対岸の火事

氷柱木マキ

対岸の火事


 今日も、一日面白くなかった。いつもどおり、目的もなく夕暮れの街をうろつく。

 何か事件でも起きないものか。できるだけ大きくて、それでいて自分には被害のないものが望ましい。例えば、前方のコンビニから強盗犯でも飛び出してこないものか。もちろん、こっちに向かって来られては困る。僕は、犯人の逃げていく背中を眺めるつもりだ。

 そろそろ暗くなってきた。結局何もなかった。仕方がない、家に帰ろう。今帰ってもまだ誰も帰って来てないだろうけど。

 立ち止まり、振り返った時、何かにぶつかった。男だった。

「すいません」

 僕が謝ると、相手はサングラス越しに僕を一瞥すると、何も言わずに立ち去った。男は深緑のジャンパーを着ていて、僕の中ではさながら競馬場なんかにいる人という感じだった。

 結局、怪しいオッサンにぶつかっただけか。もう早く帰ろう。



   ◆



 今日も、一日面白くない。こんな日はいつもの趣味に限る。どこか手頃な家をみつけて、と。

 大き過ぎず、小さ過ぎず、燃やしがいのある家を。大きい家だと警備が厳重だろうし、燃えにくい造りをしているだろう。逆に、小さい家は燃やしても面白くないし、貧しい家庭を不幸にするのは気が引ける。

 目の前には夕陽が赤々と燃えている。あの夕陽が俺の心も燃え上がらせるのだ。

 お、さっそく良さそうな家を見つけたぞ。見たところ人がいる気配もない。辺りをうかがって、俺はジャンパーのチャックを開けて、懐からライターと競馬新聞を出した。

 新聞に火を付けると、再度周りを確認して、自分の体で隠しながら、家の壁に火を移した。

 燃えろ燃えろ。早く大きくなれ。

 ある程度火がついたところで、俺はその場を離れた。このまましばらくすれば手のつけられないヤツになるだろう。

 背を向けた瞬間、家の窓から人影が見えた気がした。まさか、中に人が……? 俺は慌てて走り去った。



   ◆



 今日の仕事も順調だ。全く音をさせずに窓を割るのも上手くなったもんだ。狙うならこういう、大きくなく小さくもない家がいい。小金はあるが、警戒心が薄いから警備会社なんかにも入ってない。

 この時間帯、この家は、ニートのガキも出かけるのはリサーチ済みだ。一応、家に入ってから確認したが、やはり人の気配はない。

 さてと、金目のものは……と。よく、タンスの引き出しの中に通帳を入れたりとか、仏壇に隠したりなんて聞くが、この手の警戒の薄い家なら、普通に寝室の分かりやすいところにあるもんだ。

 さて、一階にはやはりたいしたものはなさそうだから、二階に向かうとするか。あまり時間をかけるのは危険だし、美しくないからな。

 階段を上がり、しばらく物色していたところで、異変に気づいた。なんだか変だぞ。

 警戒しつつ、恐る恐る窓から外を覗いた。赤く動くものが見えた。なんだ? 火? 燃えている?

 まさか……この家が燃えているのか。なぜだ、俺は何もしていないぞ。これがホントの火事場泥棒って、笑えないぞ。どうする、早く逃げたほうがいいか。まだ何も盗ってないぞ。どうするどうする、なんでもいいから盗ってくか。って、既にかなり燃えてないか。この欠陥住宅が!

 慌てて階段を駆け降りると、裏口から飛び出した。



   ◆

 


 家に近づくと、なんだか人だかりがあった。なにか事件があったのか。しまった、せっかくの事件を見逃したのか。こんなことなら下手に出歩くんじゃなかった。

 なんだか煙が見えるぞ。さては火事か。しかもかなりウチの近くだ。

 いよいよ近づいて、愕然とした。炎に包まれていたのは、この世で一番見なれた家だった。

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対岸の火事 氷柱木マキ @tsuraragimaki

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