オーバーズ
岩月
第1話 在りし日の記憶
暖かい陽光が体を照らす。気持ちがいいほどの快晴で、ビル群に居るとは思えないほど、心地の良い風が吹き、最高の気分だ。
街の中を行き交う人々から、他愛もない会話が聞こえ、笑顔が見て取れる。辺りを見渡すと、愛犬と戯れる老人、公園のベンチで子供とランチを食べている親子。
至る所から幸せな日常が伺える。
――私は不思議と懐かしさを感じる、この感覚が大好きだ。
いつまでもこの幸せの中に、引き籠っていたい。
夢に出るほどに、そう何度も願った。
……しかし、その時は必ず来る。
――突如、街を震わすほどの大きな警報と共に、アナウンスが流れる。
「緊急警報です。たった今、核ミサイルが発射されました。速やかに、地下に避難して、自分の身を守ってください。これは訓練ではありません」
アナウンスを聞いた人々は、様々な表情をしていた。事態を飲み込めずに、ただ呆然と立ち尽くす人や、急いで地下に向かう者。中でも一番多かったのは、冗談だと思い、笑いながら避難しようとしない者だった。
避難をする人たちもいる中で、その大半が避難をしなかった。みんな心の何処かで思っていたのだろう、たとえ緊張状態にあったとしても、核を撃つ事など無いと。何故なら、放ってしまえば、この世界が終わってしまうという事を、知っているから。
――だが、人類はどうなるかを知っていながらも、その最悪に手を付けた。
それからは、何度も見ているというのに、慣れないものだ。
混乱し、その場に座り込み泣き叫ぶ者や、静かに上空を見上げながら、神に祈る人。先程まで冗談だと笑っていた人達の大半が、真実だと知った今、濁流のように地下へと走りこむ。我先にと、駆け込むために他人を押しのける者までいた。地下鉄の入り口では人々で溢れかえり、避難が出来るような状況では無かった。
人込みの奥に、警報前にランチを食べていた親子が見える。子供はまだ幼いからか、状況が分からないようで、母親に向かって笑顔を見せていた。
一方母親は、恐怖を必死に抑えているような表情に見える。
親子の様子を見ていた矢先、そこへ一人の男。いや、男の姿をした一体が駆け寄った。
男は母親に何かを冷静に伝えている様子だ。
彼らが何を話しているのか……。群衆の声にかき消され、聞き取ることなど勿論できない。
聞こえない。だが、想像は出来る。
あの男は、アンドロイドだ。
きっと、避難を促しているんだろう。彼らはプログラムに従い行動している。
生命の危機に瀕しいる人間を助ける為、地下への避難誘導をしている。
しかし、肝心の母親は恐怖からかそれとも絶望なのか、まるで声が聞こえていないかのように、その場から動こうとしない。
出来る事ならば、あの親子を救いたい。
……だが、私にはどうすることも出来ない。
そんなやるせなさを、胸に抱いていた時だった。
上空から段々と、音が近づいてくる。
そう。来たのだ。
この人たちの人生という物語の終わりが。
近づく音と共に、先程まで耳を圧迫するような声が止み、静寂が訪れた。
これから起こることを悟ったかのように、人々は空を静かに見上げていた。
普段、人々は様々な音に包まれて生きている。
沢山の人が居て、乗り物だってある。普段であれば耳障りに感じる程の条件が揃っている。だが、この一瞬はそれら全てが音を失くし、ただ訪れる終わりのみが音を放っていた。
そして、その時が来た――。
眩い光が空を覆う。
真っ白い光が迫りくる。
前が見えくなった。
そして、意識が段々と現在へ戻って行く……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます