第9話  固有名詞に対する修飾

 作品中に人名や地名が大量に現れる場合、読者は混乱しやすくなります。この人は誰だっただろう、その場所はどこだっただろうと。この問題を回避し、人名や地名を読者の記憶に定着させるためには、いくつかの手法を知っておかなければなりません。

 有力な手法としては、人名や地名に決まり文句を付けるというものがあります。これは小説以前の物語の時代から頻繁に用いられているものです。

 例えば、青き白鳥のイリナ、条理と簒奪のアデリナ、魂の庇護者たるレダ、赤毛のアン。青き白鳥の、条理と簒奪の、魂の庇護者たる、赤毛のなどが決まり文句であり、それらの修飾句は各人物の部族名や業績、能力や容姿などを表しています。

 例えば、北限の街ロスクヴァーナ、首都ノヴィエミスト、南都ナギエスカーラ、花の都パリ。北限の街、首都、南都、花の都などが決まり文句であり、それらの修飾句は各都市の位置や社会的機能や景色などを表しています。

 物語中に人名や地名を持ち出す場合には、属性を示す修飾句と組にして、一つ覚えの決まり文句の如くに提示する。このような配慮によって、混乱をかなり抑えることが可能になります。

 前記の手法は極めて古典的なものですが、一々呼び名が長くなり、表現が仰々しくなってしまうという難点もあります。そのことには注意を払う必要があります。

 現代劇における極めて有用な手法としては、氏名と肩書を組にするというものがあります。例えば、山田生徒会長、鈴木風紀委員、佐藤教諭、将軍家康。また、敬称と組にするという手法もあります。例えば、山田君、鈴木さん、様、殿、先生、先輩、陛下、閣下、そんな中で一人だけ呼び捨て。

 至極当たり前の手法と思う向きもあるかも知れません。しかし、未刊作品の中にはこの当然の手法を活用していないものが多数ある。それは厳然たる事実であり、おそらくそこには共通の原因もしくは発想があります。

 山田が生徒会長であることは説明済みであり、説明はその一回で十分である。その考えは誤りです。小説は仕様書や解説書や論文ではありません。短編小説ならともかく、長編小説にその考えを持ち込んではいけません。

 例えば数学書では、定義、定理と証明、定理と証明と話は進みます。その文書構造は小説の対極に位置するものです。小説で情報提示の厳密化と効率化を追究し、冗長性の排除を徹底すると、作品は新聞記事のような単なる事実関係の記述になってしまいます。

 長編小説では、山田生徒会長、生徒会長の山田などと何度も繰り返すことによって、山田が生徒会長であることを読者の記憶に自然に刷り込んでいくのです。

 なお、愛称を登場人物の識別子とする作品も非常に多いのですが、氏名と愛称の併用は何の解決策にもなりません。むしろ、事態を混迷させるだけです。例えば、あっちゃん、いっちゃん、うっちゃん、えっちゃん。これは氏名の単なる変形にすぎず、氏名を呼び捨ての形式で提示するのと何ら変わりがありません。例えば、寝癖のあっちゃん、いつも通りに寝癖のあっちゃん。銀縁メガネのいっちゃん、学級委員の銀縁いっちゃん。そんな風に属性の提示をさりげなく繰り返すのが識別性向上の一つの手です。

 ただしいずれにせよ、この節で説明した内容は人名や地名が大量に現れる場合の対処法です。それほど多くなければ、ここまで神経質になる必要はありません。

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