暗黒の箱に魂を託して 中編
「……こりゃまたド偉い奴が来たな」
「宇宙戦艦を描け」と言われた子供が、一番使うことになるクレヨンはたいてい黒だ。黒色の、いや無色ゆえに黒色な、この宇宙でかくれんぼしながら弾を当て合うのだ。背景に隠れるためにも、あるいはあらゆる種の偵察手段を無効化するためにも、宇宙で殴り合う役目を負わされる船は基本的に暗色だ。
しかし、ここに「宇宙戦艦」を名乗りながら純白の装甲に身を包んだその異様な姿をアリアリと晒す大馬鹿者たちがいる。
名を汎銀河正教ケンタウリ会派、と言う。
かつて地球圏に広がっていた宗教から派生し、銀河に広まった汎銀河正教、その中でも宇宙空間での治安維持や救命活動にその存在意義を見出した者たちがいた。彼らは己らをケンタウリ会派を名乗った。
広大な宇宙空間の中で彼らが駆る船を見分けることは容易い。弾の打ち合いではなく、命の救い合いを選んだからこそ、前者を否定するためにその正反対の色彩を選んだ彼ら、すなわち真っ白な船体。それこそがケンタウリ会派のトレードマークであり、その献身性、そしてそれを実行するだけの確かな実力、その流麗な形状の純白の船に、この大海原で生きる船乗りたちに畏敬の念を抱かせており、その端くれであるこのライネ・ヴェステルゴートもその一人であった。
「しっかし、凄まじい装備だな、どんな奴と戦うつもりなんだ……」
いつの間にか目の前の戦艦から牽引ビームが発せられていたのか、エンジンをふかさずとも船が目の前の純白の大艦に向けて動き出しており、近づくにつれて白一色の中にあるディティールが窺い知れるようになってきていた。
ハリネズミと呼称されるような(もっともハリネズミという生物をライネは今まで見たことがないのだが)重武装、艦体のそこかしこにある勇ましい風体の砲塔やちんまりとした近接防空用のタレット、極めつけは艦の下部、そこの部分に配された二本の”管”
「あんなでっけえレールキャノンなんか積んで、救助救済目的なんて言えたもんじゃねえな」
電磁力で光速の何%かで球を打ち出す、戦闘艦の装備の中でもかなり高級かつ高威力な兵装、レールキャノン。この艦にはその巨大な艦の3分の1程に迫る長さのものが搭載されていた。
「大体、艦が300mくらいっぽいから……ざっと100m、ってとこか」
そんなトンでもないブツを持つ彼ら、そんな極端なもの持つこともそれを使うという事も、彼らの”宇宙空間における人命救助とそれを阻む者たちからの防衛”という使命感が生み出すものなのだろうか。
ええい、もういいや。これ以上考えるのは野暮だと思い、ライネはただ頭を空っぽに目の前の勇壮な姿にただ見ほれることにした。
巨大な戦艦は、当然格納庫も大きい。こんなちっぽけなボロ船の一つや二つを収容する余裕は有り余っている。戦闘機だろうか、何だろうかが整然と並ぶ区画を横目に、彼の船はその持ち主を中に入れたまま格納庫端の閑散とした場所に降ろされた。
そこからもうただの流れ作業だった。漂流船の救助など手慣れたものなのか、全ての工程が見るからに予定通りに進行していった。
船とその持ち主のデータチェック、漂流船に見せかけた攻撃の可能性や禁輸品のチェックのための機械化兵による臨検(バクダンを積んでいる、なんてことはもちろんないが、こと”禁輸品”となると幾分か目が泳ぐ。これが”帰り”だったから良かったものの、”行き”だったら……ライネは心の中で汗をぬぐった)、工場のライン工のように進む一連の工程の中には「船の主を医務室まで運ぶ」というものもあったらしい。自走式のストレッチャーに乗せられ、それこそ一製品のように運ばれ検査を受けることと相成った。
「――どうです?うちのベッドの寝心地は?」
もろもろの検査、手続きを終え、医務室のベッドで横たえていたライネに、この船の士官らしき女が声をかけてきた。
「どうも、窮屈なポッドと比べたら天国にいるようなもんですよ」
「それは良かった!私もこのベッド欲しさにたまに仮病するんですよお」
何を言ってるんだこの女士官は。
待った。何故士官だと一目で判断できたのだろうか?思うにその理由は彼女の格好にあった。
軍人らしからぬ、どちらかと言えばシスターに雰囲気の似た整った顔立ちには人懐っこい笑みを浮かべ、重量感のある軍帽からはこれまた軍人ぽくない微かに艶だった金髪がのぞく。
その下方には、この船の外装にも似た、というかモチーフにしたのでは思えるほどの純白で、厳めしい形をした衣、詰まるところが軍服、そのん真加出も恐らく「正装」と呼ばれる部類のやつだろう。その堂々としたデザインは明らかに一兵卒の持つものではなく、高位にある軍人のそれだと分かる。
そこまで詳しくはないが、こんなものは式典とかできるようなレベルの物じゃないのか……?
「…………それはそれとして、少し聞きたいことが——」
「何です?船の損傷とか修理方針とかですか?それがどのくらいかかるか、とかですか?」
どっちも確かにメチャクチャ気になることではあった。
「……どちらも聴きたくはあるけども、今はあんたのことが……」
「あらごめんなさい。まだ名乗ってすらませんでしたね!えー私、この艦、聖務艦隊所属、戦艦セント・レイバンス、船務長をしております、エルメンヒルデ・フレーミヒ大尉と申します。あっ長いのでヒルデでいいですよ」
驚いた。年の頃はおそらくライネとさほど変わらぬ若さだろうに大尉とは……(もっとも宇宙を公開する人間の年齢など見た目からは簡単に判断はできないが)
「それで、ヒルデ大尉、船の状態とかは——」
「船はですねぇ、大分アレな状態っぽいらしくて、ちょっと修理に時間とりそうなんですよねぇ……まあそれまでお待ちいただければ。まぁ、近くの修理が可能な星に降ろすという事もできるとは思うのですがあ、当艦任務中でして……それも難しいかな、と」彼女は手元の端末を見ながら状況をすらすらと説明する。ただその言葉の中に少し引っかかる部分があった。
「任務中、その恰好で……?」
「あっ!これですか、そうですよね、ビビりますよねぇもちろん普通の任務ではこんなん着ないんですけどね」
「普通、じゃないと」
「えぇ、そうです」
そういうと彼女は少し息を整え、仰々しく続きの言葉を述べる。
「この艦はこれから葬儀に向かうのですよ」
後編に続く
タナトスはこの銀河の果てにいる 枠井空き地 @wakdon
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