第2話 そして、日常へ

 徐々に戻り始めた意識の中、右手に何かが触れている感覚がある。

 そして、隣から誰かが話しかけている。


「お兄ちゃん」


 声と共に目を開く。


 少し呆れ顔の少女が、こちらを覗き込んでいた。

 

「また、誰かの記憶に入ってたでしょ? 今日のやるべき事が、まだ終わってないんだよ」

「今日は、父さんが代わりにやるって言ってた気がするけど……」


 彼女は、ため息をつきながら扉の向こうへ歩いて行く。


 どうやら、怒らせてしまったようだ。

 妹のライラは、優しいから言葉にはしないが、態度や表情に出やすいからな。あの、ため息は怒っている証だ。


 不満を感じながら横になっていたベッドから降り、ライラが居る扉の方に向かう。


 扉を開けると、少し薄暗い部屋の中で、ライラが畑の野菜に水を撒いていた。


「ライラ。畑の事は俺がやるから、座って待ってな」

「お兄ちゃんが、お父さんの話をちゃんと聞いてないからだよ」

 彼女は、呆れ口調で作業を続ける。


 父さんの話なら、今朝しっかり聞いたはずなんだけどな。

 ライラを納得させるためにも、ここは一旦謝っておこう。


「あぁそうだったな。ごめんなライラ。だから、お兄ちゃんに任せてくれないか」


 ライラは満足そうに微笑みながらこっちを向き、畑の近くの椅子に腰かける。

 

 何とか怒りは収められたみたいだ。何かは分からないが、なんだか負けた気分だな。

 だが、このままライラに作業を続けさせるのは、心配で集中できなかっただろうから、良しとするか。



 

 そして、ライラと交代するように畑仕事を始める。


 今収穫できそうなのはと……。このトウモロコシぐらいだな。今回はかなり状態も良いし、良いものと交換できると良いんだけどな。

 前回は、小ぶりでお世辞にもいい出来だとは言えなかった。まぁ、俺がサボって居たのが原因なんだが。

 

 収穫をしていると、鉄扉の開く音がした。

 父さんが帰って来たんだろうな。


 音が聞こえるとライラは扉を開け、玄関の方へと向かう。


「おかえり! お父さん」

 ライラの嬉しそうな声が扉越しに聞こえてくる。

「あぁ、ただいま」


 父さんの声が聞こえたと同時に、今朝の事を思い出した。


 そういえば今日は、前回取れた作物を交換してくると言ってたっけ。

 そして、帰ってきたら父さんが作業をすると言っていた事を思い出す。

 帰ってきたら作業をするという言葉を、今日は父さんがやるものだと勘違いしていた。これは、ライラが怒るのも納得だな。

 朝はどうしても苦手なんだ。夜中にこっそり、ダイブしているのが悪いんだろうけど。


 今朝の事を反省しつつ、父さんとライラのいる方へと向かう。


「リアム少しいいか? 話がある」

「おかえり父さん。うん、分かった」

 扉を開けた瞬間、父さんからの呼び出しだ。


 ふと、ライラの方を見ると笑っていた。


 あぁ、今から説教されるのか。誰かの記憶で見たが、父さんの説教は他の人達よりもずっと長い。

 怒られることに慣れてしまってはいけないのだろうが、回数が多いせいか慣れてしまった。

 だからと言って、反省していないわけじゃないんだが。なかなか治せないんだよな。



 

 そして、父さんと二人で隣の部屋へ行く。


 父さんはいつも通り、食料と交換をしてきたであろう、生活に必要な物や電気部品を持って帰ってきていた。


 今日はやけに電気部品の割合が多い。父さんがこれらを何に使っているのか分からないけど、最近持って帰ってくる量が増えてる。


「リアム。お前に頼みたいことがある」

 父さんは、真剣な表情で話を続ける。

「これをお前に持っていて欲しい」

 そう言うと、父さんは首にかけていた、筒状の棒が付いたネックレスをくれた。


 これは、父さんが肌身離さず持っていたネックレス。とても大事にしていたはずなのに、どうして。


「なんで俺にこれを? 大事な物だったんじゃないの」

「理由はいつか分かる時が、必ず来るはずだ」


 父さんからは、先程までの真剣な表情から打って変わって、少し表情に陰りがあるように感じた。

 大事にしていた物を預けてくれたんだ。なぜ俺に預けるのか、それにあの表情の理由は分からないけど、なんだか嬉しい。

 

「ときにライラから聞いたが、またサボったらしいな」

「そ、それは……」

 

 嬉しさのあまり、完全に忘れていた。




 

 それから俺は、永遠に感じる程、長い時間父さんに叱られた……。



 

 

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