が喫煙所で電子タバコを吸うのを待っていた。相手女性のタバコは加熱式のように見えたが、見たことがない機械でチラリと見えた箱も見たことがないものだったという。その後、女性と一緒にお風呂通りの方面に向かっていくのを見たが、それ以上は見ていない。
お風呂通りとは、通称である。本来は中洲堀東通だ。ソープランドやキャバクラなどが多く立ち並び、とりわけソープランドが多いことからお風呂通りと呼ばれているが、行政はその呼び名を嫌っており、別名を考えようというキャンペーンを以前行っていた。鈴はそのキャンペーンに応募したことを思い出しながら、また一服。
白い煙が自身の顔にモヤをかけた。
「お風呂通りでも聞き込みしたが、収穫なしだ」
「監視カメラは?」
「それらしき二人組は確認できず、だな」
「なるほど十万円か」
結局のところ、真実に迫りそうな情報は何一つとして無いように鈴には思えた。ただ一つ、見たことがない加熱式たばこという目撃情報が気にかかった。
鈴は資料を茶封筒に戻し、手元に引き寄せ、メロンソーダを喉奥に流し込む。
それを、玲音がじっと見ていた。
「なあ、妹は元気か?」
「元気だよ。ちょっと生意気なくらいだね」
「そうか」
「なんだよ、最近会ってな……いんだったな」
「お前んとこに泊まってるからな」
鈴はバツが悪くなり、力なく笑った。唯鈴の兄である玲音はため息をついて、酒を煽り、一服する。二人の煙が視界を覆う。その奥でかすかに見える玲音の顔が、鈴にはどこか物憂げなように見えた。
「まったく、お前みてえなチャランポランに妹を預けるなんざ――」
「チャランポランて、お前いくつだよ」
「お前と同い年だよ、ったく」
「はいはい、不良刑事がよく言うよね」
鈴は残ったメロンソーダを飲み干し、名残惜しそうに一服してから十万円を支払い、茶封筒を持ち席を立つ。
「なあ、わかってると思うが――」
「わかってるよ、唯鈴には私が独自に調査したと説明するんだろ?」
「ああ、頼むぜ。妹にはバレたくないんでな」
鈴は大口を開けて肩を落とす。
「事情を離せば、そんなに強く言わないと思うけどねえ」
「だろうがな」
「おかげで私は情報収集だけ優秀な人ってレッテル貼られてる」
「事実じゃねえか」
鈴は深く深くため息をつきたくなったのをシーシャで誤魔化し、名残惜しそうにホースを置いた。
「ま、わかってるよ。約束は絶対だ」
「そこに関しちゃ信用してるぜ」
鈴はふっと笑い、手を挙げてから店を出る。とっぷり暮れた寒空がコートを貫通して肌を刺すような感覚を抱きながら、帰路についた。
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