第5話 椿は控えめ

 さてさて次のお客様はどんな人かな?昨日みたいなクレーマーじゃないといいな。


「いらっしゃいませ」


 今日のお客様は……スーツ姿にハンサムな雰囲気、薬指には指輪。誠実そうな人だなぁ。これは絶対にクレーマーじゃないだろう。


「すみません、そこの店員さん。ちょっといいですか?」


 私の方を見て言ってきたので、近づいていく。


「あの……妻に花束を贈りたいんですが、何か良いものあります?」


 わぁ、なんていい人なんだ。きっと、ラブラブなんだろうなぁ。それで花束を贈りたいのか。どんなの作ろうかな?


「あなたの奥さんってどんな方ですか?」


 まずは贈る相手の印象を聞いて、そこから花を決めていくか。


「可愛い人です……あ、具体的に言うと、控えめな人なんです。いつも感謝とか言ったり褒めたりすると、私なんか……って言ってくるんですよ。だから、物で贈ることで僕の思いが伝わるかなって思って……」


 うんうんそうなのね。たぶんだけどもう十分、あなたの思いは伝わってると思うよ。言葉に心があればそれだけで思いは伝わると思うから。


 それで"控えめ"ねぇ……"控えめな素晴らしさ"とか"誇り"とかそういう花言葉がある椿は必ず入れるとする。


 "感謝"の花言葉……色々あるけどピンクの薔薇なら"幸福"とかもあるから採用。


 ここまで暖色が多いから統一感を持たせるために、"あなたとなら幸せ"の黄色いヒヤシンス……


 これでどうだ!


 私はこの花たちで花束を作ることを提案する。


「えーいいですね!ありがとうございます!」


 こういうお客様の笑う顔が良いんだよ。それとお金でこの仕事を続けられる。


「じゃあ妻に渡してきますね!本当にありがとうございました!」


 また来てくれるかな……こういう良い人だけくればいいけど社会はそんなに甘くないよね。


「……!!」


 急に後ろから何者かに抱き締められる。誰だろうと思って、恐る恐る振り返るとお姉ちゃんだった。


「……ビックリした?」


 お姉ちゃんが笑いながら言ってくるけどマジでビビった。


「なんで私の事、抱き締めるの?」


 私なんかの事をなんで抱き締めたりするんだろう。


「……椿が頑張ってる、ご褒美。そんなに頑張ってるのに誰にも認めてもらえなかったら嫌でしょ?だから私は抱き締めてあげる」


 確かに抱き締められたら認められてる気がするけど、そう言われてもちょっと信用できない。


「本当はなんで?」


 こんなこと聞く必要もないのに何のために聞いているんだろう。


「え、本当はね……」

 

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