第7話 メタ構造

 読者は現実世界にいます。その現実世界に対して物語世界から何らかの作用を及ぼすことをメタ構造と言います。

 特段の目的がない限り、小説にメタ構造を持ち込んではいけません。読者は現実世界から物語世界をこっそりと盗み見ています。そこに突然主人公から「おい。読者」などと声を掛けられたら、読者は冷め、没入感はあっという間に消えてしまいます。

 未刊作品であろうと既刊作品であろうと、意図的にメタ構造を導入しているものは少数です。そして、浅学な私の知る限りでは、メタ構造の採用が主因となって成功した作品はほとんどありません。

 数少ない成功例としては、例えば次のような読者参加型のホラーなどがあります。


 あなたは知っていますか。どこからともなく、ミシッ、パキッと微かな音。なぜか体が重くなる。なぜか脂汗がにじみ出す。訳の分からない緊張。訳の分からない寒気。決して気取られてはいけません。決して目を合わせてはなりません。首を傾げる振りをして、こっそり横目で窺うのです。さあ。それでは、ゆっくりと後ろを確かめてみましょう。

 この文章を目にしているあなたは幸運です。なぜならつまり、後ろには何もいなかったのでしょうから。しかし、この世は広くて不思議なもの。迂闊に振り向き、取り返しのつかないことになってしまった者も多いのです。今からそんな男の話をいたしましょう。


  一見して分かる通り、この例は視点の節で解説した二人称に類似した視点で記述されています。類似とは、物語世界に存在する「あなた」にではなく、現実世界に存在する「あなた」に対して語り掛けているという意味です。読者参加型のホラーでは、このような語り掛けを随時行なうことによって読者の恐怖心を煽っているのです。

 1H5Wの節でも触れましたが、物語世界の全体に関する説明は必須です。世界のありようは、登場人物にとっては既知のものでも、読者にとっては未知のもの。作者はこの乖離を解消しなければなりません。

 この解消作業も一種のメタ構造であり、読者に向かってあからさまに説明を行なうと、読者の没入感は損なわれてしまいます。そのような事態を避ける手法としては以下のような偽装などが考えられます。

 主人公が回想や想起をせざるを得ないような状況を作り出し、主人公自身に対する確認の作業として、主人公の内心で語らせる。登場人物が陽に説明せざるを得ないような状況を作り出し、会話の中で登場人物に語らせる。

 ただし、次の点には注意が必要です。主人公が長々と物思いに耽るという状況はあり得ます。しかし、登場人物が一人で延々と話し続けるという状況は、かなり特殊な会話でない限りあり得ません。

 念のために付け加えておきますが、この節で解説したことは理想論であり、間違いなく「言うは易く行なうは難し」の部類です。仮にあからさまな説明があったとしても、それによる没入感の棄損を補って余りあるほどの魅力が物語にあれば、小説を成功に導くことは可能となるでしょう。その種の成功例が数多く存在しているのは事実です。

 最後に、ここで解説した内容よりもはるかに低水準かつ端的な悪例を示します。以下は一人称視点による小説の一節。

 

 私、佐度野朝美は高校生。私の口からパンが落ちた。ねえ。だから待ってよ。何しているんだよって訊いてよ。

 

 そうではありません。作中の他者に名前を呼ばせるのです。持ち物の所有者欄に目を遣るのです。答案用紙に名前を書き込むのです。名前は属性であって本質ではありません。必要となるまでは「私」だけで押し通すのです。

 次の悪例は三人称視点もしくは神視点による小説の一節。

 

 ここは駅に程近い河川敷。彼女は独り唇を噛みしめながら立ち尽くしていた。

 

 この例では、語り部が前面に出て、「ここは……河川敷」と読者に直接語り掛けています。つまり、読者と物語世界の間に語り部があからさまに挟まってしまっています。これでは読者は物語に没入できません。語り部は黒子であるべし。例えば次のように。

 

 駅に程近い河川敷。彼女は独り唇を噛みしめながら立ち尽くしていた。

 

 彼女は駅に程近い河川敷で独り唇を噛みしめながら立ち尽くしていた。

 

 もしかしたら、前記の悪例のような書き方をしてしまう作者は、紙芝居や人形劇などの影響を受けているのかも知れません。紙芝居や人形劇も物語の表現法の一つであることは間違いありません。むしろ、小説よりもそれらの方が本来の物を語るという行為に近いのです。しかしそれらでは、登場人物は作中の記号に過ぎません。つまり、語り部や人形使いによってあからさまに動かされている人形なのです。

 主人公が読者に向かってわざわざ自己紹介をする。それは、私は記号ですと宣言しているのに等しいのです。語り部が前面に出る。それは、彼らは記号ですと宣言しているのに等しいのです。

 小説では、物語内のことに過ぎないとは言え、登場人物は人間になれます。ぜひとも、登場人物を人間にしてあげてください。小説はフィクションです。読者もそれは当然の前提と認識しています。その上で読者が最大限に物語に没入できるよう、出来る限りの工夫をしましょう。

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