湖の上での捜索
「……とにかく、何としてでも原因を探らなきゃ……。疑い深いレオ王子に信用してもらえるように。このままじゃ婚約破棄だし」
気持ちを切り替え、ぼそりと自分に言い聞かせるように呟くと、感情のない瞳をしたルカが小首を傾げる。
「何でそないに好きなん? あの第三王子のこと。地位?」
一瞬言葉に詰まった。
咄嗟にはうまく説明できない。確かに、他人から見ればどんなに雑に扱われても入れ込み続けている私は不思議に見えるかもしれない。……けれど。
「……目に惹かれたんです」
「目?」
「あの目。お母さんに似てる、悲しい目だから」
私の母は、父との身分差によって常に周囲から虐げられ、辛く苦しい思いをしてきた。靴磨きの才があるだけの庶民が玉の輿に乗ったと結婚当時は酷く罵倒されたらしい。
それでも母は耐え続けた。しかし私がある程度大きくなる頃に、ついに心を病んで臥せってしまった。
私は今でも思うのだ。
母がああなる前に助けられたらよかったのにって。
こう振り返ると、私は自分の後悔を克服するためにレオ王子と向き合いたいと思っているのかもしれない。
(あとは、言いにくいけど顔かな……)
下衆な理由すぎて口には出せないが、顔が好みだから一目惚れしたという部分もある程度はある。
だってレオ王子、絶世の美形なんだもの!
レオ王子の整った顔面を頭に浮かべて頬が緩みそうになっていると、正面のルカがずいっと顔を近付けてきた。
「ほな、俺があの王子様の目ん玉くり抜いて俺のんと入れ替えたら、俺のこと好きになってくれる?」
ぎょっとして後退る。
どう否定しようかと必死に失礼にならない言葉を脳内で検索した。しかしここははっきり言っておかないとこの男なら目玉取り換えを実行しかねないような気もして、ぶんぶんと首を横に振る。
「やめてください。そんなことをされても全然嬉しくないです。貴方は貴方なんですから」
ちぇ、と唇を尖らせながら拗ねたような顔をするルカを見て思う。
……この人、一体何で私のことこんなに気に入ってるんだろう。
私より綺麗な女性ならラクア王国には沢山いる。こんな王都の片隅にいる靴磨き職人なんかじゃなくて、もっと色っぽいお姉さんがいるお店で女性を口説けばいいのに。
ルカは顔が良くてお金もあるわけだし、犯罪組織のボスであることさえ除けば女性に好かれる要素しかない。女なんて選び放題だろう。……いや、犯罪組織のボスであることが女性にとってはデメリットすぎるのか?
「貴方こそ、何でそんなに私のこと……そもそも私のこと、誰かと間違えてませんか?」
「間違うてへんよ。今目の前におるアリアが好き」
「信じられないです。私のどこがそんなに……」
「仕事するのに人を選ばんところ。身分制度が染み付いとるこの国で、それは誰にでもできることちゃうよ。アリアが王子様を想う気持ちの一億倍くらい、俺はアリアが好き」
「…………」
男の人にここまで直球に好意を伝えられたのは初めてで、顔全体どころか耳までが熱くなっていく。
「あは、照れたぁ」
嬉しそうにゆるりと口元に弧を描くルカに顔を見られたくなくて、ぐりんと顔を後ろに向けた。
隣でダビデがひゅう~と口笛を吹きやがるので、その腹部を軽く殴っておいた。腹筋バキバキのダビデの体にその衝撃が届いているとは思えなかったが。
◆
翌朝、私は再び宮殿敷地内の湖に訪れた。頭上では、美しい鳥達が呑気に羽ばたいている。
今日のために王都の靴屋で買った高級靴を履いて恐る恐る湖の上を歩く。
バーの常連である漁師に貸してもらった柄の長い魚取り網を片手に、昨日エミリアが溺れた場所を中心に靴の在り処を探すことにした。
しかし湖は思いの外深く、捜索は難航した。
靴を探し続けているうちに陽が高く昇り始め、春とはいえ日差しも強くなってくる。見上げれば、空は青く澄み渡り、白い雲がゆっくりと流れていた。
「いい天気! そろそろご飯にしようかな」
順調とは全く言えないが、一旦休憩を挟むことにする。
実はダビデが作ってくれたパニーニと冷製パスタがあるのだ。
私はレオ王子とエミリアがよく一緒に座っているベンチに腰をかけ、ピクニックケースを開けた。その中の瓶を開けば、冷たいショートパスタにオリーブの実、レモン、ミニトマトなどが添えられている。
「おいし~!」
ダビデは料理が得意だ。バーで出す軽食も、私よりも手際がよくてあっという間に作ってしまう。そんな彼が今日わざわざ私のために昼食を用意してくれた。自分は王宮の敷地内に入れない分、私を別の形で応援しようと思ってくれたのだろう。
向こうに見える湖の水面は太陽の光を受けて鮮やかに輝いている。やっぱり綺麗なんだよなぁ、とその光景を眺めていると、ふと何者かの影が私に当たっていた日光を遮った。
振り向けば、何度見ても一瞬はっとしてしまう程の美男子が立っている。
「レオ王子……」
呆気に取られながらその名を呼んだ。
深いマリンブルーの瞳をした彼は、不愉快そうに眉を潜めて私を見下ろしている。
「汚い格好だね。まさか本当に探しているとは」
水の上で何度か転んでしまったため、私の服は今水でびしょ濡れだ。
好きな人に汚いなどと言われてしまい少し傷付いた。
「な、何故ここに……。あっ、これからエミリア様とデートですか? 申し訳ありません、すぐ片付けます!」
慌ててピクニックセットをしまおうとして、いや何で婚約者の私が他の女とのデートのために気を遣わなきゃいけんのだ! と大事なことに気付き手を止める。
しかし、レオ王子は私の言葉を淡々と否定した。
「エミリアが危険な目に遭った場所にエミリアを連れてくるわけないでしょ。この湖もそのうち埋め立てるよ」
「埋め立てる……!?」
ぎょっとしてレオ王子を見上げた。
この男、どんだけエミリアが大切なんだ。
「エミリアが湖を見るたびに怖かった記憶を思い出すことになったら可哀想だからね。――エミリアを不快にさせるものは全部潰してやる。今日はその下見に来たんだ」
その美しい目が憤怒の色に染まっていて、ひやりと寒気がした。
人命に危険が及んだのだからその判断になるのも無理はない。王族の財力をもってすればそれくらいは可能だろう。しかし、この湖はラクア王国設立時、先代の偉大な王が作った歴史あるものだ。原因解明よりも先に埋め立てられてしまってはたまらない。
「お言葉ですがレオ王子、ここには大自然が広がっています。動物だけでなく木や花も沢山植えられています。生態系をむやみに壊すのはよくありません。それにこの湖は一般公開されている時期はラクア王国有数の観光地でもありますし、埋め立てなんて言ったら民も悲しむのでは」
「……はあ? どの口でそんなこと言ってんの? この場所をエミリアの殺害に使おうとしたのはお前だろ」
レオ王子がイライラした様子で低い声を出す。
レオ王子に〝お前〟などと荒い呼び方をされたのは初めてで、ショックで立ち竦んでしまった。
「お前が何もしなければ――ぐっ、ごほ」
その時、突然レオ王子が咳き込み始めた。
あまりに激しい咳がずっと続くため心配になって思わずその体を支えようとしたが、レオ王子は私のその手をぱしんと払った。
「……触るな」
「で、でも、凄く辛そうですし、今ベンチを空けますので、ひとまず座って……」
「いらない」
「どうしてそんなに頑ななんですか」
「僕は誰も信じてない」
その言葉にはっとした。
レオ王子は生まれつき、免疫系が正常に働かない病気にかかっている。これは国民の誰もが知っていることだ。
彼はそのせいで人より感染症を頻繁に発症し、更にはそれが治りにくく、再発しやすい。幼い頃もちょっとした風邪が異様に進行して重い病気を患い、生き延びたのが奇跡と言われる程だったらしい。
皆はそんな彼を、既にいる二人の兄と比べて出来損ないとして扱った。
病弱な彼は、周囲にとって将来性のない王子だった。
……果たして彼が弱っている時、手を差し伸べてくれた者はいただろうか?
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