第12話 お疲れさん

職場へ水筒を三本持ってっている。

首に巻く保冷剤も。

塩味のついたタブレットも。

みんなに笑われるが、こっちは必死だ。そうでもしないと、熱中症になる。

それでなくても、一週間に一度の割合で、仕事中、気分が悪くなり

「すみませーん!ヤバいっす!」

とできるだけ、しんどそうに説明し、十五分だけ涼しい所で休憩をもらい、また、持ち場に戻るということをしている。

それでも、上のひとは

「もっとピッチを上げて!」と、急かしてくる。

必死なのに。



三連休をもらった。

でも、水筒だけ、職場に忘れた。このままじゃ、月曜日、お茶を用意して、持っていけない。

仕方ないから、バスに乗って取りに行った。

一流企業の食堂だ。面接に来たときも、「ええ!いまから、こんなところで面接??」

と、すごく緊張した。

最初のころは、裏から、警備員さんの部屋にピンポンベルを押して入れてもらっていた。

でも、いまじゃ、入館証があり、カードをピッとかざすだけで、なかに入れてもらえる。

三階の食堂までいくと、マネージャーさんが、業者さんと食材のチェックをしていた。


「なに、おまえ?」

「いや、ちょっと、水筒忘れまして」

「働いてく?」

「すみませ~ん。今日は、ちょっと」

と弱々しく言って、ロッカーのなかの、水筒三本だけ取り出し、帰ってきた。


帰り、バスに乗っていると、LINEで、「調子は、どうや?」

と兄から送られてきた。

「いや、ちょっと、職場に行ってて!」

「なんや、今日、おまえ、休みちごたんか?」

「水筒をね。忘れて」


少し経ってから、兄に、

「お疲れさん」

とだけ、送られてきた。


少し、バスに揺られていると、ツーッ。涙がこぼれてきた。

あれ?おかしいな。なんの涙だろう?

一瞬、自分でもわからなかった。


兄の「お疲れさん」ということばに気が抜けたのか。悲しみの涙ではなかった。

安心の涙だった。安心して、普段の仕事のしんどさが、涙になってこぼれたんだと思う。

いろんなひとに、愚痴を聞いてもらってるが、友だちは、いま、元気をなくしていて、愚痴をこぼしても、返事が返ってこない。誰に、愚痴をこぼそうか、ためらっていた。

それが、「お疲れさん」ということばで、ホッとしたのだろう。

泣きじゃくるほどではない。自然に、ただ自然に涙がこぼれた。


これで、終わりじゃないんだ!また、来週から、仕事なんだ!そう思うと、涙は、もう、こぼれなかった。

こんな、涙って、自然に出てくるもんなんだな。

そう思うと、ちょっと、不思議だったが、お兄ちゃんに、「ありがとう」とこころで言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る