女か男か戦士か道化

まるで戦士みたいだ。


傷だらけだ。

心も体も……。


オレ……

そうだ、オレだよ、オレ……


昔、オレ、女みたいだったけど、

オレ、男になった。


昔、オレにも女の胸みたいなもんがあったけ?

いや、そんなものなかったよ。

この胸が膨らんでいくんだろうかって、

夢見て胸をふくらませてただけさ。

実際にオレに胸なんかありゃしねーよ。

女なんかじゃなかった。


気がつけば、傷だらけの体だけあった。

でも、オレ、恋みたいなもんを経験したよ。

何度か……

オレ……変だ

男が好きだ……

誰にも言えない

いや、オレ、まだその頃は、女だと思いこんでたんだ。

でも、人を好きになる度に気づかされた。

オレは……「わたし」なんか似合わない。

「オレ」なんだって。


その頃じゃ、もう涙も出なくなった

オレ、涙流して泣いたことあったっけ?

誰かの前で……

お前強すぎるよって、言われた。

オレ、何も言えず、笑ってた。

悲しかった。

でも笑えた。

笑えたよ……。

あの時、笑いながらも、心でいっぱい泣いたのさ。

誰にも気づかれず、一生分の涙使い果たした。


時々懐かしかったり、羨ましかったりする。

オレ、もしかして女だったらなって。

あんなかわいいスカートが似合ったろうかって。

化粧して、目一杯お洒落して、

好きな男に会いに行ったかなって。


好きな男か……。

オレ、本気で誰も好きにはならなかった。

今も、昔も。


オレさ……今じゃ戦士みたいになっちまった。

傷が似合う体で、生き方で……

それで、強すぎて、誰も必要としなくなっちまった。

ただ、毎日闘って、生き延びてるだけさ。

もう、こんな闘いなんてやめたいんだ。

誰の為に生きてる訳でもないんだし。


だから、ある日、オレは決めたんだ。

もう闘わないって。

戦士なんて廃業だ。

オレは道化になる。

人前で馬鹿なことをしてお金をもらう。

傷だらけの俺の体と情けないオレの顔には、

あのピエロの衣装とメイクがピッタリだ。

口もとは笑ってるのに、

いつも目の下には涙の粒が光っていた。

泣いてるの? 笑ってるの?

そんな質問にはおどけて首を振ってみせる。

「泣き笑いだよ、ダーリン」そう言って、

どこからともなく花を取り出し、客を驚かせる。

時々、女の格好もする。

オレは意外とよく似合った。

昔を思い出したよ。

オレがまだ「わたし」と言ってた頃。

そんな頃……あったかどうかわからない、そんな頃。

でも、そんなのは夢だった。

道化なんて、皆振り向きもしなかった。

とても金にはならなかった。

オレは今は落ちぶれた道端の道化。

乞食とそうかわらない。


オレは女だった。

オレは男だった。

オレは戦士で、

オレは道化だった。

どの時期がよかったのだろう? 

どれもよくなかったのかもしれない。

今では、すっかり闘う気力もなくなった。

戦士には戻れない。

歳をとりすぎて、女装も似合わなくなった。

情けない道化面が、一番よく似合っていた。

店の窓に映る自分を見て笑う。

ピエロのメイクで笑うと、とても情けない顔になる。

おかしくて吹き出しても、

どんどん情けない顔になっていく。

最後は泣きだした。

本当に情けなくて泣きだした。

でも、その顔が一番おかしいと、

客はよく笑った。

最後に丁寧なお礼をして、

被っていた帽子を差し出せば、

わずかにお金を恵んでくれた。

そんな顔を、見つめていると、悲しくて泣けてくる。

道化は泣いちゃいけなかったのに。

メイクがはげてくるからさ。

でも、涙は止めどなくあふれて、

目の下に描いた涙の粒も洗い流してしまう程だった。

自分の意志に反して、どうにもこうにも止められない。

オレはうずくまって何度もハンカチでふいた。

あれ?……

おかしいなぁ?……

涙がとまらないぞ!

オレの目は人間ポンプか?

誰もいないのに、客を意識して、

そんなふうにおどけていた。

アハハハハ!と声を上げてたからかに笑った。

でも、涙は止まらなかった。


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