第3話 SNSアカウントを追え
鈴は外に出て準備中の札を本日店休日の札に差し替え、店のカウンターに戻る。カウンターの椅子には唯鈴と美沙が座っており、ノートパソコンの画面を見ていた。鈴はコーヒーを淹れ、氷水を使ったチェリーコーラのシーシャを作り、二人の前に差し出す。コーヒーとシーシャは、鈴にとって調査開始時のルーティンだった。唯鈴の隣に座り、ホースを三本つける。
「まずは、たぬぽんたさんのSNSアカントをチェックしましょう」
「はい!」
コポコポとした音を立てながら、白い煙が舞う中で、唯鈴は美沙に言われた通りのアカウントを表示させる。可愛らしいドット絵のたぬきのアイコンに、たぬぽんたと平仮名で書かれた名前。名前の横には天使の輪っかと教会の絵文字が表示されている。
「この絵文字は?」
「推しマ……ええと、推しマークです」
「配信者さんのモチーフとかそういうのを名前やプロフィールに入れるんですよ」
「なるほど」
たぬぽんたのアカウントの投稿は、配信に来なくなったという二日前に止まっていた。最後の投稿は、こうだ。
『今日はミサちのバレンタイン配信だ! うおおお! チョコ菓子とお酒準備するぜ!』
純粋に推しの配信を楽しみにしているという投稿で、事件性は欠片も感じられない。まさかこの後、誘拐されるとは誰も思わなかっただろう。
「写真もいくつかありますね」
「これ、この写真! 何かわからないか?」
鈴が指したのは、推し活のために禁煙を決意したという文言と一緒に貼られている写真。そこには、灰皿と紙巻きタバコの箱がゴミ箱に捨てられている様子が写されていた。灰皿に顔が反射している。それなりに顔が整った好青年のように見えた。
「うーん、これじゃあなんとも……お?」
唯鈴が別の写真を拡大表示してみせる。
「これ、使えますね」
写真をダウンロードして、画像処理ソフトで開く。本棚の写真だった。天使ミサと書かれた文字とチャンネルアイコンにもなっていたイラストが描かれたアクリルスタンドと、別の画風で描かれたイラスト缶バッジが並んでいる。推しグッズで作る通称神棚と呼ばれるものである。
「神棚なんか気になるのか?」
「違いますよ先生! ここです」
唯鈴は本棚の下の方を拡大しながら、画像の鮮明化処理をしていく。それを細かく何度も繰り返すと、大きな青色の背表紙に金色の文字が書かれた本が映し出された。
「卒アルです。見てください、ここ」
「中洲堀北高等学校……第十五期生」
「ふっふっふ、あとは検索すれば~」
検索結果に、十五期生がいつ頃入学したのかが表示された。書かれていたのは、二千十五年という数字。卒業したのは二千十八年ということになる。高校卒業時を十八歳と仮定すると、現在二十四歳。鈴より四つ年下、唯鈴より四つ年上だった。
「これで出身高校と年代がわかりました」
「すごいですね……」
「あとは、たぬぽんたさんのアカウントの相互フォロワーさんを見てみましょう」
アカウントページの上部までスクロールし、フォロワー数をクリック。三十一フォロワーと、あまり多くはなかった。その多くが相互フォロワーであり、そのなかの一人には天使ミサのアカウントもある。鈴はスクロールされていくフォロワー欄を見て、「あ」と声を漏らして笑みを浮かべた。
「リア垢っぽいね、これ」
「ですです。本名っぽいアカウントとか実写アイコンとかが多いですね」
「しかもほら、ここ、アカウント作ったの高校二年の頃っぽいよ」
「本当だ……気づきませんでした」
一番古いフォロワーまで遡り、相互フォローになっているアカウントのページを一人ひとり虱潰しに開いていく。一人目からは何の情報も得られず、二人目はネット友達らしかった。三人目のページを開いた瞬間、唯鈴がコーヒーを一口飲んでから、プロフィール文を指し示す。
「中洲堀北高等学校第十五期生!」
「ビンゴですね、先生」
「流石だ唯鈴、偉いぞー」
鈴は右手で唯鈴の頭を撫でながら、左手でブラックコーヒーを啜り、難しい顔をした。唯鈴が「もうー」と吐息が多めの声を漏らしながら、鈴のコーヒーに角砂糖を六つ入れる。
「先生無糖のブラック飲めないんですから」
「う、うるさいなあ」
「まったく……おっと、思った通りでした」
唯鈴が、一つの投稿をクリックした。その投稿を見て、鈴は目の色を変える。
『友達のお母さんから、友達が職場にも行かず帰っても来ていないと連絡を受けて、探しています。小倉悠一という会社員の男性です。拡散お願いします』
鈴は心臓がバクバクと脈打つのを感じ、シーシャで一服した。煙が強すぎるように感じ、炭を交換する。炭の量を最初から減らし、もう一度組み立てた。
「たぬぽんたさんは本名小倉悠一、実家はこの中洲堀、母校は中洲堀北高等学校、年齢は推定二十四歳か」
判明した情報を鈴が歌うように挙げていく。そうして唯鈴の肩を叩き、店の隅のコート掛けから上着を取って羽織った。
「私は外で調査してくるよ」
「私はこのままネットで調べてみます」
「うん、頼んだ」
これだけの情報があれば、いくらでも調べようはある。探偵業をはじめてから七年、いや、それよりずっと前から自分自身に叩き込まれてきた経験から、鈴はそう直感した。
勢いよく店を出て、電話をかける。三コール以内に、電話が繋がる音がした。
『もしもし』
「おう情報屋、お仕事を頼みたい」
『……どういう依頼で?』
「小倉悠一という行方不明者の件だよ」
『ああ、わかった。待ち合わせはいつもの場所で』
「ああ、頼むよ」
言い終えると同時に、電話が切れる。鈴はスマホを上着のポケットに仕舞い、二月の夜の寒空の下を歩き始めた。
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