第13話 うちわ

 父の散歩へ行く。今日は、曇り空だ。太陽が照ってない。

細い川の土手まで行った。

舗装されている、細い川だ。

車イスでも行ける。


いつもなら、どこかの子ども達が、ズボンをまくりあげ、川で遊んでいるが、今日は誰もいなかった。 

父と二人、川の流れを眺めている。風が吹いてきた。

「ええ風やなあ」

父に話しかける。返事がない。下を向いている。



子育てをしているみなさん。お子さんの、心理も微妙ですが、お年寄りの心理も微妙ですよ!

父がなぜ、下を向いているか、わからない。父は、失語症だ。

「どうしたの?」

と聞いても、返事ができないのだ。

「お父ちゃん?」

うちわを向け、あおいでみた。

「うぁ?」

と顔をあげた。

「今日は、二人だけで、寂しいな!」

父は、なにも言わず、どこか、向こうの方を見上げる。

「行こか!」



舗装された、土手からあがってきた。信号を渡った。父が持っていた、車イスからうちわを落とす。

車が止まって、待ってくれているが、急いで、すみませーん、と頭を下げ、取りに行く。

お父ちゃん。うちわも、しっかりと持ってられへんようになっちゃって。

「ちゃんと、持っといてて言うたやん。左手貸して!」

父は、右片麻痺なので、左手しか使えない。父の左手を持ち

「こう!」

と、うちわを強く握らせる。



雲行きが怪しい。いまにも、雨が降りそうだ。

「帰ろ!お父ちゃん!」

木陰のある道を狙って、施設へ急ぐ。ポツ、ポツ、と雨が降ってきたようだ!

ヤバい。

車イスだと、雨のふさぎようがない!

 


足早に車イスを押し、ヤバい、ヤバい、と言いながら、なんとか施設に着いた。

父のズボンは、雨の水滴がついている。「雨、降りそうですねー!」

と施設のひとに言われ

「いえ、実は、もう、降ってきまして」

と答える。




施設内は、やはり、涼しかった。

施設の外から来ている、デイサービスのひとたちが、帰る用意をしていたが、そこの間をすり抜け、エレベーターで二階まで上がる。

二階に上がった先は、ろうかが続いている。

スタッフのかたとすれ違うたびに、ただいまでーす!と頭を下げ、エアコンの快適な涼しさを羨ましく思ってみたりして。

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