~序章④~
連絡者はかつて皇帝の補佐機関"中書省"の筆頭書記官であった"石関"である。
現在でいう官房長官に匹敵する。早々に皇帝に見切りを付け、炎上する宮殿を後ろに王弟に付き添った佞臣である。その証拠に黒い服なのに贅肉が目立つ。
「陛下をこの城に容れたのは良いが、やはり陛下に弓を向けた凶事は見過ごせぬ。本来なら極刑であるが前者を鑑み、汝を解官し、汝とその付き添いをこの城から追放する」
"軒先を貸して母屋を取られる"とは当にこの事か・・・
「自主的なら手も出さぬ、抗命の意が有るのならば・・・」
両脇より武装した衛兵が現れる。指揮官は
「王彰、騙して悪いな。城に入る前より既に決められた事項だ」
「馬広!また裏切る!!風が吹けば崩れ落ちるこの城をどうする気か!?」
「塞を築くのだよ王彰殿」
石関が割り込む
「黙れお前に聞いていない」
「"流れ水の軍考"は知っているか。水は流れば、どんな障害があっても隙間が在ればそこをすり抜ける。だが、流れる度その勢いは減衰する」
馬広が説き、石関が便乗する
「このままではジリ貧・・・では留まるとどうなるか、水瓶に水を入れば、蒸発こそあれど勢力は保持されるし、野外に出せば雨が降り注ぎ反対に勢いは増す」
文官である石関が武官である二人の会話に参加出来たのに気を良くしたのか、とても自慢げな口調が続き
「そこで、この城を改築し数万の民を収容できる巨大軍事施設を建設する。そして此処を拠点に侵略者の抵抗軍を結成するのだ!!」
手を広げあたかも天に奏上するように彼らの野望を叫んだ。
王彰は何かも諦めたように、部屋を出た。
かつて配下の兵だった者が門を開け、兵達が列を並べ退官の儀仗剣を掲げた。それらの配慮は馬広による指示であるのは誰にでも知る由であった。王彰はただ一言
「馬広め、本意では無かったのだな」
王彰と所有する奴隷二人、従者一名、そして王明林がこの城を去った。
しばらく歩くと川が見え、そこで昼食を取っていた水先案内人を雇い、絹墨江の支流"赤恵川"を下った。赤は川に溶け出た岩塩、恵は塩の名産地である事を表した。
「何処か近くに鎮市は無いか?」
舟の先頭に座った王彰が案内人の船頭に尋ねた。禿げ上がった頭に、長年櫂を駆った実績を証明するような雄々しい筋肉の所有者は尻を掻きながら
「昔はありましたけど、今は戦乱の世、殆どの街が馬后人に焼かれてしまったわ」
「ばごうじん?」
可憐な少女が口を開いた。
「そうだぜお嬢ちゃん。アイツらはな、お前さんぐらいの女子が好物らしいぜ。見つかったら食われるぞ」
船頭が揶揄ったせいで、現時点でも全く口をきいて貰えない。
「船を持っている輩共は南下して、白竜江に逃げているらしい。彼処は海の民の生活圏だというのに」
「また血が流れるのお」
王彰は髭を撫でながら応えた。
「おうよ、また農牧の民の相場が値崩れるよ」
二人の奴隷が少し反応した。
「お前さんの奴隷は何処の民かい?」
「乾原の民だ。二人を買うのに三反の田畑を売ったわい」
「そうかい、今じゃ一反で十人の奴隷が買える。酷いが之は商売だし何かと言う筋合いもねぇ」
その後、山の斜面に鹿とそれを追う狼とで繰り広げる決死の逃亡劇を眺め、一刻の間沈黙が同乗した。
「こんな時世、ご老人には生き辛いでしょうなァ」
老人とは王彰の事である。因みに馬広は彼よりも年上である。
「何を、儂は昔兵士だった。"百人斬りの王彰"と呼ばれていたのお」
「嘘こけい、ホラ吹きの奴ほど何とか斬りとか言うもんだ」
「ハハハ」
将の中の将"王彰"
彼が中央にいた頃、数千人の農民兵を率いて馬后人の軍勢を破った記録がある。その後も戦功を挙げ続け将軍まであと一手の時に、彼の栄達を妬む武将と佞臣、そして疑心暗鬼の皇帝によって僻地の山城へ追い出され、また今度はその城を追い出される羽目となった。
「川岸に青松四本・・・もう着くぜ」
「有り難い、金を払おう。革袋を持ってこい」
従者に金を取らせようとするのを制止し、前金だけで良いと言い
「正直なところ、人を乗せるよりも、人運びの方が儲かるもんだ。運賃を一とすれば、報酬は五十だ。こんなの慈善事業みてぇなもんだ」
彼の意図に察した王彰は受け止め
「そうか、船頭ご苦労であった」
舟は焼け焦げた匂いが残る船着き場に接舷し、一行は馬后人が支配する"平桜鎮"へ到着した。
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