最終話 この世界に生きる皆様へ忠告を

凊冬すずふゆさん、来年度に入ってくる新入社員の件ですが」

「ああ、了解です。書類は例の共有用ファイルですか」

「そうです——ありがとうございます。凊冬さんは仕事が早くて助かります」

「生意気にも生徒会長など務めておりまして、事務作業には慣れています」


 あらそうですか、なんて言って大野おおのさん、——会社の先輩は微笑をうかべた。わたしのお父さんくらいの年代の方だ。


「私もそろそろ退職ですからね。後進を育てておきたいという気持ちはあるのです」


 わたしは入社一年目。エリート(自分で言うのもあれだが)なので、最初から本部に配属され、今は人事部にて勤務している。


「それで先輩、わたし何かすることがありましたっけ」

「ああ、明日の一時なんですが」


 新入社員の書類を処理すれば、今日は定時に帰れそうだ。先に大野さんの話を聞いておこうか。


「社長が呼んでおりました」


 大野さん——大野じん、六十二歳(らしい)。人事部長兼、社長第二秘書。そして、その社長さんがお呼びらしい、わたしのことを。

 いや何故?


「あの、社長ってあれですか? あの、わたしのこの会社の、輪月わつきグループの若社長?」

「ええ。先代ではありません」


 社長は、数年前に代替わりした。わたしより一つだけ年上らしい。超若い。


「あの……何でとかわかります?」

「さあ。人事部の凊冬を呼べとおっしゃっていただけですので。…大丈夫ですよ。取って食ったりはしないと思います」


 そりゃそうだろ、と思うけれど。


「じゃあ、わかりました。午後一時ですね」

「そうですね。よろしくお願いします。ちなみに社長室は最上階ですよ。第一秘書の方にも承諾の旨を伝えておきます」


「では、わたしは作業をしますね」

「ええ、お願いします、凊冬さん」


***


 「あれ」から十年が経った。

 あの時先輩に手渡した一組のピアス。

 今になってそんなことを思い出す。

 戻らない過去に、蘇る記憶に恋をしているようなわたしは、もしかしたらこれ以上ないくらいの夢想家なのかもしれない。

 それもそのはず。

 あの頃からずっと、夢を見ているようだ。

 ぎりぎりで出願して、投げやりな演説をしたのにもかかわらず副生徒会長になれてしまったり、あんなにあれこれ迷惑をかけた小野寺翼と仲良くなれてしまったり、ずっと幻に取り囲まれているよう。

 でもこれが現実なんだ。

 あの時扉の向こうへ足を踏み出した代償が、こうして夢を見る様に暮らすことだとしたら。

 わたしは随分大きな決断をしてしまったものだ。

 今でもあの時止めていたのなら、と後悔をすることはたびたびある。

 わたしがあの時一歩踏み出したことが世界を変えたのだ、なんてうぬぼれることがある。

 それでもわたしは、今のわたしのことを愛している。

 自ら自分の運命を変える一手を打てた自分を尊敬している。

 扉の向こうへ踏み出したこの足を誇らしく思っている。

 扉の向こうの世界は確かにわたしを変えたけれど、それは全く間違いじゃなかったんだ。

 今のわたしは、そう思う。


***


 社長室直通のエレベータ。

 ボタンを押すのにやや躊躇。


「行ってきます」


 誰に言うこともなく、呟いて。

 わたしは開いた扉をくぐった。


 凊冬すずふゆさえ、二十四歳。紅都立こうとりつ高校付属中学校第六十七代副生徒会長、紅都立高校第六十七代生徒会長。私立日輪ひのわ大学卒業生。

 行きます。



 社長室のドアをノック。やや薄暗い廊下が非情に私を怯えさせる。


「失礼します」

 扉を開ける。その向こうへ、足を踏み出した。


「待ちかねたぞ」


 社長の椅子の後ろ、大きな窓から差し込む西日に照らされて顔は見えないけれど。彼はわたしを振り向いて言った。


 左耳に光る石。



 ああ、そうなんだ。

 どうやら、小さなあの一歩が、未だにわたしのことを拘束するみたいだ。

 扉の向こうの世界は、未だにわたしを離しちゃくれないみたいだ。


 まあ、そんなもんだよな。


 わたしの人生はまだまだ続くわけだけど。

 よくある忠告でこの物語を締めてみようと思う。



 皆さん、決断は慎重に。その一歩が、わたしのように人生を根こそぎ変えてしまうことがあるのですから。





This story ended,but the life of a girl will continue. If you have something to choose, you should think about it closely. Maybe you will change the world.

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扉の向こう フルリ @FLapis

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