~序章③~

「そうか・・・とても苦労なされた」


「然り」


「・・・」


城門を開き、馬広ら従卒の兵数人と文官、そして亡国の後裔を招き入れ、城主である王彰は城主の館にて御一行をもてなした。周囲の村から徴集した家禽類を使った肉料理、酒盛りをするぐらいには充分な酒樽を彼らに浴びせる様に飲ませた。だが何より喜んだのは白湯であった。


「王彰よ」


一同は正面の御簾へ叩頭した。


「城を開けた事に感謝する。汝の働きは数万の兵に値する」


「有難き幸せ。刹那であれ、殿下の軍に弓を引いた凶行、万死に値します。勅令とあらば今すぐでも・・・」


「ならぬ、汝は将の中の将たり。ここで死ぬのは不忠なり」


「滅相も御座いません」


「ならよし、宴は終いだ。早く床に入って身体を休め」


一同は再び叩頭した。


王弟の寝所は城主の部屋でと言うことで、内見に訪れた馬広は思わず


「ひどく女の気配がせんな。王彰、か?」


「・・・女にやる精はもう枯れたわ」


その話が王弟に伝わっていたようで、数カ月ぶりに失笑したそうだとか


その寝所には警衛の役に馬広の親類が当たった。扉前は馬広と王彰が立った。


「王弟妃と床を同じにされておられるのか?」


「いかにも、逃亡中もそうであった。儀礼がどうたら最早言っている場合で無い」


壁向こうに耳を寄せて


「御子は娘か?」


「残念ながらそうだ。王明様はであられた」


王弟の妃"王明"


政略結婚の皇后とは違い、皇族の妃達は様々な人種、身分、階層の女たちから皇族自ら選抜する。有力貴族が娘を妃に出し、外祖父として権勢を振るい、海上交易で財を成した一族が資金援助を理由に爵位を下賜されたり、或いは奴隷から帝国で偉い人間として君臨したり、と宮廷作家において欠かせない舞台装置悪役でもある。


「以前は口もきかぬ程の不仲であられたから、この際前進したとも思えるが・・」


王弟夫妻の会話のやり取りに互いの使者が遣わされていたのは有名である。


「本流が帝国と共に途絶え、帝位を継ぐ血筋は王弟だけになられた。立場は妃。今、ここで子宮を使わない筈があろうか」


「北門衛将軍馬広様、王彰様、王后王明様がお呼びにで御座います」


後ろの戸が開き、宮中仕えの女官が現れた。部屋に入り、御簾の御前に案内された。


御簾の向こうより、女声で


「正当にして唯一帝位を継承する王弟"風栄宣"の王后"王明"である。汝らに頼みをしたく呼び寄せた」


「頼みとは何用であられましょうか?」


「引き受けてくれるか王彰?・・・そちに行け」


御簾が足元まで揚げられ、屈んで少女が一人出てきた。やっと他人に興味を持ち始めるような年頃の子であった。酷く無表情であるが・・


「わらわが宮廷にいた頃、拾った娘じゃ。お主に世話をして欲しいのだ」


成程、勘当か・・・


馬広は聞こえぬように小さく呟いた。王彰も王明も彼の言葉に気づいていない。


「名は王明林。偶然にも同じカバネじゃ。この娘をわらわと思って大切に育てるように、別に煮ても焼いても構わないが」


「・・・殿下の御了解は如何であられましょうか?」


「陛下は御了解遊ばれた。あと、陛下は殿下と呼ぶのは不敬であることを努々ゆめゆめ忘れなきよう」


「御意」


「用は済んだ。退去して良い。わらわは忙しい」


御簾が再び閉められた。この可哀想な娘を連れ、一旦警衛を離れた。小娘と一緒に離れる王彰を見送った馬広は独り・・・


「王彰よ、気を悪くなされるな。宮中の——女と云うのは怖い生き物だ。利益が相反すれば例え娘でも切り捨てるのが女の冷酷さよ。これで王明様はとなる。男子なら良し、また女子なれば繰り返すだけの事・・・」


翌朝、王彰の処遇が下達された。

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