第32話 のどかな時間

今日は、仕事がありました。

早く終わらせ、午後、父の施設へ向かいます。おやつを食べてもらいました。ねむたくて、仕方がありません。

仕事で疲れてるんです。と言ったところで、帰ってもやることがありません。家に帰って、スマホゲームをするだけです。少し疲れていましたが、父と散歩に出かけました!


行きしなに、お父さーん。ぼくは、もう、争い合うこと、競い合うことに疲れたんだー。

と、父にボヤきます。もちろん冗談です。父に言ったところで、失語症の父は、意味もわからなく、ばう?とか、わーう?とか言うだけです。


しょうがないことは、わかっていましたが、そうやって、ぼくは、いまでも、父に甘えています。

聞いてくれるだけで、充分です。



京都には裏千家という、石畳でできた、千家さんの住んでいる、家の通りがあります。

母とも、よく、自転車で、「裏千家さん通ろか!」と、一緒に走ってました。そこに、父を連れていくのです。


でも、向かう途中で、小雨が降ってきました。うわ!どうしょ!お父さん、風邪ひくわ!



マンションの屋根に隠れました。



マンションの住人のかたが、不思議そうな目で見て入っていきます。そりゃそうです。車イスの父と、ぼくは、地べたに座っているのですから。

「すみませーん。雨宿りしてるんです~」返事は返ってきませんが、住人のかたが、なかに入るたびに、謝ります。



雨がきつくなってきました。



お父さーん。この雨、止むのかな~



と言ってると、向こうにむかっていたマンションの住人のご婦人が戻ってきて、

「傘さしあげましょうか?うち、傘、まだ、たくさんあるんです」

親切に声をかけてきてくれました。


「いえ~、すみませ~ん。車イスなので、傘があっても、お父さんが濡れてしまうんです~」 

「そうですか。あっても、同じということですね?」

「はい。ありがとうございます~」



そのご婦人は、去っていきました。



父と二人残され、ぼくは、



お父さーん。ぼくは、もう、争い合うこと、競い合うことに疲れたんだー!とまた、ふざけます。

すると、父が、クスクス、笑いはじめました。意味がわかったんでしょうか?わかってないんでしょうか?

ぼくの顔を見て笑ってます!ぼくは、意味が、わかっていようと、わかってなかろうと、どちらでも、良かったです。お父さんと一緒に、つられ笑いをしました!


静かな時間が流れました。

雨は、小雨で、誰も通らない道。お父さんと二人きりです。

いつも、一人なら、退屈で仕方がない時間が、不思議です。

お父さんと一緒に過ごしていると、それが、のどかな時間に変わっていくんです。不思議だな~、お父さんとの時間。友だちといるのとはまた違って、どうして、こう、お父さんとの時間は、のどかなんだろう?と、ぼーっと考えていました。



その、のどかな時間を楽しみながら、雨は、止んできました。



お父さんが、「さ、いこかー」と、変な発音で、ことばを発します!



「行こ!行こ!お父さん!」雨が止んで、ぼくらは、また、歩きはじめます。今日は、これに懲りて、裏千家は、また今度にしておこう!



ぼくらは、二人、施設へと帰りはじめました!

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