第21話 後方参照

 後方参照は前方参照の逆であり、小説内の前方から後方を参照します。この構造は一人称視点や三人称視点の小説には本来存在し得ません。神視点を用いた場合にのみ可能となります。

 以下が後方参照の例です。

 

 一見些細とも思われるこの策略が後の勝利を決定づけることになる。

 

 この例文では、物語の先の展開が予告されています。このような記述が読者に好意的に受け入れられるのは歴史小説ぐらいのものです。例えば、織田信長の物語、豊臣秀吉の物語、徳川家康の物語。ほぼ全ての日本人がすでに知っており、物語の行方を敢えて隠す必要はありません。この種の後方参照には、読者に歴史を思い起こさせ、読者の注意を喚起する効果があります。

 一方、未知の物語に対して読者が期待するのは、意外な展開、目くるめく展開、感情を揺さぶられる展開などです。それなのに、「実は犯人は何々であることが程なく明らかとなる」、「実は二人はすぐ後に喧嘩別れをすることになる」などと予告されたらどうなるでしょう。直ちに古本屋行きならましな方。本は叩きつけられ、破り捨てられ、火を点けられ、焚書事件が発生するかも知れません。

 一部の作家や読者はこの種の後方参照を粋とか格好良いなどと考えているようですが、おそらくそれは異端の感覚。ネタバレは嫌われるのが普通です。一般的に、後方参照は読者の没入感を損ない、読者に失望感を与えます。ですから、かなり特殊な描写法であると認識しなければなりません。

 なお、時系列を乱すことも後方参照の一種です。例えばすでに述べた、物語の山場直前の場面を小説の冒頭で描く手法。物語内の後方の出来事を小説内の前方で提示し、物語の行く先を予告しているのですから、後方参照であることは間違いありません。

 フラシュフォワードとも呼ばれるその手法には、多くの読者に期待感を抱かせる効果があります。ただしそれと同時に、読解力の高い読者には山場までの経緯と山場の内容を見抜かれ、足元を見られてしまう可能性があります。例えば「なるほど。途中でどのような危機に瀕しても、この場面に関与している人物たちは山場までは死なないのだ。それなら途中は省略して、さっさと山場へ行け」と。

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